第二話 魔剣使い
「さて……」
化け物三体を一瞬で葬った男は、今度は血塗れで横たわる美月の方に近付いていく。
傍で腰を屈め、じろじろと傷の様子を観察していた。
「しかし、この娘タフだなぁ。ネクスに殴られて即死してないとか。おかげで、俺でも治せるから文句はないけどな」
炎を模った剣……確かフレイムタンとか言ってたっけ。
それをかざすと同時に柔らかい光が漏れ出し、次の瞬間には目の前の光景に驚愕する。光に照らされると、美月の傷が少しずつ治っていくのだ。
「フレイムタンは低級の回復魔法しか使えないが、こんぐらいの傷なら十分だ」
「た、助かるのか!?」
「つーか見た目ほど傷深くないぞ、この娘。いや、マジでどんだけ頑丈なんだ?」
理由は何でもいい。とにかく美月が助かるってことだ。安心して、俺はへたり込んでしまう。しかも腰が抜けて経てなくなってしまった。心底情けないなぁ、俺。
「うっし、済まんがお前の傷は後でいいか?」
美月の傷を治し終え、喪服の男……鉄平さんはもう一度ローブの男と正対した。
「まずはあいつをどうにかするからよ」
俺には背中しか見えていないけれど、そのドスの利いた声から表情の険しさが想像できる。だけどローブの男は何故か楽しそうに、馬鹿にしたように哂っていた。
「うふ、うふふ、うふふふふふ。テッペイ……知ってるぞ、キザキ・テッペイ」
そして完全に大爆笑。一頻り笑い終え、それでも腹を抱えながら言葉を続ける。
「誰かと思えば、『なぁんにも守れなかった勇者サマ』じゃないですかぁ!」
ぴくり、と鉄平さんの体が震えた。
「今日は出張ですかぁ? いやぁボクぅ、よかったねぇ。この人は本当に頼りになるんだぜぇ。なんせ」
「黙りな」
短い一言。剣を振るうことなく宙に浮かび上がった火球が放たれた。それは丁度ローブの男の足元に着弾し、アスファルトがあまりの高熱に溶解していた。
「悪いが、フレイムタンは気性が荒くてな。迂闊なことを言うとまる焦げにさえなれないぞ」
ふざけたことをぬかすなら跡形もなく消し飛ばす、という脅しだ。
俺に向けられたわけでもないのに鉄平さんの雰囲気に肌がピリピリと痺れる。きっとこれが漫画とかで良くある殺気というやつなんだろう。
「お前も魔剣使いなら流儀くらいは心得ているだろう。見せな、お前の魔剣を」
空気の密度が変わる。
俺は二人の姿を眺めながら、少し前に見た映画を想い出していた。
だいぶ古い映画で、タイトルは覚えていない。西部劇で主人公のガンマンと町で悪いことをしている富豪が雇った傭兵との決闘。背仲合わせで十歩進み、振り返って撃ち合う。たった一発の銃弾が生死を分ける、クライマックスのシーンだ。
二人の間にはそういった、ぎりぎりの緊張感がある。
「勿論さぁ、俺の名前はオグド。そして魔剣の名は……ベネディクト!」
瞬間、オグドとかいう男の魔剣から風が吹き荒れた。
透明な風は集まり、一つの形になろうとしている。そして、ぐおん、という奇妙な音を立てながらそれは実体化した。
俺の思考はそれを見た瞬間止まってしまう。
「うふ、うふふふ、これがベネディクト……中々のもんだろぉ?」
ローブに隠れていて表情こそ分からないが、声には愉悦が滲んでいる。勝ち誇った態度。しかし俺はこいつが何を言っているのか、全く理解できなかった。
だって、
「……ベネディクトです。よろしくお願いします」
「………………は?」
女の子だった。
魔剣から出てきたのはすっごく女の子だった。
あれ、今までの流れなんだったの? って思わせるくらい場違いな、ボブカットの可愛らしい女の子だった。
