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香夢異~夢見る紅茶専門店~  作者: 朝川 椛
第一章 日常の狭間
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2-4

「追いだされたいの?」


 結衣の短い声が響いた。彼女の視線はパイ生地にそそがれたままだったが、

その声は断固としたものだった。輔は一瞬目を見開き驚きの表情を浮かべる。

が、すぐに煙草を胸ポケットにしまいこむと慇懃いんぎんに会釈を返した。


「とんでもない。愛しの結衣様」


 少しも悪びれないその様子に言われた当人は二の句が告げなくなって

しまったらしい。輔は黙りこんでしまった結衣をおかしげに、

そして愛おしげに眺めていたが。はたしてそんな輔の視線に結衣は

気づいているのだろうか。朱雄は小さく肩をすくめながらリンゴの皮を剥く。

 だいたい輔も輔なのだ。

毎度毎度一事が万事おちゃらけた調子でいるものだから、

いったいどこまでが本気なのかまったく判別がつかない。


(かわいそうだけど、あれじゃあなかなか気持ちも伝わらないだろうな)


 などと考えていると案の定折り畳んだパイ生地をのばしながら、

結衣が困った人、と呟いた。それでも輔は少しもめげていないらしく

小さく両手をあげおどけた笑みを浮かべる。


「つれないこと言うなって。毎度こうして都外の山ん中にある

さびれた喫茶店にわざわざきてやってんのは、

お前さんに会いたいがためなんだぜ?」


 結衣がのばした生地を再び畳みながら短く反論する。


「『人里離れた』はよけいよ。小さくても街は街でしょ」

「『寂れた喫茶店』ってのは否定しないのか?」


 結衣が無言のまま軽く肩をすくめ力を入れて再度パイ生地をのばしだした。

そんな結衣へ向かい沙希がおもむろに声をかける。


「姉さん。商店街の福引にはもういったの?」

「え? ええ」


 気まり悪げに視線をさまよわせる結衣を不思議に思いながらも

朱雄は話にのった。


「そういえば、結衣さん言ってましたよね?

今年は特賞が熱海からいきなりバリになったとかなんとか」



 だが、なぜか結衣の返答はない。

なにか聞かれたくないことでもあるのだろうか。話を打ち切ろうかと思ったところで沙希が淡々とした口調のまま再び結衣へ尋ねた。


「三等賞は今年もお菓子だったわよね?」

「そうだったかしら?」


 結衣が麺棒を無意味にパイ生地の上で転がしながら明後日の方角を見やる。

やはり聞かれたくないことがあるらしい。

なんだかよくわからないが嵐の予感がする。

朱雄は助け舟をだすつもりで沙希に問いかけた。


「それがどうかしたのかい? 沙希ちゃん」


 すると、沙希がリンゴを剥く手をとめ冷えた瞳をひたと向けてくる。


「姉と私は『きんつば』が大の好物なんです」

「うん? それで?」


 話が見えないながらも先を促すと沙希はこちらを見据えたまま話を続けた。


「三等賞はいつも『きんつば』なんです」 

「そ、そう」

「私も姉もそれをとても楽しみにしていて、必ずくじを引きにいくんです。

いつも揃って。抜け駆けはなしで」


 抜け駆けはなしで、という部分を強調してくる沙希を前に

朱雄は必死で言葉を探す。


「えーっと。でもそれって、当たれば沙希ちゃんの口にも入るんじゃない?」

「そうよ、沙希。ちゃんと沙希の分もあるわよ」


 結衣がここぞとばかりに力強く頷いてきた。

が、沙希の声は一層冷ややかなものへと変わっていく。


「福引にはいつも特典がつくわよね」

「え? そんなのあったかしら?」


 わざとらしく頬に人差し指をあてる結衣へ沙希がうろんな目を向けた。


「さぞかし冷たくて美味しいあんみつだったでしょうね、姉さん。特製だものね。

ひとり占めできて幸せだったでしょう?」


 沙希の瞳が妖しげに光るのを見てとったのか結衣が小さく麺棒をかまえる。

なによ、と低くうめく結衣の様子に朱雄はさらなる危険を感じ沙希の肩を軽く

たたいた。


「考えすぎなんじゃないかなあ。その福引の特典って確か三十個限定だったよね?

『きんつば』だって全部で三十個だって聞くし。沙希ちゃんの話を聞いていると、

まるで結衣さんがその全部をひとり占めしたっていうふうに聞こえるんだけど。

たとえ結衣さんが強運の持ち主だったとしても『全部をひとり占め』なんて、

ちょっと無理がありすぎるよ」


 福引の三等と特典を同時にひとり占めだなんて確率の問題からしても

常識外だろう。一人深く頷いていると、沙希がこちらを見あげあっさりと

宣言してきた。


「こう言ってはなんですけど。少なくとも私は去年までそれをやってきました」

「え」


 いったいくじ引き券を何枚集めたらそんなことができるのだろう。

百か、二百か。そもそもこの商店街でそれだけの券を集めることが

はたして可能なのだろうか。


(ありえないってそんなこと)


 朱雄は首を左右に振る。助けを求めるように結衣の顔を見たが、

彼女もなんでもないことのように真顔で頷いてきた。

 ではなにか。この店の奥は現在『きんつば』の箱だらけだとでも

いうのだろうか。もう意味がわからない。

なんだかこの問題についてはこれ以上なにも考えてはいけない気がする。

そっとこめかみに手をやっていると小さな赤いポットをコンロへ置いて

裕彦がうなった。


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