3-1
老紳士が去った後、朱雄はさっそく店の前の掃除を開始した。
集まってくる枯葉をひたすら掃いていると、おもむろに店の扉が開く。
振り返ると、黒のダウンジャケットを着こんだ輔が、
煙草を片手に店からでてきたところだった。
「精がでるなあ、バイト君」
輔が煙草を咥えながら朱雄を見る。朱雄は軽く首を振り微笑んだ。
「いえ。これくらいはしないと、なんだか申しわけないし」
「そこまで気をつかう必要はないと思うがな」
咥えた煙草に火をつけつつ、輔が呟く。はあ、と朱雄は頭に手をやった。
「わかってはいるんですが。でも、無理言って雇ってもらっている身ですから」
「ああ、まあなあ」
輔は曖昧に頷き、咥えていた煙草を口から離す。
煙とともに小さく息を吐きだす輔に、朱雄は目をまたたいた。
「なんだ。お帰りじゃなかったんですか」
こちらの言葉に、輔は渋面を作る。
「休憩だよ、休憩。中は禁煙だからよ」
「はあ。あの、いっそのことやめたらどうです」
落ち葉集めを再開しながら問いかけると、輔がにやりと笑んだ。
「なかなか言うようになったじゃねぇの、バイト君。まあ、いい傾向だけどよ」
朱雄は店の入口に陣取っている輔を振り返り尋ねる。
「僕、どこか変わりました?」
「おう。ずいぶん距離を置いていたように見えたぜ。前はな」
煙草の灰を落としながら告げてくる輔を前に、朱雄は頬をかいた。
「そんなつもりはなかったんですけど。というか、むしろ僕より
結衣さんたちのほうが距離を置いているように思うんですけど」
なげかけた疑問に、輔がこともなげに頷いた。
「ああ、あっちは筋金入りだからよ。気にすんなや」
「だいじょうぶですよ。べつに気にしてるわけじゃないですから」
微笑んで答えると、輔が指をさしてくる。
「そこだよ」
「どこのことです?」
目をまたたかせて問うこちらへ、輔が額に手を置きつつ、
だから、と言葉を紡ぎはじめた。
「気にしてないってとこがそもそも問題なんだよ。
それってつまりは人に関心がないってことだろうが。
お前さん、他人に対して妙にドライなところがあるからな」
輔の言葉に、朱雄は困惑して眉根を寄せる。
「そんなつもりはないんですが。
他人には触れてほしくないことの一つや二つあるだろうし。
……というか、今ちょっと思ったんですけど。
さっき、なんでヒコ君たちを怒らせちゃったんです?」
問いかけると、輔が小さく肩をすくめた。
「さあな。俺にもわからん」
「結衣さんも怒ってたんでしょうか?」
あの時結衣の表情は見えなかったが、弟妹たちの行動から推察すると、
あまりいい表情はしていなかったのではないかと推察できる。
箒に顎を乗せつつ考えこんでいると、輔も腕を組みながらうなった。
「ああ。いや、べつにそんな感じはなかったが……」
輔が言葉を濁し、地面をじっと見つめる。
「どうしたんですか?」
朱雄が訊くと、輔は数回まばたきを繰り返した後、こちらを見あげてきた。
「いや、悪かったな。さっきのは半分八つ当たりだ」
「気にしないでください。あ、べつに関心がないってわけじゃないですよ?」
おどけてみせると、輔がきまり悪げに頭をかく。
「ああ。あー、なんつーか。困ったもんだな、こりゃ」
「気はずかしいですか?」
「ん、ああ」
朱雄は鼻の頭に手をやる輔を見つめ、くすりと微笑んだ。