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第五話 本当に疑わしいのは誰だろう

 


 窓の奥から入り込む光。

 瞼越しでもうっすらと眩しいそれを浴びて俺は目を覚ました。


「体痛い……」


 昨日は床で寝たから体ががちがちに硬くなってしまっている。今日が日曜日で良かった。こんな状況で学校に行くのは流石に辛い。


「ん、ん……」

 

 ベッドでは美月が寝返りをうっていた。

 昨日はなんだかんだフィールちゃんの寝床の準備を整えて、流石に疲れたのか美月もそのまま眠ってしまった。

 まあ美月は結構な頻度で内に泊まっていく。俺から美月ママに連絡をすると「あらそぉなの、うふふふ。かなた君、娘をお願いします。優しくしてあげてね」と簡単に宿泊許可を貰えた。優しくも何も美月は俺の親友だ、つらく当たることなんて基本的にないんだからそんな心配しなくてもいいのに。それでも心配してまうのが親ってものなんだろうな、きっと。


「おーい美月、朝だぞ」


 軽く揺さ振ってやると「んむぅ」と可愛らしく呻く。

 よく見ると美月の服はのまま寝てしまったせいでちょっと皺になっている。でもウチには女物の服は姉さんのものか6~9歳用の服しかないから、代わりのものもないし。年頃の女の子には悪いことを閉まった。


「あ、ぅ。あ、れ? あがつま?」


 よく分からない声を漏らしながらようやく目を覚ました美月は、俺を見て不思議そうな声を上げた。


「おはよ。昨日はありがとな」

「んー……あ、そっか。昨日は」


 まだ寝ぼけてたみたいだけど、しばらく時間が経って俺んちに泊まった経緯を思い出したらしく、目をこすって表情を引き締め直す。


「昨日の。夢じゃなかったんだ」

「みたいだな」


 視線は部屋の隅に置かれたベビーベッド。そこにはほわほわとした金色の髪をした、可愛らしい赤ん坊が眠っていた。

 近付いてつんつんと指で頬をつついてみる。柔らかくて、暖かい。まるで本当の赤ん坊のようだ。


「うんぅ」

「寝たままで身悶えるフィールちゃん超かわいい」


 やっべ。なんかやっべ。今迄下は7歳上は15歳までと思ったけど俺0歳でも行けるかもしんない。


「でもこの娘、剣なんだよな」


 魔剣フィール。

 大魔導師アガベアスールの遺作にして最高の魔剣。

 今更だけど見えない何かが肩に重くのしかかってくるのを感じた。

 俺はこの娘のお父さんになったんだ。

 この娘をまっすぐに育てる義務がある。

 すっと目を瞑り昔のことを思い出す。どっかの糞野郎はうまい話に乗っかって騙されて、借金の為に妻を売って、挙句の果てに子供を残して勝手に首をくくって……俺の知っている父親像はそういうものだ。だからそんな父親しか知らない俺に上手く父親をやれるか、正直に言えば自身が無かった。

