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香夢異~夢見る紅茶専門店~  作者: 朝川 椛
第一章 日常の狭間
3/66

2-2

「お客様、メニューです」


 裕彦がゆっくりとメニューをさしだすと老紳士は気難しげな硬い声で、

ああ、と答える。


「ありがとう」

「いえ」


 首を軽く振りこちらへと踵を返す裕彦を老紳士が呼びとめた。


「君」


 はい、と裕彦が振り返る。老紳士はどこか緊張ぎみに裕彦を見つめ尋ねた。


「君、年はいくつかな?」

「十一です」


 そうかね、と老紳士が頷きさらに質問を重ねる。


「この店は、できてから何年経つのかな?」

「えーっと、十年くらい前です。一応」


 裕彦が首をかしげつつ答えると老紳士は力を抜いて小さく微笑んだ。


「そうか。いや、急に引きとめて悪かったの」

「いえ。ご注文、お決まりになりましたか?」


 朗らかな声で問いかける裕彦に老紳士が目をしばたたかせる。


「え? ああ。その。メニューはこれだけなのかな?」

「はい」


 木製のメニューを舐めるように見つめながら問う老紳士へ裕彦が頷いた。


「ブレンドティーがあるんじゃないかと思うんだが」


 顔をあげた老紳士が表情を窺うように裕彦を見やる。

さすがにくわしいな、と朱雄は胸の内でうなった。

自ら思い入れがある、と言っていただけあって紅茶には相当うるさいらしい。

しきりに感心していると、テーブルのほうでは裕彦が小さく首をかしげたあと

メニューの項目を手で示していた。


「ブレンドティーの項目は右側にいくつかございますが」

「いや、これではなく。ここにしかない配合のものが飲みたいのだが。

たとえば、こう、懐かしいような、胸を締めつけられる気持ちになるような

香りの……」


 語尾を濁す老紳士の言葉に朱雄はリンゴを手からとり落しそうになった。

胸が締めつけられるような紅茶。そんな不可思議な飲み物が世の中に

存在するはずがない。いったいあの老紳士はなにを言っているのだろう。

それとも自分が知らないだけで本当にそんな特別な紅茶があるというのだろうか。

色々と思い悩むこちらを尻目に、裕彦が申しわけございません、と頭をさげる。


「当店の紅茶にそのような効果があるかはわかりかねますが、

特製メニューは確かにございます。でも残念ながら季節限定なもので。

季節ごとのリーフがすべて手に入ればできるのですが、

今年の秋のものはまだダージリンしか入ってきていないんです」

「そうかね……」


 あたりまえといえばあたりまえの対応なのに老紳士は落胆したように

顔を伏せしばし黙りこんだ。


 なぜだろう。先刻の質問や今の問いかけといい、老紳士の言動を聞いていると

「香夢異」がまるで古くからある喫茶店のような錯覚に陥ってしまう。

そんなはずはないのに。いや、ひょっとすると昔あった喫茶店から暖簾分けした

可能性もないわけではないけれど。などと思考を巡らせているうちにも

二人の会話は続いていく。


「申しわけございません」


 裕彦が再度申しわけなさそうに詫びると、老紳士が吐息していや、と

首を振った。


「いいんだ。じゃあ、温かいダージリンティーを一つ」


 老紳士の注文に、あれ、と朱雄は内心で首をかしげる。

彼は確か倒れるほどにお腹がすいていたはずではなかったか。

そういえば、サンドウィッチが食べたいと言っていた気がするのに。

朱雄はさりげなく老紳士と裕彦へ合図を送ったがどちらも気づいては

くれなかった。


「かしこまりました。この季節に合わせたものでよろしいですか?」

「なにか違うのかね?」


 小さく目を見開く老紳士に裕彦も頷く。


「はい。季節によって香りや味の深みが違いますし、産地によっても色々と

変わってきます」

「そうか。よくはわからんが少しおちつきたいな。ミルクはいらないのだが。

それでお願いできるかな?」


 老紳士が顎に手をあてて答えながら裕彦を見る。

裕彦はいま一度、丁寧に頭をさげた。


「かしこまりました。ご一緒に軽食などはいかがですか?」


 裕彦が尋ねると老紳士はゆるゆるとかぶりを振る。


(なんだいらないのか)


 老紳士の答えに少しがっかりしていると、一礼した裕彦がダージリンティー、オータムナル一つ、と声をあげながら戻ってきた。

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