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香夢異~夢見る紅茶専門店~  作者: 朝川 椛
第四章 胡蝶(こちょう)の現(うつつ)
44/66

4-2

「輔さん! 裕彦!」


 駆け寄ると、輔が弱々しく手をあげてくる。そのままふらりと

バランスを崩す輔を、同じく駆け寄ってきた朱雄が支えた。


「だいじょうぶ? 二人とも」


 心配そうに尋ねる朱雄へ、裕彦が傷だらけの頬を微かに緩める。


「うん、なんとかね……って! なんで朱雄さんがここにいるのさ!」


 目を剥いてくる裕彦が結衣を見やると、姉は、そうよ、

とこともなげに肯定した。


「私がつれてこいって言ったのよ。だってあのまま現実世界に置いておいたら、

朱雄君が危ないじゃない」

「けど!」

「あんた、いつ戻ってこられるかわからない状態で、

眠っている康次郎君の横に朱雄君をただ置いておけって言うの?」

「う、確かに……」


 結衣の言葉にがっくりと肩を落とす裕彦へ、沙希は声をかける。


「そんなことより、とにかく二人とも、席へ」


 沙希は裕彦を手前の席へ座らせると、さっそく二人の傷の具合を調べた。

二人とも服はあちこち破れ血もついているが、一刻を争うような深い傷は

一つもない。


「よかった」


 心底安堵していると、カウンターから朗らかな声がふってきた。


「二人とも、ぶじでよかったわ」


 微笑む結衣のあまり深刻そうでない物言いが、癪に障る。

沙希は裕彦の傷の手あてをしながら、結衣を睨みつけた。


「姉さんが言える立場なの?」


 こちらの言動に、結衣が眉根を寄せる。


「あら、失礼ね。ちゃんと心配はしてたわよ。でもそれ以上に信じているだけ」

「どうかしら?」


 精一杯嫌みを含めた声音をだしそっぽを向くと、

結衣が怪訝そうな口調で尋ねてきた。


「あんた、今日はやけにつっかかるのね」

「べつに!」


 つっかかっているつもりはない。ただ、納得がいかないだけだ。

沙希は無言のまま輔の側へいき、治療を開始する。


「不満があるなら言ってくれなくちゃなにもわからないわ」


 困った子ね、と結衣が呟く。沙希はカウンターを振り返り、反論した。


「姉さん。姉さんは信じているって言ってるけれど、光輝さんのことに関しては、

ちっとも私たちの話を信じてくれていないじゃない。私たちがどれだけひどい目に合っているか、姉さんだってそろそろ理解するべきだわ」


 思いの丈を告げると、結衣は、理解しているわよ、と小さく頷く。


「でも事件を起こしているのは、光輝さんじゃないのよ。

敵はきっと光輝さんの姿を利用した何者かに違いないわ。

もしかしたら、私たちが光輝さんを蘇らせようとしているのを知って、

邪魔をしているのかもしれない。いいえ、絶対そうよ」


 瞳を輝かせてはっきりと言い切る結衣と呼応するように、

火にかけていたヤカンが高い音をたて沸騰を知らせる。

沙希は治療の終わった輔の腕をそっと離すと、勢いよく立ちあがった。


「そんなはずないでしょう! いい加減に目を覚ましてよ、姉さん!

真実は目の前にあるのに、なぜ目を逸らすの?」

「逸らしてなんかいないわ。あんたこそぜんぜんわかってないじゃないの。

なんだってそんなに光輝さんのことを、死んでしまった人を目の敵にするの?