女の子っていうか12歳くらいのどっちかっていうと幼女よりだった。
「うふふふふふふふふ、どうだい、俺の魔剣はぁ?」
しかも恰好がおかしい。真っ白の肌、つるぺたぼでぃ。くりくりの大きな目。艶やかな黒髪。丸っこい輪郭。すっげー可愛い。俺の幼女ランキングの中でも上位に食い込む高幼女なのに、
「ボンデージっ!? なぜに幼女にボンデージ!?」
何それどういうこと!? 革製の黒光りした衣装は極端に面積が少なく、腋どころかおへそも丸見え、オプションで首輪まで付けている。
天使のような存在にそんな卑猥なものを着せるとかどういう……いや、結構ありだな。
つるぺたぼでぃに黒のラバー。そのコントラスト。ヤバい、なんかヤバい。
ちなみにボンデージというのは本来拘束状態を指す言葉で、正確にはあーゆー服装はレザーランジェリーとかブラックランジェリーと呼ぶべきものだ。まあ、ボンデージコスチュームという意味ならボンデージと呼んでも間違いではないのだけど。
しかし、ベネディクトちゃんは可愛いのだが少し気になる。
なんでそんな格好してるのかは置いておくとして、それよりも気になるのは目だ。
虚ろな瞳。何も映していないようなその眼が引っ掛かる。
「やっぱボンデージか……。てめぇ、無理矢理魔剣を従わせやがったな?」
鉄平さんは大した動揺もなく、怒りの籠った言葉を叩き付ける。
今あの人“やっぱ”って言ったよ。ねぇ、これって当たり前なの? 幼女ボンテージってこの人たちの中では予想できるくらい当たり前のことなの? ねぇ、誰か教えてよ。
「そういうこと。いやぁこの魔剣はガキだからよぉ、戦うのが嫌だってんでボンデージを着せてやったのさぁ」
笑いながら零れた言葉に俺は苛立ちを感じた。
取り敢えず情報整理。
ベネディクトちゃん=魔剣。
魔剣は意思を持っている。戦うことを拒否する場合もある。
……そして、あのボンデージ衣装には無理矢理魔剣を従わせる、洗脳のような効果がある。
なんだよそれ。
ちょっといい、とか思ってた自分を殺してやりたい。
あいつ、真正の糞野郎だ。
「おいおい、俺は見せたぜ。次はお前の番だろぉ」
「ちっ、仕方ねぇ。お前みたいな下衆に見せるのは勿体無いが」
鉄平さんも俺と同じ気分なんだろう。憎々しげに言い捨て剣を構える。
「木崎鉄平だ。そして魔剣の名は……フレイムタンっ!」
火柱が立ち昇る。
揺らめく炎、その中に人影が見えた。炎は次第に火勢を失い、ゆっくりと治まったその場所に、一人の少女が立っていた。
炎を写し取ったような真紅の髪。
腰まで届く髪をポニーテルに纏めた褐色の少女。
肌はどうやらスクール水着焼けらしい。肩口から白い肌が見えている。
アーモンド形のぱっちりとした瞳にほっそりと綺麗な顎のライン。
薄緑のアウター用ホルターネックキャミソール。デニムのホットパンツからはすらりと長い脚線を曝け出している。
全体的に細めだけど服装のせいか胸がとても強調されていた。
多分同年代。16か7くらいだと思う。
ベネディクトちゃんに負けず劣らずの美少女だった。
まあ個人的な感想としては高めいっぱい半個分ボールみたい感じだけど。
「四霊剣が一つ、紅焔の魔剣フレイムよ。クソ野郎、すぐ消し炭にしてあげる」
感想追加。
外見美少女だけど、確かに気性が荒くて過激でした。
◆
さて、此処で魔剣について語らねばなるまい。
悠遠郷エデュロジン。
オグド、そして木崎鉄平が以前いたこの場所は、騎士が魔法使いが存在しモンスターが闊歩する、使い古されたファンタジーじみた異世界だ。
