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「これがお前さんの両親なのか?」
掠れ声をだして問いかけてくる輔へ、裕彦は弱々しく微笑む。
「見えないでしょう?」
並んで据えられている腕を眺めながら呟くように問うと、輔が、ああ、
と頷いた。
「これ、本物なのか?」
白々としたすべらかな指先の腕を見つめ、輔が尋ねてくる。
「レプリカに見える? でも残念ながら本物だよ。そっちは母上様の腕。
こっちのがっしりとした腕が父上様のだよ」
彼が見つめている白く小さな腕よりも、
幾分ごつごつとした節のある腕に目をやりながら、苦く笑んだ。
輔がしげしげと台座の上に生えた二本の腕を見つめている。
特殊ガラスの上には太い色とりどりのチューブがとりつけられ、
横の大仰な機械につなげられた様を思う存分眺めると、台座のプレートに
目をとめた。
「『白鍵会寄贈』? なんだ、これ?
白鍵って、ピアノか? 楽器かなにかが関係してるのか?」
輔の言葉に裕彦は首を左右に振る。
「ぜんぜん違うよ。それはコウキが所属していた団体の略称さ。
正確には『白き鍵の会』っていうんだ」
「またなんだかけったい名前だな? 要するにそいつらがすべての
元凶ってことか?」
「そういうこと。年号が明治に変わって少し経った頃だったかなあ。
背の高い外国人がコウキのもとへよく訪れるようになったんだ。
どうやら英国からきたらしいその人たちがきてからだよ。
彼が変わってしまったのは」
裕彦は暗い部屋の隅に目を向けながら、昔話をはじめた。
「それまではとても良い人だったんだ。剣の腕はそこそこだったけれど、
頭が良かったのもあって蘭学を学びに長崎へいっていてね。
いろんな人と出会いずいぶん感化されて帰ってきたあと、
一族を説得してぼくらの家は新政府側につくことになったんだ。
ぼくはまだ幼かったからくわしいことはよくわからないんだけど、
もともとが関西に居を構える下級武士だったぼくら一族にとっては、
コウキの言うことはいちいち納得のいくことだったんだって」
「そうか」
ためらいがちに相槌を打ってくる輔へ、裕彦は頷く。
「うん。実はね、ぼくらは幕府に長く疎まれてきたんだよ。
ぼくら一族にはそれぞれにちょっと不思議な力が宿っているんだ。
一族はそのことをひた隠しにしてきたんだけど、コウキが言った
『新しい時代』がきたら、きっと自分たちも帝のお役に立てるんじゃないかって。
一族はそう思ったみたいだよ。だから父母やコウキは、その理想のために自身の力
を存分に行使した。でもその数年後、大政奉還があって世の中が新しく生まれ変
わった時、ぼくらはお役ごめんになっちゃったんだって」
「なぜだ? 力を使う場は与えられたんだろう?」
眉根を寄せる輔に、裕彦は、まあね、と肩をすくめた。
「でも、そういう力っていうのは、得てして平和な時代には不向きなものでしょ
う? だから一族はもとの通り、ひっそりとした暮らしに戻ろうとしていたんだ。
でも……」
「奴は違ったのか」
息をつく輔を見ながら、裕彦は小さく微笑んだ。
「そう。コウキは不満だったんだ。東京へでていった後、しばらく音信不通だった
みたい。けど、ぼくが十一歳の時に戻ってきたんだ。真っ白なスーツに身を包んだ
英国人たちをつれてね」
「それが『白鍵会』?」
輔の問いに、裕彦は頷く。
「『白鍵会』は新しい世の中を担う人材を育成するために
英国で創設された団体だと言っていた。でも、その実体は不死の研究だったわけ。
彼らは自分たちの理想を実現するために、命令通りに動く死なない人形を
作りだすことを新政府に提案したんだよ。あの頃、まだ政府はできたばかりで
内乱を抑えこむのに必死だったから、のどから手がでるほど彼らの技術力が
欲しかったみたいでね。そうしてうまくとり入った彼らは
広大な土地と実験費用を確保し、同時に実験体も大量に確保したんだ」
「それがお前さんたちってわけか?」
髪をかきあげる輔を見つめながら、裕彦は肯定した。
「うん。それから、不平士族って政府に不満を持つ武士たちもね。
コウキももちろんそんな彼らの実験体の一人だったはずなんだけどさ。
どういう経緯で近づいたのかは知らないけれど、
ともかく彼らはぼくらの前にやってきたんだ。
『自分たちの力を有益に使う場所が与えられたんだ』って言ってね」
「なるほど。それでお前さんたちは上京したってことか」
断定してくる輔に、裕彦はくすりと肩を揺らす。
「そういうこと。一家総出で郊外に居をかまえたコウキの屋敷へ
引っ越してきたってわけ。コウキはその頃もやっぱり優しかったけれど、
でも言うことがなんだかおかしくなってきていたんだ。特にユイ姉に対してね」
「どんなふうにだ?」
「『ずっとこのまま変わらずにいられたらいいと思わないか』とか
『若さを保つことこそがこれからの自分たちの役目なんだ』とかさ。
ことあるごとにユイ姉の手を撫でて歌うように語りかけてたよ」
こちらの言葉に、輔が気まり悪げな顔で鼻をかいた。
「……まあ、婚約者ならそれくらい普通なんじゃないか?」
複雑な心境を隠すように顔を背ける輔へ、裕彦は吐息する。
「うん。ぼくも、それにサキ姉も、その当時はそう思ってた。
もうすぐ結婚するんだからって。よっぽどユイ姉が好きなんだろうって。
確かにある意味では見た通りだったのかもしれない。
でも、コウキの考えはひどく歪んでいたんだ」
「そうか……」
遠い眼ざしをして微かに頷く輔に向かい、裕彦は話を続けた。
「ある日、いつものように白い服の面々がやってきて、父母に言ったんだ。
『貴方がたの力をぜひ貸して欲しい』って。
コウキも『お義父上たちの力こそが必要なんだ』って懇願してきてね。
父母は彼がそこまで言うならって言って、彼らについていった。
けど、それっきり待てど暮らせど帰ってこなかったんだよ。
そうしてしばらく経ったある日のこと、コウキが一人で屋敷に帰ってきて
ぼくらを呼んだんだ。これから『ぼくらの新しい家につれていく』って、
嬉しそうに」
「もしかして、それが?」
訊きづらそうに尋ねてくる輔へ、裕彦は首を縦に振る。
「つれていかれたのは暮らしていた屋敷よりももっと山深い場所にある、
小さな洋館だった。ぼくらは案内されるままに地下へいき、
そこで腕だけになった両親と再会したんだ。
ユイ姉は叫び、コウキを詰った。
でもコウキは、そんなユイ姉を見て始終嬉しそうな顔をしていたよ。
『もっと怒って。感情が豊かな君は綺麗だよ』って言ってね」
「狂ってやがるな」
溜め息まじりに呟く輔に対し、裕彦も視線を部屋の天井へ向けた。