それともなに? あんたもしかして、光輝さんや私たちの両親をあんなにした

人間を知っているっていうの?」


 ヤカンの火をとめながら疑問を投げかけてくる結衣を前に、

沙希は勢いに任せ咽元まででかかった言葉を、必死で呑みこんだ。

両親を騙し腕だけの変わり果てた姿にしたのは、確かに光輝だ。

それは間違いない。だが、光輝をそれほどまでの狂気へと駆り立てたのは

結衣自身なのだ。沙希は、ともすれば真実を言い放ってしまいそうになる衝動を

こらえ、うつむいた。


「……知らないわよ」


 顔を背け、床に向かって掠れた声をだすと、結衣の声が一段と低さを増した。


「嘘ね? いま嘘をついたわね? 沙希、あんたって子は!」


 カウンターをでて荒々しくこちらへとやってきた結衣を、裕彦がとどめる。

間に割って入ってきて、こちらを交互に見ながら口火を切った。


「ユイ姉、ちょっとおちついてよ! サキ姉も、もうちょっと言い方を

考えないと」

「黙りなさい! 沙希、嘘をつくってことがどんなに罪深いことか、

あんたにはわからないの!」


 声を荒げる結衣へ、収まりかけていた怒りがまた湧きあがる。

顔をあげて結衣を睨み据えると、横合いから大きな溜め息が聞こえてきた。


「いいかげんにしろよ」


 心底うんざりしたように吐きだされた言葉を、結衣が切り捨てる。


「なによ、部外者は黙ってて」

「このまま引っこんでたら、ますます沙希ちゃんを追いつめるだろうが」


 焦げ茶色のテーブルに頬杖をつき結衣を見据える輔へ、結衣が一瞬言葉を

詰まらせた。


「追いつめてなんかいないわ。ただこの子が私に嘘をつくから」


 視線を泳がせる結衣に、輔が容赦ない声を発する。


「嘘をつきたくなるようなことしか言わないからだろうが。

かわいい妹をそこまで追いこんで、お前さんなにが楽しいんだ?」


 輔が問いかけると、結衣はうつむき小さくうめいた。


「……あんたになにがわかるのよ……」


 拳を握りしめ、踵を返す。そのまま店の奥へ入っていこうとする後ろ姿へ、

輔が呼びかけた。


「おい、話は終わってねえぞ」

「お手洗いにいってくるだけよ」


 振り返ることなく短く言い捨て、結衣が奥へと引っこんだ。

重たい沈黙があたりを包みこむ。沙希はむっつりと押し黙ってしまった輔を

見つめ、ためらいがちに口を開いた。


「あの、どうしてかばってくれたんですか?」


 輔は片眉をあげ、かばってなんかいねえよ、とぶっきらぼうに告げる。


「ただちょっとむかついただけだ。人間言いたくないことの一つや二つ

あるだろうが。大切な人間を傷つけたくないとなればなおさらだ。

君はよくやってるよ。もう十分にな」


 だろう、と目で尋ねてくる輔を前に、胸が熱くなる。

人間観察に長けた人だとは思っていたが、まさか目立たない自分のことまで

気にかけてくれていたとは思わなかった。

輔はずっと、姉のことだけを見ているのだと思っていたから。

それなのに彼は、こんな自己主張の下手な自分の本音を正確に察してくれたのだ。

姉のことだけでなく、自分のことも見ていてくれた。

それが、どうしようもなく嬉しい。

身体の体温が一気に上昇し、瞳が潤んで視界がぼやけた。

沙希が慌てて頬に手をあてていると、まあ、と輔が窓の外を眺めながら

おもむろに言葉を発してきた。


「結衣のことだからさ。本当はぜんぶわかってるんだろうよ。

ただ、それを認めちまうのがきついのさ。そんなことしたら、

今までの自分を否定するようなもんだからな」


 しみじみとした口調で紡がれたその言葉に、沙希は我に返った。

そうだ。彼がなにより大切にしているのは、姉の結衣なのだ。

火照っていた身体に、いきなり冷水を浴びせられたような衝撃が

全身を駆け抜ける。胸の奥が絞られるように痛い。

もうずっとわかっていたことだ。

いまさらなにをうろたえることがあるというのだ。

沙希は両腕で自分の身体を抱きしめ、えぐるような胸の痛みを

必死でやり過ごす。その時、ふいに呼び鈴の澄んだ音色が鳴り響き、

柔らかな風が店内へそよいだ。


「あの、すみません」


 おずおずとした声に顔をあげると、扉の前にサファイアのペンダントを握り

所在しょざいなさげに佇む、康次郎少年の姿があった。

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