 俺は一体どうすれば。


「って痛っ!?」


 珍しくシリアスぶってると急に耳たぶを思いっ切り引っ張られた。気付けば隣に普段通りの無表情で美月が立っている。


「馬鹿なこと考えてるよね」

「いやぁ、あの、ね」

「でも吾妻はお父さんなんだから、そんな顔はしちゃ駄目」


 きっぱりと言い切った。

 確かに美月の言う通りだ。俺が不安そうな顔をしていたら、フィールちゃんはもっと不安になる。親になるって決めたのが俺なら、不安を外に出しちゃいけなかった。


「美月、ありがとな」

「これでも親友のつもりだから」


 無表情でさらっと言っちゃう辺り、こいつは男前だと思う。まったく、俺には勿体無い親友だ。


「ぅ……たーた?」

「おっと、やべ」


 起こしちゃったみたいだ。でも目が覚めたフィールちゃんは俺の顔を見た瞬間ふにゃりと柔らかい笑顔を見せてくれた。


「やっべ、本気でヤバいってこの娘。何この可愛さ。おっきくなったら絶対美幼女になるよな。あー、でもそうなったら絶対悪い虫吐くよなぁ。どうすればいいんだろ」

「気は早すぎると思うよ、お父さん」

「でもなあ、お母さん」

「なんで私がお母さん!?」


 うおぅびっくり。大声で驚く美月とかすごいレアだ。


「いや、だって俺がお父さんなら、この子が出てくる瞬間を一緒に見た美月がお母さんかなって。それに、どうせなら美月にお母さん役をやってほしいしな。事情を全部知ってるってこともあるけど、そうじゃなくてもお前が一番使用できるし」

「うん、取り敢えず黙れ」


 美月の顔は真っ赤だった。こいつは普段無表情だけど、実は真正面からの褒め言葉とか素直に好意を伝えるたりするのに弱くて、すぐに顔を赤くするのだ。


「男前な奴だけどそういう所は可愛いと思う」

「吾妻、わざとでしょ」

「うん」

「こいつは……」


 睨まれても真っ赤な顔じゃ全然迫力が無い。軽く笑い、俺はベッドのフィールちゃんを抱きかかえた。


「よっし、取り敢えず腹減ったし飯食ってかない? 俺特製のフレンチトースト・生クリーム&いちごジャム掛け作るから」

「何その女の敵な組み合わせ」


 いやまあ確かにカロリー高いけどね。ちなみに俺は別に甘党な訳じゃない。ただ姉さんが極度のイチゴ好きなので自然とイチゴ関係の料理を作れるようになっただけだ。


「え、食べない?」

「……食べるけど」


 そして美月はなんならジャムでご飯食べられる勢いの甘党だった。



 ◆



 うちは二階建ての一軒家で、俺と姉さんの部屋は二階に、一階にはリビング・台所とか風呂なんかの共有スペースと『かな君メモリアルルーム』、後は誰かがかつて使っていた部屋がある。

 時刻は9時半、朝飯にはちょっと遅いけど台所・リビングに向かう。

 フィールちゃんを抱きかかえたままじゃ扉が開けられないので、美月に頼む。勝手知ったる他人の我が家、美月も小さく頷いてドアノブを回す。


「かな君、美月ちゃんちょっとお話にあるんだけど」


 リビングに入った瞬間、姉さんの怒りの笑顔があって、二人してかなりビビってしまったのは内緒だ。





「へぇー、そっか。昨日もまぁた美月ちゃんが泊まったんだぁ」


 リビングのテーブルを囲んで座る俺達の間には、なんか異様に緊迫した空気が流れていた。


「たーたぁ」

「ん、どうしたフィールちゃん?」

「かな君、取り敢えず話の途中に赤ちゃんと戯れるのは止めて貰えるかな?」


 抱っこしたままフィールちゃんを揺すってあげると「きゃっきゃっ」と声を上げて喜んでくれた。

 反面にこやかに笑う姉さんのこめかみにはぴくぴくと欠陥が浮かび上がっている。口元は柔らかく釣り上げられている言うのに目はものすごい眼光で睨み付けるという、もう顔芸レベルの表情だ。


「ねぇ美月ちゃん」

「はい」

「私はね、一応教師なの」

「知ってます」


 姉さんは俺らが通う学校で教師をしている。俺と美月は2-Bで、姉さんは2-Dの担任だ。教師は自分の家族が生徒にいた場合、その子の担任を受け持つことが無いよう調整するらしい。


「いくら教師だからって生徒の交友関係に口出しするような真似はしたくないんだけど……でも、やっぱり年頃の男の子の家に泊まるのは良くないと思うな。美月ちゃんの貞操を守るためにも、ちゃんとそこら辺は考えないと」


 いや姉さん。貞操とか言わないで。もうちょっとオブラートに包も?


