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第九話 お約束の転校生

 


 さて、まったく休めなかった週末が終わりやってきた月曜日。

 どんなに大変な状況でも学校には行かなくちゃならない。俺は重い体を無理矢理動かして欠伸を一つ、ベットから飛び起きた。 


「おはよ、フィールちゃん」

「んぅ」


 まずは朝の挨拶。

 俺の声に反応して身じろぎするフィールちゃん。赤ちゃんは寝るのが仕事、もう少し起こすのはもう少し後にしよう。

 フィールちゃんのほっぺに軽くキスをしてから俺は制服に着替え洗面所へ向かう。体は想いまんまだけど、何となく心が軽くなった。


「あ、姉さんおはよう」


 洗面所では姉さんが丁寧に顔を拭いている最中だった。

 姉さんはまだパジャマのまま。ちょっといつもより起きるのが遅かったみたいだ。


「うん、かな君おはよう。すぐどくね」

「いいよ、そんなに慌てなくて。ところでさ……」

「? どうしたの?」

「……いや、姉さん、それ。タオルじゃなくて俺のトランクス」


 しかも昨日履いてたやつ。顔を洗った後だからか念入りに拭いているけど、残念ながらその布ほとんど水を吸いませんよ。


「……あれ? おかしいな。ごめんね、かな君。ちょっと寝ぼけてたみたい」

「ははは、姉さんはうっかりさんだなぁ」

「ほ、本当に、ごめんね? えーと、あっ、私ご飯作ってくるから!」


 恥ずかしそうに洗面所から出て行く姉さん。顔なんて真っ赤だった。

そうだ、姉さんは基本的にしっかりしているけど、ちょっとおっちょこちょいというか、うっかりミスをする時がある。

 こうやってタオルと俺のトランクスを間違えたり、俺の歯ブラシで歯を磨いてしまったり、軽音部の女の子と空手家アイドルを間違えたりする。

 まあつまり姉さんはうっかりさんな訳だ。誰が何と言おうとうっかりさんだ。故意でやってるわけがない。そう姉さんはただのうっかりさん。俺は呪文のようにうっかりうっかり口ずさみながら顔を洗った。












「おー、おはよう美月」

「吾妻、おはよ」

 

 姉さんが先に家を出て、俺は少し遅れ戸締りをしてから登校する。

 学校に行く途中にあるコンビニ『アイアイマート』に寄ると、いつものように美月が菓子パンのコーナーにいた。

 既に今日のお昼は購入済み、やっぱり俺を待ってくれていたらしい。


「おう、待たせた」

「ん、大丈夫」


 ネクスにぶんなぐられて、フィールちゃんのことに巻き込まれて、それなのになんだかんだ付き合ってくれて。

 この数日美月には散々迷惑をかけてきた。それでも普段の態度を崩さず俺に接してくれる。有難いと思う反面、申し訳なくもある。


「な、美月もなぁっ?」


 ちょん、と俺の唇に美月の指先が触れる。

 話しかけようとしたのに、口の中になんか甘いもんが突っ込まれた。

 アーモンドチョコレートである。久しぶりに食べたけどおいしい、じゃなくてなんだ行き成り。「悪いな、迷惑かけて」くらいは言いたかったのに。

 

「謝罪ならいらない。私は親友のつもりだから、迷惑くらい掛けて欲しい」


 だけど言葉にしなくても、俺の考えていることなんてバレバレだったらしい。

 今度は人差し指を自分の口元に持ってきて、“しーっ”とまるで子供を静かにさせる時みたいなポーズ。

 にっ、と静かに笑った美月は、可愛い以上に男前だった。


「……お前って、ほんと男前だよな」

「吾妻ほどじゃないけどね」

「姉さんも美月も過大評価し過ぎだって。別に大した奴じゃないよ」


 ちょっと情けないけれど事実だ。

 なのに美月はなぜか眩しいものを見るように目を細める。

 

