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香夢異~夢見る紅茶専門店~  作者: 朝川 椛
第一章 日常の狭間
6/66

2-5

「むう。これだから今日は帰りたくなかったのに。恨むよ、タスクさん」

「なぁにナマ言ってやがんだ。毎度のことだろう」


 裕彦の言葉を輔が軽くいなす。裕彦が思いきり頬をふくらませた。


「毎度のことだからよけいに嫌なんじゃないか。

せっかく今年はうまいこと逃げられそうだったのに。タスクさんが邪魔するから」


 不愉快そうに鼻を鳴らす裕彦の様子に朱雄は首をかしげる。


「あの、なにかあったんですか?」

「べつに。仕事帰りにばったりでくわしたんで、一緒に帰ってきただけだよ」


 面白くもなさそうに答えてくる輔へ裕彦が声を荒げた。


「なに言ってんのさ!

せっかく友達の家で演劇会の練習しようって話がまとまりそうだったのに、

タスクさんが脅したんじゃないか。『俺をちゃんと見張っとかないと

お前の姉貴になにをするか保障のかぎりじゃないぞ』とかなんとか言って」


 コンロの端に手を置いて背伸びしながら文句を言う裕彦を前に、

輔が腕を組み深々と頷く。


「それは違うぞ、少年。『保障のかぎりじゃない』とは言ってない。

『保障のかぎりではないかもしれなかったりしたりするかもしれんぞ』

と言っただけだ」

「同じだよ!」


 しれっと言い放つ輔に裕彦が叫んだ。

輔が小さく肩をすくめそうかもな、と答える。

しばし落ちる沈黙を前に、朱雄はそれで、と二人の話に割って入ってみた。


「どうだったの? 演劇会の練習は」

「う」


 こちらの言葉に裕彦が固まる。輔がそれ見たことかとせせら笑った。


「馬鹿が。墓穴掘りやがって」

「どうしたの?」


 首をかしげる朱雄に裕彦が罰の悪そうな顔で小さく首を横に振る。


「ううん、ただぼくお芝居って苦手だからさ」

「そうだったんだ。なんの役をやるの?」


 男の子ならむりもない。

くすりとしながら尋ねると裕彦は言いづらそうにぼそりと声を発した。


「森に迷いこんだお姫様を案内する森の妖精さん」

「なんか、らしいねえ」


 おそらく満場一致で決まったはずだ。

深く頷きながら答えると裕彦が、そうかなあ、とぼやいてくる。


「うん、似合ってると思うよ?」



 力強く頷くと、裕彦が口を尖らせ、うーん、とうなった。


「ぼく、どっちかというと大道具がやりたかったんだけどさ。

って、あ、そうだ思いだした! タスクさん、プロジェクターって持ってない?」


 突然話の矛先を向けられて輔が目を瞠る。


「あ? そりゃ持ってるには持ってるが。なんだよ、藪から棒に」

「演劇の舞台演出で使いたいんだけど、学校のが壊れちゃってるんだって。

先生も持ってないし、誰か持ってたらお借りしたいんだけど、って言ってたんだ」


 裕彦の言葉に輔が頬杖をついて頷いた。


「なるほどな。いいぜ。いくつか持ってるから一つやるよ。

けっこう便利だから一台持っとくといい」


 輔の返事に裕彦が指を鳴らす。


「サンキュー! タスクさん。でも貸してくれるだけでいいのに。

あ、さては、ここで仕事するつもりでしょう?」


 軽く輔を睨む裕彦を輔が上目使いで見やり、わかるか、と片頬をあげた。


「まあ、いいじゃねえか、ここちょうどいい感じに白壁が開いてんだよ」

「むう……。ユイ姉、いいの?」


 腕を組んで考えこんだあと裕彦が結衣へ問いかける。

結衣は冷蔵庫上の棚からラップをとりつつ軽く頷いた。


「まあ、いいんじゃない? 私もこの人が普段どんな仕事してるのか

ちょっと興味あるし」

「お、それって少しは俺に興味あるってことか?」


 輔が手から少しだけ顔をあげて嬉しそうに結衣を見る。


「あるわけないでしょ?」


 ラップを片手に肩をすくめる結衣の前で輔が腐ったように明後日のほうを見た。


(この二人はいつまでこんな感じなのかなあ)


 朱雄は内心でひとりごちながら、二人のやりとりを横目に置きっぱなしに

していたリンゴを手にとる。リズムをつけながら剥きはじめると、

頬杖をついたままの輔がふいに話題を変えてきた。


「まあ、それはともかくよ。

せっかくの福引なんだから一等のバリ旅行は狙わなかったのか?」

「旅行になんか興味ないもの」


 綺麗にのばし終えたパイ生地をラップに包みながら結衣が答える。


「んなこと言ったって、海外旅行だぞ? しかも『地上の楽園』と言われてる

バリじゃねえか。その宿泊代はおろか交通費まで込みなんだろ?

狙って損はないんじゃねえの?」


 食いさがる輔に、結衣は冷蔵庫へパイ生地をしまいこみながら器用に

肩をすくめた。


「『楽園』だろうがなんだろうが、いく気はないの」


 答える結衣へ輔が意地の悪い笑みを浮かべる。


「単に飛行機が怖いだけじゃねえのか?」


 突然、真横からざくっとひときわ豪快な音がした。

振り向こうとした瞬間、反対側から熱っ、という輔の叫び声がする。


「なにすんだこの野郎!」


 とっさに声のしたほうへ顔を向けると手を振りながら本気になって怒鳴る

輔が目に入った。


「大変おいしかったよ。できれば、特製ブレンドティーも試したかったのだが」


 噛みしめるようにして言葉を紡ぐ老紳士に、裕彦がそうですか、

と嬉しそうに口元を綻ばせた。


「あの、よろしければまたお越しください」

「ああ、そうしよう」


 老紳士がお釣りを受けとりながら頷く。

ふいに、財布から一枚のコインがこぼれ落ちた。

すぐに拾いあげた裕彦の目が力いっぱい見開かれコインを凝視する。


「まさか、彼が?」


 固まったまま小さく呟く裕彦に老紳士は無言のまま帽子をかぶった。

裕彦は老紳士を出口まで見送りこわばりをといて老紳士を見つめる。


「実は、あのブレンドティーは特別製なんです。

前回はちょっと入口が違ったからおだししたんですが。

今回はあんなお茶を飲むようなことには絶対させませんから。

だいじょうぶですよ」


 微笑む裕彦へ老紳士が弱々しく口の端を綻ばせる。

そのままぎこちなく礼をしてなにも言わず去っていった。

朱雄はそんな老紳士の後ろ姿を複雑な思いで見送る。

シナモンを手で弄んでいる輔をぼんやりと眺めながら内心で首をかしげた。


(入口が違うって、どういう意味だろう?)


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