「大丈夫です。吾妻ロリコンですから」


 お前もオブラートに包め。ロリコンちゃうわ。

 

「確かにそうだけど、もしもってことがあるでしょ? 例えばかな君にその気はなくても美月ちゃんが発情しちゃって、寝てるかな君の両手両足をベッドの柵に縛って、徐にズボンを下してかな君のかな君を可愛がりたくなることだってあるかもしれないし」


 ねーよ。ていうか俺の俺って何?


「私、奉仕はするよりされたいタイプなんです」


 そんな報告要らないし、出来れば聞きたくなかったな俺。


「それは、私もそうだけど……」


 聞こえない。俺にはなーんにも聞こえない。


「まあ、美月ちゃんが泊まるのは毎回のことだし、かな君から手を出さないことは分かってるから、本当は駄目だけど強くは言わない」


 納得はしてない、と言うのがありありと見て取れる。でも取り敢えずは見逃してくれるらしい。


「でも」


 姉さんの声が少しだけ固くなった

 その視線は美月の腕の中にいるフィールちゃんに固定されている。 


「その赤ちゃんは、なんなのかな?」


 ぐっ、と美月が言葉に詰まる。

 上手い言い訳が見つからなかったんだろう。代わりに俺が答えた。


「この娘は知り合いから預かったんだ」


 勿論嘘だ。でも本当のことは話せない。

 だから誤魔化すよりも、誠意を持って対応する。それがいつも俺を想ってくれる姉さんへの礼儀だ。

 

「親は事情があって育てられない。だから俺が代わりに育てるって約束した……そういうことにしておいてほしい」

「吾妻っ!?」

 

 美月が慌てて声を上げた。

 まあ仕方ないだろう。今の言い方じゃ嘘を吐いてますって丸わかりだし。でも姉さんに対してはこの方がいい。


「勿論今のは嘘。詳しいことは話せないけど、でも俺は姉さんを騙したくない。だからこの子は知り合いから預かった子、そういうことにしておいてほしいんだ」


 やっぱり姉さんに嘘はつきたくないし、だけど本当の子とも話せない。

 だから「騙しはしない。代わりに黙認してくれ」、そう姉さんに頼むしか俺には出来なかった。


「そう……」


 理由は話せないの? とは聞かなかった。

 姉さんはブラコンだけど、俺だってシスコンだ。話せる内容ならちゃんと話している、姉さんだってそれが分かっているから聞かないでいてくれた。


「何処かで攫ってきた、って訳じゃないんだよね?」


 そういうことは聞く辺りに、姉さんが俺をどう見ているのかが透けてて納得がいかない訳だけども。


「勿論。犯罪にかかわるような真似はしていない」

「なら、いいけど。でも子供を育てるって大変なことだよ、かな君。軽い気持ちで考えてるんだったら私は駄目って言うよ? 生半可な考えじゃかな君もその子も絶対不幸になるもの」


 ああ、そんなこと。

 子供を育てるのが大変だなんて、必死になって俺を育ててくれた姉さんを見てるんだから、知っている。


「分かってる、って言っても実際子育てなんてしたことない俺じゃ説得力ないよな。でもさ、俺はこの娘の父親にならなきゃいけない。違う、もうフィールちゃんの父親になるって決めたんだ」


 俺は自分の面倒さえ見れないガキだけど、そんな俺を選んでくれたフィールちゃんに少しでも報いたい。子育てがどんだけ大変かは分からないけど、その気持ちだけは本当だった。