「でも、私は吾妻に感謝してる。だからあなただけは、とくべつなひと」


 その物言いにちょっとドキッとした。

 本人照れ屋なくせに、時折こっちが照れるようなことを真顔で言ってくるのだから敵わない。


「その割に折れ辛辣なこと結構言われてるんですけど。変態とか死ねとか」

「それは仕方ない。吾妻だからね」


 言いながら美月はもう一度俺の口にアーモンドチョコを放り込む。コンビニの店内で食べるの良くないと思うんだけど。


「なんだそれ。……ちなみに俺がそう言われてほんとに死んだらどうする?」

「自分で首を切り落として、謝罪に代える」

「……愛が重いぜ。簡単に死ねないなぁ」

「なら、死なないでね。あと、友情だから」


 殊更友情という言葉を強調する美月に、中学の頃、彼女と仲良くなったきっかけを思い出した。

 ちゃんとあの時みたいに絆創膏貼ってるかな。俺は思わずくすりと笑う。零れた笑みの半分は、きっと優しさで出来ている。


「嬉しいこと言ってくれるよ、ほんと。ご褒美に飴ちゃんを買ってあげよう」

「何処のおじさん?」


 照れ隠し、冗談めかした言い方で飴を一袋。ゴージャスミルクキャンディーなるものを手に取ってみる。見ても何がゴージャスなのかは全く分からなかいが、値段はキャンディー一袋で680円。なかなか強気な飴ちゃんだった。

 ま、いいや。感謝の気持ちを示す為だ。鼻歌交じりにレジへ向かう。


「ほう、小僧か」


 レジを担当していたのは、小柄でぎょろっとした目が特徴的な三十代半ばくらいの男の人。

アイアイマートの店長、岡田貴一おかだ・きいちさんだった。


「相変わらず朝からレジですか? バイトにやらせればいいのに」

「なに、儂はこれが気に入っておってな」

「そうなんですか」

「然り」


 特徴的な喋り方の店長だけど、勿論普段からこんな風な訳じゃない。

いつもは丁寧な対応をしているけど、気心が知れた相手が来た時にはこうやって素で接してくれる。ちなみに俺の場合、岡田さんと特別仲がいい訳でもない。ただ姉さんとは気が合うらしく、その流れで俺ともこんな感じで話すようになっただけだ。そのせいか今でも名前でなく小僧呼ばわりである。


「にしても小僧、しばらく見んうちに気配が変わったな」


 急にぎょろりとした目付きで見られて、俺はドキッとした。惚れた腫れたじゃない、単純に驚いたから。なんか隠し事を全部見透かされたような気がした。


「そ、そうですか?」

「うむ。“士別れて三日なれば、即ち、まさに刮目して相待つべし”とはいうが、成程、ぬしは見違えた。濁ってはおるし、まだ青い。が、心地好い血の匂いを纏うたの」


 おい、何もんだこの人。ぜってーコンビニの店長じゃないよね。過去に傭兵やってたとか言って驚かない自信がある。


「かっ、かかっ。実に興味深い。どうだ、儂と斬りおうてみぬか。ぬしは中々に楽しめそうだ」

「いやー、遠慮しまーす」


 買ったキャンディを持ってそそくさと店を出る。あぶねーよ店長。目が笑ってなかったもん。


「……ここの店長、キャラ濃いよね」

「……だな。行こうぜ」

「ん」


 そうしていつものように学校へ向かう。

 背後にまとわりつくような視線には気付かないふりをした。



 ◆



「おう、友之。おはよ」

「おーす、おはよう。かな…た……?」


 美月と一緒に教室へ入った俺を迎えてくれたのは、去年も同じクラスだった悪友、安達友之だ。

 名前からして友達にしかなれない男である。それをいったら俺だって「男なのに俺の嫁」だけど。

 いつもならここから馬鹿話が始まる筈なんだけど。何故か友之は固まっている。

 良く分からない悪友の対応に、果てと俺は首を傾げた。


「え、お前、それ、え?」

「は?」


 なんかえらく動揺して、目をきょろきょろさせている。そう言えば教室もざわついている。それを妙に思ったんだろう。美月が声を掛けた。


「安達君、どうしたの?」

「え、どうしたって、その美月さん? いや今日も美人だし流石俺の天使なんだけど、え、なに?これ俺がおかしいの?」


 つまり美月は天使らしかった。

 そう言えば、何故か知らないけれど美月はクラスの男子に結構人気がある。172センチで86センチのいろんなところがデカ女なのに。基本的に男は背が低い女の子の方が好きだと思うんだが。俺もそうだし。

 まあ確かに綺麗だとは思う。ショートカットに整えた黒髪。通った鼻筋に切れ長の瞳。ほそっこい顔。分かり易いぼんぎゅっぼん。美人なのは認めるけど。ちょっと容姿が大人っぽすぎる。内面を知ったならともかく、外見だけでそこまで人気が出る理由が分からなかった。


