3-2
『起こってしまったことはしかたがないわ。光輝さん云々のくだりはともかく、
あんたの話からすると敵は康次郎さんには手を加えないでしょうけれど、
逆に朱雄君の身は危なくなる可能性が高いってことね。いいわ。
彼も一緒につれていらっしゃい』
「わかったわ。なにを用意すればいい?」
沙希の問いに、結衣が時間を尋ねてくる。
「午後の四時少し前よ」
台所へいきお湯を沸かしながらカウンターのデジタル時計を確認すると、
結衣の声が聞こえてきた。
『そう、ならアフタヌーンティーでいいわ。準備をはじめましょう』
「ええ」
沙希が答えると、結衣が細かな指示をはじめた。
『まずは結界をはるわ。ローズティーを用意して。
私の波長に心を合わせながらお湯をそそいでちょうだい』
沙希は棚からローズの缶をとりだして透明なポットに入れると、お湯をそそぐ。
店内にバラの香りが漂い、全体を満たしていく。
空間が緩くぼやけ、薄い桃色に包まれた。
『成功したみたいね』
肯定すると、じゃあ次は本番よ、と真剣な声音で姉が話しだす。
『テイスティングカップとミニボウルを十二個ずつ用意してちょうだい』
沙希は結衣の言葉通りに、棚から蓋のついた白いカップと
小さな白い陶器のボウルを十二個ずつとりだした。
「用意できたわ、姉さん」
『じゃあ、今度はダージリンを産地ごとに、
アッサムはタウラとダフラティン農園のものを用意して。
テイスティングカップへダージリンを産地ごとに、
アッサムは六つごとにわけて入れてよく混ぜてちょうだい。
キャディスプーンで三グラムが目安よ』
「はい」
結衣に従い、別の棚からダージリンとアッサムの缶をとりだす。
テイスティングカップにそれぞれの茶葉を入れ、お湯をそそいだ。
待つことしばし、結衣の声が聞こえてくる。
『そろそろね。ボウルにお茶を移しかえてから、
茶葉をテイスティングカップの蓋に入れてカップの上に置くのよ』
言われた通りにすると、結衣が言葉を続けてきた。
『私の姿を想い浮かべながら順番に香りと味を確かめてみて』
沙希は姉の姿を思い浮かべながら、順番に紅茶のテイスティングを行う。
六番目の紅茶の味を確かめた時、胸の奥へちくりとした痛みが走った。
『それだわ』
姉の声が聞こえる。こちらの波長を読みとったのだろう。
自分と交信している相手は、
その感覚や表面的な感情の波長を感じとることができるからだ。
『沙希、その紅茶をもう一度入れて、康次郎さんの前へ持っていってちょうだい』
沙希は再度調合した茶葉を透明なポットに入れ、沸かし直した熱湯をそそいだ。
茶葉がポットの中いっぱいに舞う。蓋をしてじっくりと蒸らした。
カップを用意して、冷めないうちに急いで康次郎の前に持っていく。
沙希はしきりに目をしばたたかせている朱雄を自分の隣に座らせると、
再度結衣へ声をかけた。
「姉さん、準備ができたわ」
結衣が囁くような声で、じゃあいくわよ、と宣言してくる。
ええ、と短く肯定すると、結衣の囁き声が頭に響きわたった。
『カップにお茶をそそいで。そそいだら朱雄君の手を握るのよ。
それから私のことを思い浮かべて。会いたい、と切に願ってちょうだい』
沙希は結衣の言われた通りに瞳を閉ざし、姉の姿を思い浮かべた。
浮かんでくるのは遠い昔に見たきりの、姉の心から幸福そうな微笑み。
いま一番会いたくて、また、いま一番忘れ去りたい過去の記憶だ。
「姉さん……」
呟いた頬に、涙が伝う。深く息を吐きだして目を開けると、
目前に両手を後ろに縛られたまま微苦笑を浮かべている姉の姿があった。