その中心に位置するロアユ・メイリ女王国は、数多の魔道師を輩出した大陸有数の魔道国家だった。
エデュロジンの国家はロアユ・メイリに限らず、殆どの国が女王によって統治される。
その最たる理由は魔法の存在にあった。
エデュロジンには地球とは違い魔法がある。
火を水を風を地を操り、傷を癒し空を舞う。魔法は有用な力であったが、しかし誰にでも使える訳ではない。
この世界における魔法は『術式』ではなく『特質』だった。
魔法とは学問として修めるものではなく、足の速さや腕の力などと同じように先天的な才能を鍛錬によって伸ばし応用するもの。
故に詠唱などは必要なく、属性は生まれた時点で決定しており、魔法の形は個々人によって大きく変わる。
そして、もう一つ重要なルールがある。
それは、魔法は女性にしか現れない特質だという点であった。
その為どうしてもエデュロジンでは女尊男卑の風潮があり、例外的に一国だけ男性の王が統治している国もあるが、残る殆どの国家が女王制を取っている。
一般レベルでもやはり女性優位は揺らがず、「女は外で働き、男は家を守る」のがエデュロジンの常識だった。
その方式を壊した者こそが、大魔導士アガベアスールである。
大魔導師という称号こそ得ているがアガベアスールは男、その為彼自身は魔法を使うことが出来なかった。
しかし彼は独自の理論で構築した特殊なアイテム『魔装具』を造り上げることに成功した。
魔装具は魔力を宿した特殊な装備であり、これを使用することで疑似的にではあるが男性でも魔法を行使できるようになった。
また魔装具は男性か、或いは魔力量が極端に少ない女性しか扱えない。魔装具自体が魔力を有する故に、強大な魔力の持ち主が身に着けると互いに干渉し合い、使い物にならなくなる。
魔法の使える女性には使えない。
この欠点は男性側から見れば寧ろ長所であり、魔装具の普及に一役を買ったのは言うまでもない。
魔装具はまさに世界を変える発明だった。
これによりアガベアスールの名は広く知られることになる。
そして彼は、更に『魔剣』を生み出した。
魔剣は魔装具を超える力と自我を持ち、使い手と心を通わせることにより成長する究極の武器であった。
しかし魔装具とは違い、魔剣は初めからから受け入れられた訳ではない。
というのも魔剣は確かに強力ではあるが、成長するという特性上手に入れてから武器として使えるようになるまでかなりの時間を要する。この事実は即戦力を期待する者達に敬遠された。
強力な魔剣へと鍛え上げる為には滅私と言える程に魔剣へ尽くさねばならなない。
膨大な時間と途方もない労力を費やさねばならない割りに、自分の思い通りの成長をしてくれるとは限らない。
そんな不確実なものよりも、魔装具の方が手軽で確実な戦力となる。
その為魔剣は当初出来損ないの武器として扱われていた。
中には古い騎士や無骨な戦士など、剣に生涯をかける者達もいる。
そんな者達にとって魔剣は究極の武器であり、同時に最高の相棒にして無二の友。魔剣は誰にも認められなかった、ということは決してなかったが、アガベアスールは納得できなかったらしい。
彼はそれこそ滅私と呼べるほどに時間を費やし、そしてある日天啓を得る。
魔剣は決して欠陥品ではない。問題なのは剣を友とし、生涯を歩む昔ながらの騎士たちがいなくなってしまったことなのだ。
ならば魔剣が多くのものにとって、人生をかけるだけの価値を内包していればいい。
────じゃあさ、幼女ならいいんじゃね?
