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香夢異~夢見る紅茶専門店~  作者: 朝川 椛
第六章 執着の果てに
63/66

6-2

「ユイ姉! いいってさ!」


 大声で店内へ呼びかけるが、中からの返事がない。


「ユイ姉! まだなの!」


 裕彦の問いかけに、高峰が嘲きった視線を送る。


「また結衣頼みかい? まったく情けない子たちだ!」


 わざとらしく溜め息をついてくる高峰に、裕彦が反論した。


「ユイ姉にすがって生きるしかないお前なんかよりましだよ!」

「私はすがってなどいないさ。見守っているだけだよ」


 澄まし顔で応える高峰へ、裕彦が皮肉げな笑みを浮かべる。


「そういうのをストーカーっていうんだよ!」

「失敬な! お前たちこそ、私の結衣を、

その美しさを食いつくそうとする害虫ではないか!

いいかい、裕彦。

私には彼女の永遠とその尊い美しさを守る義務があるのだよ!

この崇高な想いが君にわかるかね!」


 めずらしく声を荒らげる高峰を見て、輔は一人ほくそ笑んだ。


「やっぱり、な」


 ひとりごちていたところで、結衣が開け放たれた扉から外へとやってきた。

両手でティーカップを持ちながら、

こちらへ場違いなほど朗らかな笑顔を向けてくる。


「お待たせ!」

「結衣! 遅せーぞ!」


 とっさに見とれてしまったことをごまかして文句を言うと、

しかたないじゃない、と頬をふくらませてきた。


「これ作るのって神経つかうんだから」


 結衣が拗ねたように視線を逸らしてくる。


(今そんな顔するなよ! 反則だろ!)

 上昇していく体温に内心で焦っていると、

後方から感極まったような声が聞こえてきた。


「結衣! 待っていたよ!」

「光輝さん……」


 結衣が弾かれたようにこちらのさらに背後へ視線を向ける。

悲しげに眉根を寄せる彼女へ、高峰が柔らかな声音で語りかけた。


「さあ、私のところへおいで。

この理想の世界でいつまでも変わらぬ愛をはぐくもう」


 陶酔しきったような声質の高峰に対し、結衣の瞳が揺らぐ。

うつむきしばし黙りこんだ後、顔をあげおもむろに口を開いた。


「……ごめんなさい。私はいけないわ」


 静かに、だが深い決意のこもった結衣の一言に対し、

高峰が怪訝そうな声をあげる。


「結衣? なにを言っているんだ?」


 理解できないとでも言いたげな声音に、

輔は反論しようと高峰へ振り返った。

だが、こちらが声を発するより先に、結衣が高峰の問いへ答えてしまう。


「私は今でも貴方が好き。でも、だからこそ一緒にはいけません」

「どういうことだい?」


 訝しげに尋ねる高峰に、結衣が淡々と言葉を紡いでいった。


「私は貴方の望む永遠の女ではないの。

歳をとり、皺も増え、いずれ老いて死んでいく普通の人間だから」


 言葉を切る結衣へ、なんだ、と高峰が微笑む。


「そんなことを気にしていたのかい? だいじょうぶ。

私と君と、それからお義父上やお義母上の力を借りれば、

そんな現実など吹き飛ばすことができる。

いま君があの頃のままで存在していることが、

なによりの証拠じゃないか。そうだろう?」


 優しく諭す高峰に対し、結衣がゆるゆるとかぶりを振った。


「いいえ、違うわ。確かに、私の意識はこれまでまどろみの状態だった。

でも、光輝さん。私はもう目覚めているの。長い昼寝は終わったのよ」

「意味がわからないな。二人で楽しく暮らしていきたいと思わないのかい?

穏やかに笑い合いながら日々をすごしたいとは?」


 微笑みを絶やさぬままで尋ねる高峰を、結衣が見つめる。

その瞳の強さに、輔は目を瞠った。


「思っていたわ。今のいままで。

でも貴方は私が私であることを認めてはくれないのね」


 沈んだ口調とは裏腹な結衣の面に、心が震える。

 そうだ。この顔だ。

自分が恋い焦がれているのは、結衣のこんな表情だ。

輔はカメラを握りしめ、いますぐファインダーを覗きこみたい衝動を

なんとか抑えこむ。その耳へ、高峰の穏やすぎる声が響いてきた。


「認めているさ。だから君の力を最大限に活かそうと

これまで努力してきたんじゃないか。意地を張らずにここへおいで」


 両手を広げる高峰を前に、結衣は再度首を横に振る。


「力は私の一部であって私自身ではないわ。

光輝さん、私は人間なの。そして、貴方も」

「なにを言っているんだい、結衣。君は人なんて俗な存在ではないんだよ。

君はこの地上へ間違って産み落とされた光かがやく存在なんだ。

そうか。今はまだわからないんだね。でも安心していい、

私と一緒にくれば君は自分の尊さに気づくはずだ」

「いいえ。私は人間よ。それ以上でも以下でもないわ」


 宣言しながら、結衣が持っていたティーカップをさりげなく裕彦へと渡した。


「結衣? なにを?」


 片頬を引きつらせる高峰をよそに、カップを手にした裕彦がそれを飲み干す。

少年がそっと瞳を閉じると、

ほどなくして、商店街一帯へ渡されたミストシャワーの配管から、

勢いよく紅茶が流れだした。


「なにごとだ! なにをした、裕彦!」


 滝のように流れ落ちる紅茶を見るなり、高峰が叫ぶ。

うわずったようなその声を無視して、裕彦がこちらへ目を向けた。


「タスクさん!」

「おう!」


 輔は走り、滝のように流れる紅茶の裏へ回る。

朱雄が設置してくれたプロジェクターにメモリカードを入れると、

高峰へ呼びかけた。


「おい、高峰! お前が見たくなかった現実をよく見るんだな!」


 言葉を合図にスイッチを入れる。

すると、ほどなく紅茶の滝へセピア色をした結衣の姿が映しだされた。

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