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香夢異~夢見る紅茶専門店~  作者: 朝川 椛
第一章 日常の狭間
8/66

3-2

「輔さんはすごいなあ」

「あん?」 


 露骨に眉を顰めてくる輔へ向かい、だって、と口を開く。


「輔さんは諦めてないんでしょう?

だから僕に対してもいつも真剣に対応してくれるんですよね? 

今の僕にはとてもできそうもないことだから。……少し、うらやましいんです」


 小さな声で本音を告げると、輔が小さく息をついてきた。


「そんなに深く考えてやってるわけじゃあねぇさ」


 視線を逸らし銀杏を見つめる輔を見て、朱雄も吐息する。


「まあ、そういうことにしときますか」


 箒をかまえなおしながら応じると、輔が視線を戻して興味深げに

こちらを見てきた。


案外あんがい嫌な奴だな、お前」


 まじまじと見つめてくる輔に対し、朱雄も、あれ、と返答する。


「今ごろ気づいたんですか? 遅いですよ、それ」

「ほっとけ!」  


 ふくれっ面で頬杖をつく輔にくすりとしていたら、彼がにやりと笑んできた。


「悪くないな。こっちが素か?」

「ありがとうございます」


 礼を言い笑い合うと、それきり会話がとぎれる。ふと息をついた輔が

おもむろに口を開いてきた。


「なあ」

「はい」


 作業する手をとめぬまま答えると、しばらく間があった後、輔が尋ねてきた。


「さっきのあれ、どう思うよ」

「あれって、先ほどのお客様のことですか?」

「ああ」


 輔の問いに、んー、と首をかしげる。


「正直よくわからないですけど、なんだか変わった方だな、とは思いました」

「やっぱバイト君もそう思うか」


 煙草を吹かしながら、輔が頷いた。

朱雄は輔に近づき、彼の側にあった落ち葉を掃きながら問う。


「常連さん、ってことはない、ですよね?」

「さあ、なんとも言えねえが。ただ俺が気になったのは、

あのじいさんよりむしろあいつらのほうだ」


 輔の答えに、朱雄は掃く手をとめて彼を見た。


「結衣さんたちのことですか?」

「ああ。特にヒコのやつがな」


 苦り切った口調で答える輔に、朱雄は眉根を寄せる。


「ヒコ君ですか?」


 箒のに顎をのせて問いかけると、輔がしらばっくれんなよ、

と鋭い視線を投げかけてきた。


「お前さんも聞いただろうが」


 輔の視線を受けて、裕彦の言葉を思い浮かべる。


『前回はちょっと入口が違ったからおだししたんですが』


 確かに、あの時の裕彦の言葉には自分も違和感を覚えはしたが。

それでも、輔が言うほど重要なことだとは思えない。


「入口が違うってえのはどういうことだ?」


 輔が目を剥いてこちらを見つめてくる。

朱雄は頬を軽くかきながら、さあ、と曖昧に笑うことしかできなかった。


「僕にはなんとも」


 素直に答えると、輔が小さく鼻を鳴らす。

どうやらこちらの答えがお気に召さなかったらしい。

咥えていた煙草を離し、携帯用の灰皿へ灰を落としながら、小さく呟く。


「なにかあるぜ。それがなにかは謎だけどな」

「はあ。でも、単純に前とお店の入口が違うってことなんじゃないですか?」


 朱雄は率直な感想を述べた。

だが、輔は不審そうにこちらを見やり、皮肉げな笑みを浮かべてくる。


「お前、それ本気で言ってるのか?」


 朱雄は少し考えた後、輔の問いに答えた。


「まあ、七割がたは」

「そうかよ。……けっ、面白くねえ」


 輔が煙草をもみ消し携帯灰皿に入れ、立ちあがる。

店へ戻りながら、ゆっくりと言葉を紡いできた。


「おい、バイト君。前言撤回だ。ことなかれ主義もいいけどな、お前。

ずっとそんなふうに生きていけるほど、世の中甘くないからな」


 輔の言葉に、唇を噛みしめ小さく頷く。


「そうですね。わかっています」


 こちらの答えに納得したのか、

輔はなにも言わず扉を開け店内へと消えていった。

 閉じられた扉を朱雄は見つめる。彼の言葉の重みがわかっているだけに、

言い返すことのできない自分が歯がゆくてたまらない。


「わかってはいるんです」


 朱雄は呟き、一人目を閉じた。

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