その一言こそが、アガべアスールを大魔導師へと押し上げた。
剣に愛情を注ぎ、絆を育むことの出来る、昔気質の騎士は少なくなってしまった。
しかし人は幼女にならば惜しみない愛情を注ぐことが出来る。
そこに着眼したアガベアスールは全ての魔剣の自我に具象化する力を与え、その性別を女性に設定した。
手に入れたばかりの魔剣は幼女。
そこから自分好みの女の子に育て上げていくことで魔剣は強くなる。
つまり可愛いは正義。可愛いは力。可愛いはあらゆる存在を凌駕する。
ここに、究極の武器『魔剣』は新生したのである
◆
「ほほぉ、健康的な露出って訳かぁ。流石腐っても勇者様……やるねぇ」
決闘の雰囲気はそのままにオグドはそんな感想を漏らす。というかなめまわすように見てるよあの人。戦う気本当に在るのだろうか。
それに対して鉄平さんは怒りを隠そうともしていない。
「魔剣にボンテージ着せるような奴にフレイムタンを見て欲しくはないんだけどな」
「あたしもあんな男に見られてると思うと寒気がするわ」
フレイムタンは端正な顔を歪めている。その眼には嫌悪。当たり前だろう。自分と同じ魔剣があんな糞野郎に従わされてるんだから。
今度は振り返って俺の方に向かって、にっと笑って見せた。
「その点、あんたはまだマシよ。弱いけど、逃げなかったんだから」
褒めてくれてはいるんだろうけどちょっと的が外れている。
「……何言ってんだ? 俺、逃げることしか考えてなかったぞ?」
「はぁ?」
訳が分からない、といった感じの表情だ。
でもそれは俺も同じ。俺は戦うなんて考えず、ただ逃げようとしていた。失敗して逃げられなかっただけで、俺は最初っからビビりっぱなしだったんだ。だから褒められるようなことはしていない。
「ところで、ちょっと聞きたいことあるんだけど」
折角オグドが動かないことだし、さっきから気になってことを質問しよう。
「なんだ?」
「えーと、あんた。とりあえず鉄平さんって呼んでいい?」
「おお、構わないぜ」
「じゃあ、鉄平さんの魔剣の名前ってさ、なんていうの?」
「ん? 聞いてなかったのか? フレイムタンだよ、魔剣フレイムタン。炎の魔剣の中でもこの娘より可愛いのはそうはいないぜ」
当たり前のように答える鉄平さん。隣に立っているフレイムタン? さんはものすごく微妙な顔をしていた。
「……多分、そいつそんなこと聞きたいんじゃないわよ」
「あ? なにが?」
どうやら彼女は俺の聞きたいことを理解してくれたらしい。
「うん、というかあんたに聞いた方がいいような気がしてきた。あのさ、フレイムタン? さんって」
さっき自分のことを『フレイム』っていってたけど、鉄平さんは『フレイムタン』と呼んでいる。どういうことなのだろうか。
聞いた瞬間アーモンド形の大きな目が細められ、ものっすごく冷たい視線を向けられてしまった。
「いい、間違えないで。あたしの名前はフレイム。四霊剣が一つ、紅焔の魔剣フレイムよ。あくまでもフレイム。次フレイムタンって言ったら消し炭にするからね」
「あー何となく分かった」
「察しが良くて助かるわ」
そう言って二人して鉄平さんを半目で見る。
「はは、安心しろよ。んなこと言ってるけど、フレイムたんは優しいからな……ってなんでそんな目で俺を見る」
からからと笑う鉄平さん。
だけど俺はなんかすごい脱力感に襲われていた。
ああフレイムタンってそういうことか。フレイムタンじゃなくて名前フレイム+たんでフレイムたんなんだ。つまりこの人フレイムたん萌えなんだ。
颯爽と現れ化け物を薙ぎ払ったかっこいいおっさんはもうどこにもいない。頼りがいは全盛期の野茂のフォークボールよりも鋭い切れ味で落ち切っている。
「ま、取り敢えず話は後だ。すぐに終わらせるからよ。フレイムたん、行くぜ?」
「分かってるわよ、父さん。っていうかいい加減その呼び方やめて」
「無理に決まってんだろ。フレイムたんは俺の人生だ」
「……ばーか」
その言葉を皮切りにフレイムタンの姿が薄れていく。
「いい女だなぁ。お前にもボンテージを着せて俺のモンにしてやるよぉ。ベネディクト!」
「はい、ご主人様」
ようやく動き出したオグドの言葉に、ベネディクトちゃんも同じように姿を消した。
よく分からないが戦いの前は魔剣を女の子の姿に変えて見せ合うのが流儀ってことなんだろう。
二人の魔剣使いはお互いに睨みあう。
ここからが本当の闘いの始まりだった。