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アンダーグラウンド

作者: 十月十日

――ああ、いらっしゃいませ。お待ちしていました。

「……どうも、初めまして」

 初めまして。私はここの店主をやっています、作楽といいます。

「古屋和樹です。……よろしくお願いします」

 こちらこそ、よろしくお願いします。うちには店員がいないので、人手が増えてとても助かります。

まあ座ってください。

「あ、はい」

 ところで古屋さん、本屋で働いた経験はありますか?

「いえ……ないです」

 そうですか。ああいえ、大丈夫ですよ。うちと他は随分違うので、むしろその方がやりやすいと思います。

 さて、今日は休みにしてあるので、時間はたっぷりあるのですが。少し休憩してから、店を案内しましょうか。

「……そんなに広いんですか、この店」

 そうですね……まあ広いといえば広いでしょうか。厳密に言うとちょっと違うんですが、まあ行けばわかりますよ。



 それにしても、よくここがわかりましたね。駅から遠かったでしょう。道に迷いませんでしたか?

「前に一度だけ、この辺に来たことがあるので……その時は、よく見ずに通り過ぎちゃったんですけど」

 ああ、そうだったんですか。不思議な縁があるものです。

 この辺りは、日本有数の古書店街なんですよ。さすがにかの有名な神保町には敵いませんが、本好きの方はよくいらしているようです。そんな中でわざわざうちまで来てくださる方は、なかなかいないので……本当に助かります。

「あ、いえ、そんな。ここのバイトを紹介してくれたのも、大学のサークルの友人で」

 そうなんですか。その方は、ここには?

「彼は別の本屋で働いてて。確かここの古書店街のどこかだったと思うんですけど」

 ……そうですか、それは残念。できればそのご友人にも、宜しくお伝えください。



 では、そろそろ行きましょうか。こちらに来てください。

「はい」

 まずは、これを渡しておきます。

「これって……地図、ですよね」

 そうです。ここの地下は随分広くてわかりにくいので、迷わないように気をつけてくださいね。

 もしなくしてしまっても、レジの下にいくつか予備があるので、気にせず使ってください。それから……

「あ、あのっ」

 はい、どうしました?

「地下があるんですか?」

 ええ、とても広い地下ですよ。

 ほら、私たちが今いるのはここの上なんですが、ずっと先まで地下道が続いているんです。

「……どういうことですか?」

 百聞は一見に如かず、と言うじゃないですか。ちょっと待ってくださいね、確かポケットに鍵が……ああ、ありました。

 ここ、わかりますか?なるべく目立たないようにしてありますが、鍵穴があるでしょう。

「あー…………ありますね」

 これ、かなり古いもののようですごく軋むんですよ。開けるときは気をつけてくださいね。

 さて、それでは中に入りましょうか。階段があるので、足元に気をつけて。

「わ……結構急ですね、これ」

 そうなんですよ。本を抱えて登り降りするのは中々きついのでエレベーターにしようかとも思ったんですが、如何せんそこにかけるお金がないもので。大手だともう設置してたりするんですけどね……

「……他のお店も使ってるんですか?」

 ああ、言い忘れていましたか。

 この地下は、いわば古書店街全体の共有スペースのようなものなんです。私達は単に「地下書庫」、もしくは「共同書庫」と呼んでいるんですが。だからあちこちに道があって迷いやすいんです。風景も本棚ばかりで区別もつきにくいですし。



 さあ、着きましたよ。ここが地下書庫です。

「うわ……すごいですね、ここ」

 そうでしょう。この地下は、古書店街の下いっぱいに広がっているんですよ。さすがに端から端まで気を配ることは厳しいので、各書店で区画を決めて共同で管理しています。

 うちの店は一番端にあるので、大体は九番台……いわゆる物語全般と、一部の貴重な古書を扱っています。一番人が来づらい場所なので、地下に入れるのもあの店からだけなんですよ。

「そうなんですか……じゃあ、ここで働いてる人はみんなあの店の人なんですか?」

 いえ、彼らは各店舗から派遣されている地下専門の職員です。司書資格も持っていますし、保管してあるものについては私より詳しいですから、何かわからないことがあったら遠慮せずに聞いてください。

 じゃあ、うちが管理している区画だけでも一通り見てみましょうか。

 万が一迷うことがあったら、近くにある階段を上がってください。どこかの書店に出られるはずですから、そこから地上に出て戻って来れば……古屋さん?

 ああ、だから気をつけてと言ったのに。








「作楽さん、戻ってたんですね」

 おや、桧垣くん。仕事中にすみませんね。どうしても外せない用事ができてしまって、先に店に戻らせてもらいました。

「いや、全然大丈夫ですけど。ちゃんと見つけてきましたよ、古屋」

 ありがとうございます。お手数をおかけしました。

「気にしないでくださいよ。じゃあ俺はこれで。あ、あと何かこいつ気になる本を見つけたらしくて。ちょっと見てやってください」

 気になる本……ですか。それは、どういう?

「これ、なんですけど」

 ……この本、見つかったんですか!

ずっと探していたんですが、どうしても見つからなくて困っていた本なんです。もうずっと昔に絶版になっているので、もう見つからないかと……

「そうなんですか……確か、これのタイトルがレジのところのメモに書いてあったような気がして。道に迷ったどさくさで持ってきてしまったんですが」

 そうでしたか。これ、預からせてもらってもいいですか?

 修復させてほしいんです。いくら地下は管理が行き届いているとはいえ、それ以前の破損がなくなるわけではないですから。

「あ、どうぞ。……あの、これってどういう本なんですか?」

 これは、戦前に自費出版された本なんです。ただでさえ部数が少ないので、もうほとんど残っていないんですよ。

 中は近代小説というよりも古典文学に近いですね。もしよかったら、修復が終わったら読んでみませんか?

「いえ……僕古典はちょっと苦手で」

 そうですか……まあ、無理にとは言えませんし。糖分この店にあると思うので、気が向いたら読んでみてください。

「ありがとうございます」


 さて……私はこれから本の修復に入りますが、古屋さんはどうしますか?

 今日は疲れたと思いますから家に帰っても構いませんし、何なら修復を見ていってもいいですよ。

「え、見てもいいんですか?」

 はい。なんにせよこれから仕事を覚えてもらわなければいけませんし、私は集中すると無口になってしまいますが、よかったら。

「ありがとうございます!」

 では明日から、よろしくお願いしますね。



 古書店「アンダーグラウンド」へようこそ。


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