「何がおかしいのかは知らないけど、取り敢えず天使じゃないし貴方でもない」


 無表情のまま友之の言葉を切って捨てる。すっごく冷たい目だった。


「そうだぞ、友之。いつも思ってたけど、天使とか失礼だろ」

「は?」


 俺の言葉の意味が分からなかったのか、友之は変な顔をした。

 溜息を吐く。まったく、最近は言葉の意味も分からず使うやつが多すぎて困る。


「吾妻? 呼ばれたい訳じゃないけど、何で失礼なの?」


 美月もだった。仕方がない、順序立てて説明してやらないといけないみたいだ。


「美月まで……あのなあ、論理的によく考えて見ろよ。鳥の羽は、人間の手に相当する器官だ。つまり基本は人なのに背中に羽が生えてる天使は、見方を変えれば手が四本あるってことになるだろ?」

「うん、そうなるね」

「ということは生物学的に考えれば、現状最も天使に近い存在は手が四本になるテンシ○ハンさんだろ? だったら天使ってどう考えても褒め言葉じゃないじゃん」

「待って、脱線した」


 いやいや脱線してないから。俺は構わず言葉を続けていく。


「多分作者もそれが理由で名前をテンシ○ハンにしたと思うんだ。半分くらいは天使、つまりテンシ○ハンってことだな」

「それ絶対違うよね」

「此処から考えると女の子に天使みたいだっていうこと=君ってテンシ○ハンに似てるねってことになるじゃないか。天使みたいに輝いてるね=お前三目ハゲが眩しいんだよってことに」

「ならないから。あと危ない話題はもうやめて」


 む、話を無理矢理断ち切られた。まあでもやめてってい話題続けるのもなんだし、ここはしたがっておこう。そもそも別に本心ではないし。単に美月が天使って呼ばれるのを嫌がってるから、使いにくくしようと思っただけだ。


「うん、かなた。お前の持論はよーく分かった、お前が馬鹿だってこともよーく分かった。で、だ。そろそろ突っ込んでもいいのか」

「なにがだよ」


 訳の分からない態度でまごまごしている友之は、ようやく意を決したのか、ごくりと唾を飲み込んでから言った。


「……その子、なに?」


 視線は、俺の腕の中にいるフィールちゃんに固定されていた。

なにと言われても普通にフィールちゃんを抱っこしているだけ。美月も何を言われているのか分からないらしく、俺達はお互い顔を見合わせてしまう


「?」

「?」

「えっ、なんで!? なんで二人して“何言ってんだこいつ”みたいな顔してんの!? おかしいだろ! 休み明けたらいきなりダチが子連れになってましたとかどう考えれもおかしいだろ!? なんで俺の方が変なこと言ったみたいな感じになってんの!?」


 あー、言われてみればそっか。俺達は土日で慣れたけど、こいつは初めて見るんだからそりゃ驚くわ。


「そっか。説明してなかったな。この子、俺の娘のフィールちゃん」

「あぅ」


 俺が説明するとフィールちゃんが声を上げた。やはりかわいい。


「はぁっ!?」

「俺がお父さんで、お母さんは美月な」

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 うん、すっごく五月蠅かった。


「マジかよ、美月さんと!?」

「あのやろぉぉぉぉ!」

「なんだかなぁ……」

「いやはや、なんとも若い」

「おめでとー、美月さん!」


 ついでに周りからどんどん声が上がってくる。おまけに美月の顔も赤くなっている。取り敢えずおめでとうと言ってくれる人たちには手を振っておいた。

 しばらく友之も美月も固まっていた。先に動き出したのは美月。無表情のままで、それでも動揺は少ししているようで、絞り出した言葉は若干震えている。


「ちょっと待って、私はお母さんになるなんて一言も」

「えっ!? 認知してくれないの!?」


 俺の言葉に「えー、美月さんひどーい」とか「よっしゃ、まだチャンスある!」とか教室がまた騒がしくなった。美月がおろおろしている。こういう所は素直に可愛いと思った。


「いやだから意味わかんねぇーんだよ!?」


 騒がしい教室に友之の叫びが響き渡る。

 混乱は結局担任の高田先生が来て朝のホームルームが始まるまで続くのだった。







「なんだよ、預かっただけかよ。驚かせんな」

「はは、悪い悪い」


 隣の席の友之とこそこそ話をして、取り敢えずフィールちゃんは親戚から預かったと伝えておいた。勿論先生には昨日「急に親戚の子を預からないといけなくなっちゃって。でも俺も姉さんも学校に来ちゃうから家には置いとけないので、連れて来てもいいでしょうか」なんてことを言っておいた。了承は貰えているから先生は普通にホームルームを進めている。


