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仕事場の帝都ホテルまで急ぐ。
寝坊したわけではないが、撮影の場合、待ち合わせの十分前には目的地へ
たどりついていることが数少ない輔の信条だった。
息を切らせて帝都ホテルの入口へ到着する。
待っていたのはファッション誌の記者ではなく、成美だった。
「社会部のお前がファッション雑誌の取材なんかできるのか?」
疑わしげな気持ちを隠しもせず口にすると、成美が腕を組んで、知らないわよ、
と反論してくる。
「急病がでたからいってこいって言われただけなんだから」
「雄司はどうした?」
「あっちのカフェで腐ってる」
輔の揶揄へにこりともせず、成美は親指で向かいのカフェをさした。
「かわってやろうか」
淋しいだろ、とからかい半分で申しでてみると、成美が眉根を寄せて
かぶりを振る。
「やめてよ、私たちはそんなんじゃないんだから」
「へいへい。あいつも報われねえなあ」
呟くと、成美が睨みつけてきた。
「うるさいわね。あんただって人のこと言えないじゃない」
「あん?」
「今まで曖昧な関係のままやることだけやって、
適当に遊んでた奴が言うことじゃないって言ってるのよ」
成美の言葉に、輔は小さくうめいた。
「うっせーな。若気のいたりってやつだよ。心配すんな。もうしねえから」
「へえ?」
成美が軽く目を見開きこちらを見る。輔は眉を顰めて彼女を見返した。
「なんだよ?」
「あんたがそんなふうに言うのって初めて聞いたわ。
どこがそんなに気に入ったの? やっぱり顔?」
成美の問いに、輔はふと結衣のことを思う。
ふわりと揺れる黒い短髪。紅茶をそそぐ時の細い手首、括れた腰に豊かで柔らか
そうな胸と薄い桃色の唇、いつも遠くを見つめているあの黒い瞳……。
想像するだけで夢心地になるようなその姿は、確かに世間一般からしても
美人の部類に入るだろう。
だが、彼女の魅力はそんなものではない。
「あー、まあ、確かに顔もいいが。やっぱり性格かな」
うまい言葉が見つからず端的に答えると、
成美がこれ以上ないほどしてやったりな笑みを浮かべてきた。
「ふうん。そう」
しきりに頷く成美に対し、輔は渋面を作る。
「なにニヤついてやがんだよ。気持ちわりぃなあ」
「だって、なんだかめずらしく本気らしいんだもの。
こっちとしてもありがたくって涙がでるわ。なんて言ったって、
これ以上あんたに捨てられた女の子たちを慰めるのはごめんだしね」
わざとらしく溜め息をついてくる成美に向かい、輔は鼻を鳴らした。
「ふん。それこそお前さんに言われたくねえなあ。
いつまで雄司を待たせるつもりなんだよ? え?」
軽く逆襲してやると、案の定成美がいきり立つ。
「うるさいわね。あんた仕事しにきたんじゃないの?」
「まあね」
肩をすくめながら、機材を担いでホテルのエレベーターへと乗りこんだ。
「何よ、他になにかあるの?」
「まあ、色々と。個人的に興味があるって感じだな」
半分うわの空で答えると、成美が目を剥いてくる。
「なにそれ? 言っておくけど、あの件は私たちの掴んだネタですから。
横合いからきてかっさらっていったら承知しないわよ!」
「そんなんじゃねえよ。本当にちょっとした好奇心だって」
おどけたように笑ってみせながら、
「ただの」とは言いがたいがな、と内心でつけ加えた。
高峰光輝に会えば、中森康次郎翁のことを訊きだせるのではないか。
そんなことを考えている自分は、やっぱりずいぶんと利己的な人間かもしれない。
そんなふうに自嘲していたら、またしても成美に睨まれてしまった。