「……分かった」


 俺の決意を理解してくれたのか。

 ふう、と諦めたように溜息を吐き姉さんは言葉を続ける。


「その子は知り合いの子で、かな君が預かった。それでいいんだね?」

「ああ。姉さん、ごめ……ありがとう」


 謝らない。謝るより、馬鹿な俺の姉さんでいてくれるこの人には有難うを伝えたかった。


「吾妻、よかったね」


 表情は変わらないけど本心から言ってくれてると分かる。だから俺も笑顔で答えた。


「ああ。これからよろしくな、お母さん」

「またそういうことを……」







「……………あぁ?」







 美月の言葉を遮るように、ドスの利いた姉さんの声がリビングに響いた。


「おいコラ。なんでてめぇがお母さんなんだよ。あぁ!?」

「姉さん姉さんキャラ変わってる」

「あっといけない、てへ」


 姉さんは27歳。俺の贔屓目じゃなく可愛いんだけど、その年齢でてへは公序良俗に違反すると思う。


「かな君、今日は晩御飯にきゅうりのサラダ追加ね」

「何故に!?」


 きゅうりは俺が唯一食べられない野菜だったりする。ちなみに姉さんは「悪いことをしたから晩御飯抜き」みたいなことはしない。代わりに嫌いなものを一品付けて食べさせるということを罰にする。まあしっかり味付けして匂いを消す為に他の食材を混ぜたりと工夫をしてくれるからそこまで嫌ではないんだけど。でもやっぱきゅうりはまずいと思う。


「って、そうじゃなくて、なんで美月ちゃんがお母さんなの!?」

「え? なんでって、普通そうならない?」

「ならないよ!? だってかな君がこの子の父親になるんでしょ!? だったら当然流れとして私がママになって『ねえあなた、皆で一緒にお風呂に入りましょうか?』って言ってかな君が『そうだなぁ、でもたまには夫婦水入らずで』とか言う所じゃないの!?」

「断じて違うと言わせてもらいたい」


 後その流れだとフィールちゃん別にいらないよね。


「ああ、くっそこのビッチがぁ……」


 姉さんの恨みがましい視線が美月を捕える。もう射殺さんばかりの眼光だった。


「姉さん。幾ら姉さんでも俺の親友を馬鹿にするのは止めてくれ」

「でもかな君」

「三日間口きかないぞ」

「美月ちゃん、お茶飲む? お菓子でも持ってこようか?」


 あまりの変わり身の早さにびっくりだった。

 まあ助かった。俺の方も姉さんと三日も喋れないなんて拷問に近いし。


「え、何この茶番?」


 流れについていけてない美月のきょどり方が若干可愛いと思えてしまったのは仕方ないことだろう。



 ◆



「吾妻、これからどうするの?」


 遅めの朝食を終え部屋に戻り、まったりとしていると美月が声を掛けてきた。


「取り敢えずは外に出ようと思う。ガラガラのおもちゃとかベビーカーなんかは『かなメモルーム』にあるからいいけど、服は流石にないし、散歩がてらに」

「……それ、大丈夫?」

「多分だけど」

 

 美月の不安は分かる。昨日のオグドの口ぶりからすると、間違いなくゲインとかいう組織はフィールちゃんを狙っている。つまり外を出歩けば襲われる可能性は高くなる。

 分かってはいるが、俺は結構気楽に考えていた。


「当面は俺達のことはカルディア達が守ってくれると思う。でもそれにばっか頼る訳にもいかないしね。早めにこの娘を育てられる環境を整えとかないと。何時まで守ってもらえるか分からないし」

「……なんか吾妻、カルディアさんのことすごく疑ってる。なんで?」

「え? だってあからさまに怪しいじゃん」


 魔法とか魔剣とか異世界とかは置いておくにしても、そもそも人間として。

 俺の言葉に納得できないのか、無表情のままこてんと首を傾げる。むぅ、どうやら美月はそうは思っていなかったみたいだ。


「鉄平さんらの話覚えてるか?」


 仕方ない、ちょっと俺の考えを伝えておこう。いざって時疑う誰かは俺以外にもいた方がいい。俺の考えだけじゃどうしても偏ってしまうし。


「大体は」

「ならさ、おかしいと思わなかったのか? 鉄平さんらの話からすると、エデュロジンはネクスとかいう化け物の襲撃を受けてる。明言はしてなかったけど鉄平さんはそいつらに対抗するための勇者として召喚された。まあ、ベタなファンタジーものだよな。でもさ、オグドはネクスを使役してた。これっておかしいんだ」

