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香夢異~夢見る紅茶専門店~  作者: 朝川 椛
第二章 動きだす影
15/66

2-2

「いいから、これ見てくれる?」


 成美が幾枚かの写真の中から数枚をとりだし、こちらへ見せてくる。

それは銀座あたりにある高級クラブの入口で、黒塗りの外車へ乗りこもうとする

男性たちと見送る面々を写したものだった。


「この写真がどうかしたか?」


 偉人たちの談合現場と言わんばかりの写真を眺めつつ眉根を寄せて尋ねると、

成美が目を輝かせる。


「これ、中森財閥の会長、中森康次郎なかもりやすじろうとの会食の現場を撮った写真でね。隣にいるグレーのスーツを着たこいつ、高峰光輝たかみねこうきっていうんだけど。こいつに黒い噂があって。それをいま追ってるのよ。海外のアパレル業界に乗り込んでブランド『ルミナス』を立ちあげ、今度は日本進出を狙う新進気鋭の若手経営者よ。あんた、この手の男に詳しいでしょ。なにかいいネタ持ってない?」

「いや」


 輔は一気にまくし立ててくる成美の勢いに押されながら、首を横に振った。


「名前とブランド名だけはよく聞くが。なんでも謎の多い人物だとかで、

俺もよくは知らないな」


 答えながら写真をもう一度ゆっくりと眺め、小さく目を見開く。

写真の中央、車の前で泰然と佇む老人は、先日「香夢異」へとやってきたあの老人そのものだった。


「どうしたの?」


 こちらの変化をはや読みとったらしい成美が、鋭い視線を向けてくる。


「あ、いや、こっちの老人は誰だか知ってるか?」


 尋ねると、成美が呆れたような声をあげてきた。


「中森康次郎じゃない。最近よくニュースで騒いでるでしょうが。観てないの?」


 成美の言葉へ、輔は素直に肯定する。


「俺どっちかというとラジオ派だからな。そうか、彼が中森康次郎会長か」


 まさかあの時の老人が、有名財閥の会長さんだとは思わなかった。

自分の記憶力もずいぶん衰えてきたものだ。内心で苦笑しつつ、輔は問う。


「確か、誘拐事件だっけか?」


 こちらの質問に、ことの成りいきを見守っていたらしい雄司が、

ああ、と口を開いた。


「長男の息子さんだそうだ。まあ、あれだけでかい組織を切り盛りしているんだ。

随分裏で腹黒いこともやってきているんだろうが。それでも少し、気の毒だよな」


 小さく唇を噛みしめる雄司を見て、成美が微かに口元を綻ばせる。


「ああ、そうだな」


 輔はそっと雄司の隣へ距離を詰めた成美をぼんやりと眺めながら、同意する。

胸の奥底から湧きでてくる疑問に眉根を寄せ、顎へ手をあてた。


(なぜ中森会長が、単身であんな辺鄙へんぴな街の喫茶店なんかに

きたんだ?)


 単なる偶然か気まぐれか。あるいは、昔からの知り合いか。


『前回はちょっと入口が違ったからおだししたんですが』


 裕彦の言葉が頭をよぎる。


「知り合いであることが確実だとしても、だからどうだってんだ」


 吐き捨てるように呟くと、成美が怪訝そうな顔で尋ねてきた。


「誰の知り合いなの?」

「いや」


 輔はかぶりを振る。恋敵を思いだしただけだよ、とうそぶいて、

事情を聞きたげな成美たちを前にその場を後にした。

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