5-2
「香夢異」へいくと準備中の札がかかっていた。
裕彦はそれを無視してポケットから鍵をとりだし、扉を開ける。
中へ輔を招き入れると、彼がプロジェクターを小脇に抱えながら、
変わらない店内を眺めぼやいた。
「なんでこんなところに『香夢異』があるんだ?」
「ぼくもはっきりとしたことは言えないけど。一つはこの記憶を持った人物が
『香夢異』へきたことがある可能性が高いってことかな。
まあ、ユイ姉がこの記憶の中にきてるってことも十分考えられるけど」
「つまりなんだ? ここは夢ってことか?」
輔の問いに、裕彦は桐箱をカウンター内の棚に置いてかぶりを振る。
「夢じゃないよ。本当にあった誰かの記憶」
「ならなんで現代にしかないはずの『香夢異』があるんだよ。
夢じゃなきゃこんな不条理なことがあるわけないだろうが」
プロジェクターをカウンターへ置きながらわめく輔を前に、
裕彦はうなってカウンター端に置かれた白いデジタル時計を確認する。
時計の液晶にはやはりなにも映ってはいなかった。
(でもこれを見ただけで輔さんが納得するわけないよね……)
どこから説明したら納得するだろうかと考えて、覚悟を決める。
「あのね、タスクさん。この店、というか家はね、生きてるんだよ」
「ああん?」
案の定、輔は思いきり怪訝そうな顔をした。
裕彦は大きく息をつき、もう一度説明を試みる。
「この家はね、生きてるの。呼吸してるってこと。わかるかな?」
「お、おう?」
こちらの勢いにおされたように、輔は首をかしげつつ頷いてくる。
その時、ふいに壁へかけられた時計が鳴った。
「なんだあ?」
輔が音のしたほうを見やる。そんな輔に裕彦は、ああ、と応じた。
「お客さんがきたことを知らせたんだ。記憶の中でぼくら以外の人間がこの店を
見つけて中へ入ると、時計が鳴るようになってるんだよ。この場合でいうと、
タスクさんのことだね」
「そんなハイテクな物なのか! すげーな、これ!」
輔が嬉々として時計のもとへ向かう。裕彦は苦笑いしながら否定した。
「違うよ、タスクさん。この時計がハイテクなんじゃなくて、この家が
ハイテクなの。言ったでしょう? 『生きてる』って」
「んなこと言われても、俺に納得できるわけねえだろうが。もっときちんと
説明しろよ」
腕を組んで反論してくる輔へ、ごめん、と素直に謝る。
「とにかく論より証拠だから、こっちへきてくれる?」
輔に顎で店の奥を示し、裕彦は彼を自宅へと招き入れた。
***
「これからある場所へいく前に、ちょっと説明しておくけど」
後ろに輔の気配を感じながら裕彦は家屋のトイレへつれていく。
中にある小さな本棚を横に引くと、地下へ続く階段が現れた。
「この家って地下室まであるのか?」
狭い階段をくだりながら、輔が物めずらしげにほの暗い通路の壁を
たたいている。裕彦は、そう、と頷きながら、重い口を開いた。
「これからいくのはこの家の心臓部で、ぼくらの両親がいるところなんだ」
「死んだんじゃなかったのか? ああ、仏壇ってことか?」
不思議そうな声をあげてくる輔を振り返り、微笑する。
「違うよ。言葉もしゃべらないし記憶もないけど、
ちゃんとぼくらを守ってくれているんだ。特に、ユイ姉をね」
「どういうことだ?」
眉根を寄せる輔から視線を逸らし、裕彦は答えた。
「実はこの家を作ったのはあのタカミネコウキなんだ」
「なんだって?」
目を剥く輔をもう一度見つめ、口元を歪める。
「コウキはぼくらの両親を騙して実験台にした。両親には不思議な力があったんだ。父には過去を読む力が、母には未来を予知する力が。その力はそれほど強大なものではなかったけれど、二人が力を合わせると、人の記憶の中に介入することができることがわかったんだ。さらにユイ姉が、二人の力を増幅し、他人の心の痛みを見極める力を持っていることも判明した。当時政府の要人だったコウキは、
そんなユイ姉たちの力を不平士族に対して行使し、彼らを洗脳しようとしたんだ。
コウキはユイ姉と婚約していたこともあったし、一族の信頼も厚かった。
両親ももちろんみんなと同じだったから。実験に協力して欲しいと言われた時も
二つ返事で頷いたんだよ」
だけど、と語尾を濁すと、輔がついでくる。
「両親は帰ってこなかったってことか?」
輔の言葉に、裕彦はゆるゆるとかぶりを振った。
「帰ってはきたよ。でもね」
言葉を切り、階段の最後にあった扉を開ける。
「ご覧の通りになったんだ。よく見て、タスクさん。
これが、あいつがぼくらにやった仕打ちなんだよ」
裕彦は輔に向かい、真っ暗な四角い空間の真ん中に置かれた物々しい機材を
示した。近づき絶句する輔を前に、透明な特殊ガラスへ手をやる。
視線の先には、自分の両親であったはずの右下腕が二本、台座に据えられていた。