「なにが?」

「考えてもみろよ。なんで『破滅の尖兵』で『襲い来る災厄』なんて大仰な奴を使役できるんだ?」


 俺の言葉を理解できなかったのか。いや、違うな。あれは何言ってんだこいつって目だ。表情は変わらないけど親友の考えてることなんて分かりやすすぎるほど分かってしまう。だから若干泣きたくなった。

 とは言え気を取り直して話を続ける。


「いや、だからさ。ネクスは突如現れてエデュロジンを滅ぼそうとしてるんだろ? それを使役する方法があるんならオグド達だけじゃなくて他の国だってやるさ」

「それって単に技術的にできないって話じゃない?」

「ならオグド達の一派……ゲインだったか? とにかくそいつらと手を組むなりしてその手段を得ようとする筈だろ。そうでなくても対抗手段として調べるくらいはしてないとおかしい」


 魔剣というものがあるのにカルディアの国はネクスに滅ぼされた。

 つまり、性能ではなく数のせいかもしれないが、ネクス>魔剣は間違いない。

 だとすれば勝てない相手を使役できる手段は喉から手が出る程欲しい筈。実際にやっている奴らがいるならなおさらだ。こう言っちゃ悪いが、それは多分フィールちゃんよりも強力なジョーカーに成り得る。

 なのに敢えて有効な手段を考えず、魔剣を持って対抗する。

 使役する手段に関しては調べもしない。

 そんな馬鹿な話が張る筈もない。

 カルディアは頭が回るし、正直なところ問題を前にして手段を選ぶ品性なんぞ持ち合わせているようには見えなかった。短い時間だったけど言葉を交わしたから分かる。彼女はいざとなったらどんな手段でもとる。そう思えるだけの強さがあった。


「敵と手を組むって簡単じゃないと思う」

「簡単だって、この例に限って言えば。だって世界の危機だぞ? 共通の敵がいるんなら、多少の妥協はできる。というか、カルディアくらい頭がよかったら妥協案を見つけてネクスを撃破してから、素知らぬ顔でゲインを討つくらいするさ」

「……カルディアさんの評価、低すぎるね」


 いやいや、俺としては評価かなり高いんだけど。そんだけ頭が回って実行力もあるってことなんだから。

 そしてカルディアくらい頭が良ければ、俺が考えることなんて重々承知しているはずなんだ。

 敵を手駒に出来るんなら数で優位に立てる。

 国単位でネクスに対抗しようとするなら無駄な損失が出ない有効な手段だ。なのにカルディアは多分あるのでしょう、なんて言っていた。だとしたら、カルディアの国ではそれを研究しようとも思っていなかったことになる。それがどうしても引っかかる。


「ゲインだって、幾らなんでも世界が滅びようとしているのに技術を独占する意味がない。それが原因でホントに滅びましたじゃ笑い話にもならないし」


 自分達はネクスを支配できるから大丈夫、なんて考えている訳でもないだろう。

 そもそもオグドの一派だけが生き残った所で他が滅ぼされればライフラインを保てなくなる。

 昨夜、オグドの規模を問うた時、カルディアは答えようとするフレイムを止めた。

「どうだろ、でも」と言い掛けていたことから考えれば、正確には把握していないが大体の規模は分かる。彼女は俺が知りたい情報を知っていて、それを話されたらまずいからこそ、カルディアは止めた。

 そこから推測すれば、ゲインは大きいのかもしれないが、現状単体でライフラインを維持できるほどの規模はない。

 そして、にも拘らずカルディア達はゲインと敵対し、またゲイン側も妥協案を受け入れることが出来ない。

 その敵対関係は、場合によっては、世界の崩壊よりも優先される要素。

 つまり世界の破滅やネクスとは関係ない所で、カルディアとゲインは反目し合っているのだ。

 とすれば、ゲインを相手取っているといったカルディア達が、正義や善意で動いているとは限らなくなってくる。


「同盟をしないのはオグド達にそれだけの理由があるのか、カルディア達の方にまだ隠してることがあるのか」


 それとも俺が、そもそもの前提条件を間違えているのか。

 実際の所明確な理由は分からない。分からないからこそ、意図的にこちらが勘違いするよう語るカルディア達を、頭から信用は出来なかった。


「……よく分からないけど。とにかく、吾妻はなんでネクスを使役する手段を調べないか気になっているの?」

「まあ大本はそこだよな。だって魔剣より有用なのは間違いないし。フィールちゃんにはそこら辺をひっくり返すだけの力があるなら話は変わってくるけど」


 この娘一人で世界の破滅を打破し、ネクスを全滅させて、ゲインたちも一網打尽、死んだ人だって生き返ります。

 そんなことができるっていうなら俺の考えは前提条件から間違っていることになる。

 でもフィールちゃんはアガベアスール専用の魔剣で、使う筈の本人にはすでに亡くなっている。

 ならフィールちゃんの本当の力は誰も知らないことになる。つまりカルディアの知るフィールちゃんの情報はカタログスペックで、しかも希望的観測でしかない。

 カルディア達が「ネクスを使役する技術」を調べない理由にはなり得ないだろう。


「で俺の推測いち。実はカルディア達にもネクスを使役する手段はある。でも人道的にそれが使えない説」

「人道的に?」

「例えば使役する為には人間を生贄に捧げないといけないとか。それならオグド達が下衆だから出来て、カルディア達には出来なくて胸糞悪いから俺達にも話さないっていう風に一応筋は通る」


 推測というか希望的観測だ。そうであれば無条件で彼女を信じることが出来るんだろうけど、多分違うんだろうなとは思う。


「推測に。本当にできなくて、そんな研究をするよりも魔剣で駆逐していった方が効率がいい説。自分で言っといてなんだけどこれはないかな。既に国滅ぼされてるのに魔剣の方が効率いいもないもんな。推測さん。国を失くしてお金が無いから研究できない説。これもないかな、カルディアの国に出来なくても他の国がやるだろうし」


 俺の推測を聞いて「うむむ」と唸っていた美月は何か思いついたのか顔を上げた。


「そもそもオグドも外から来たっていうのは?」

「ん?」

「だから、ネクスは多分異世界からの侵略者なんでしょ? だったら最初からネクスと同じ出身なら使役も何もないんじゃない?」


 それは確かに俺も考えた。でもそうするとやっぱりおかしい。


「それはない。俺はネクスとゲインは別だと思ってる」

「なんで?」

「オグドが魔剣使いの流儀って言われて当たり前のように鉄平さんと同じ行動をとったから。二人には同じ常識が存在している。なら同じ文化圏で育ったことは間違いと思う。オグドも鉄平さんと同じように侵略してきてから知ったとか、実はスパイとして侵略前からエデュロジンに住んでたとかなら話は変わってくるけど……そうじゃないかぎりオグドの勢力はあくまで現地の人間がネクスを使役する手段をもって組織化したんだと思うけど」


 鉄平さんの言い方ではネクスは何も考えず人を襲うような存在みたいだった。戦略的な行動をとるような存在には思えない。

 だけどオグトは何らかの指針を持って動いているように見えた。つまり二つは別の勢力だと考えてもいいだろう。


「じゃあゲインが“魔王”役とか。モンスターを操って世界征服するのが目論見……みたいに」

「ふむ。それなら色々と分かり易くなるし、いくつかの矛盾もなくなる……けど、だったら最初からゲインが敵って言うだろ? 主体がゲインなんだから」

「それもそっか」


 そもそも世界を滅ぼす災厄の全てを使役する力がゲインにあって、その力を独占してるなら、その時点で世界なんて簡単に征服できてしまう。

 ネクスに対して有効な手を持ってるのがゲインだけなら、他の国はどうしたって属国にならざるを得ない。逆らったら、自分たちの国を守ることが出来ないんだから。

 ということはゲインの持つ“使役する力”は、そこまで強くないんだと思う。多分、将棋で言ったら歩くらいのネクスを操るのがせいぜいってなくらいで。

 おそらく構図としてはゲイン(配下:ネクス)VS カルディア達ではなく、

 ネクス(意思のないモンスターとして世界滅ぼし中)という状況下でカルディア(手段:魔剣) VS ゲイン(手段:ネクスの一部を使役)って感じだ。

 あれだ、アメリカ映画の「宇宙からエイリアンが侵略してきたけど、一枚板になれず争い続けてる人間」みたいだなこれ。


「そんで話の続き、推測よん。実はゲインがネクスを使役できるって知ってるのは、カルディア達だけ説。いや寧ろ、ゲインを知っているのがカルディア達だけ説かな」

「? ごめん、ちょっと意味が分からない。」

「つまりカルディアの祖国はネクスに滅ぼされたんじゃなくて、ネクスを使役できると知ってしまったからゲインに滅ぼされたんじゃないかってこと」


 立ち位置としてはゲインが火事場泥棒ってなところか。

 世界の破滅で騒いでいる国々、その隙間をぬうようにして何らかの目的を果たそうとしている、とか。

 その過程として、邪魔になったロアユ=メイリ女王国が滅ぼされた。

 手段はネクスを使役。なんだそりゃ、ってカルディア達はなっただろう。研究も何も、滅ぼされるまでゲインの存在を知らなかった。

 命からがら逃げだして、一発逆転の一手として最強の魔剣フィールの使い手を求め、はるばる日本までやってきました。

 こんな感じだとカルディアの言葉から矛盾がなくなる。


「これならお金が無くて研究できない・他の国が研究をしないってのはクリアできる。世界の破滅と関係ない所での怨恨ができて、反目の理由もオッケーだ。カルディアの国はもうないし、他の国に伝えたら滅ぼされるかもしれないから伝えられない。必然的に対抗手段は魔剣しかなくなって、魔剣フィールの存在価値がぐっと高まる。実はこれが俺の一押しの説なんだけど……」


 出来ればそうであってほしくないと思う。

 だって、


「そうすると、昨日の話でカルディア達は意図的に敵がネクスだと錯覚するように話を持っていった、ってことになる。信頼度がガクッと下がるな」


 ということだ。

 流石に命の恩人が俺を騙して無理矢理戦わせるようなことを考えてるとは思いたくない。けどそういう可能性があるのも事実だ。


「今まで上げたのは全部推測で本当の所はどうか分からない。でも間違いないのは、カルディア達は敢えて敵の所在をぼやかしてるってこと。ネクスか、ゲインか。そのどっちかには、多分俺達に伝えたら戦いたくなくなるような、そういう類の秘密があるんだ。どっちに秘密があって、どういう内容なのかは俺にも分からないけど」


 俺の言葉を聞いていた美月がおずおずと、遠慮がちに話し始める。


「ねえ吾妻」

「ん?」

「なにか、もなにも。普通はオグド達……ううん、人間と殺し合いをしないといけなくなるなら、それだけで戦いたくなくなるんだと思う」


 頭が、真っ白になった。


「今の吾妻の言い方、ネクスでも人間でも戦うならどっちでも同じって言ってるように聞こえた」


 本当にその通りだ。

 指摘されて初めてそれに気付き、俺はぶるりと体を震わせた。

 決してゲーム気分で考えてたとかそういうことじゃない。命を奪うことを忘れていた訳でもない。俺は初めから人間と戦う可能性を考えていて、その結果起こりうることを予想しながら、それを「当たり前のこと」としていた。


「吾妻っ、顔真っ青」


 美月が慌てて俺の体を支えてくれた。でも体の震えは止まらない。

 なんでだ? 何で俺は当たり前のように人を すことを考えていた。俺は普通の高校生で、その筈なのに、なんで?

 怖い。何でか分からないけど、たまらなく怖かった。


「うぃーすっ。かなた、いるか?」


 だから非常識にも二階の窓から入って来た鉄平さんの存在に、救われた気分だった。








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