「さて、今日は転校生が二人もいます。今から皆さんに紹介しましょう」


 初老の男性教諭、高田勝彦先生はいつものようにゆったりとした、穏やかな語り口でそう言った。

 途端に教室はざわめき出す。美人かな、イケメンだといいなー。代わり映えのしない学校生活、転校生なんてイベントは丁度いい刺激なんだろう。

 とは言え俺には楽しむ余裕なんてないんだけど。


「転校生かー。美人だといいよな」


 隣の席の友之も若干興奮気味だ。

こいつの中ではすでに転校生は女で確定しているようだった。


「どうだろ、十人のうち八人は美人だって言うと思うけど」


 かくいう俺も女だと思っている。

 だって、このタイミングなんだ。俺の知ってる女の子が来る確率はかなり高い。


「は? お前、転校生のこと知ってんの?」

「まあ、一応」


 だってあからさま過ぎる。五月なんて中途半端な時期に転校生、それも二人。更には二人とも俺のクラスに入ってくる? そんな偶然ある訳がない。


「まじかよ!? じゃああれか、教室に入って来た途端『あー、かなた君、同じクラスなんだー、これからよろしくねー!』とか『先生、私かなた君の隣がいいです!』とかそんな在り来たりなラブコメ展開やっちまうのか!? 偶然転んで胸とか触っちゃうのかよ!? 美月さんと仲良くしときながらお前ふざけんなよ!?」

「とりあえず落ち着けって。あと、多分そんなベタなことやるような奴じゃない、っていうか特に仲がいい訳でもないし」


 というか偶然転んで胸を触るより、偶然装って腹を探るような間柄だ。

 自分で言うのもなんだけど色気ない関係だよね実際。


「ねえ、吾妻」


 背中をツンツンと指で突っつかれる。後ろの席の美月だ。振り返らずに椅子を後ろへ傾けると、美月が耳元に顔を近づけて囁く。


「二人の転校生って……」

「まぁ間違いなくカルディア達だろ」


 二人って言うんならカルディアとフレイムだろう。

 目的は俺の護衛か、或いは“監視”か。正直なところカルディア達の狙いが今一見え辛いので、何故ここに来たのかは想像するしかない。でも取り敢えず、フィールちゃんがいる以上こちらに危害を加えることはないと思いたい。


「では、二人とも入ってください」


 そうして教室の扉ががらりと開き、入ってくる二人。

 二人とも俺達の知っている顔で、だからこそ俺は驚き、振り返ってみると美月は疲れたような乾いた笑いを浮かべていた。


「初めまして、木崎鉄平37歳、独身です。好きな食べ物はポテトチップス・コンソメ味とコーラ。好きな女性のタイプはポニーテールで美巨乳、釣り目がちでスク水焼けした十七歳くらいの女の子。好きなAVはスク水か競泳水着で緊縛系、後寝取られ系全般。趣味は鍛錬と呑む打つ買う。友達100人作るつもりなのでよろしくお願いします。あと独身です」


 乾いた笑いも出るというもの。学生服を着た鉄平さんは無駄に渋い声でそんなことを言いやがった。

 というかなんでだ。ここはカルディアが転校生としてやってくるところじゃないのか。フレイムでも構わない。なんで鉄平さんが来るんだよ。ていうかせめて教員とか用務員とかで入り込めよ。髭面マッチョの男子高校生ってなんだよ。


「……あれ、美人か? お前、結構特殊な趣味してんだな」

「ごめん、さっきの科白取り消させて」


 だって仕方ないよ。俺の護衛兼監視にカルディア達が来るのは想像できた。でも普通カルディアかフレイムだと思うじゃん。なんで鉄平さんなんだよ。


「木崎君は、家庭の都合で高校を中退してしまったそうでね。それを後悔して、大人になった今からでも高校生活をやり直そうと戻川高校に入学したということだ。どうか皆、仲良くしてあげて欲しい」


 あ、それ地味に本当の話だ。俺と同じ年の時にエデュロジンに召喚されて、そこで20年すごしたんだから。

 きょろきょろと教室を見回す鉄平さん。俺のことを見つけたらしく、こちらを見ながらにかっと笑った。


「おー、かなた! 同じクラスだったのかぁ、これから一年よろしく頼むぜ。先生、俺は吾妻かなた君の隣の席がいいです!」


 あーもう友之の予想通りの展開だよ。予想通り過ぎるのに全然嬉しくねーよ畜生。


「なんだよこれ……」

「ねえ、それより」


 耳元でもう一度美月が囁く。彼女の目は鉄平さんではなく、もう一人の転校生の方に向けられている。

 もう一人もまた、俺達の知っている顔だった。そして、今度こそ美人で女の子でもある。


「ではフェルネス君も自己紹介を」


 容姿は十三、四歳くらいの少女にしか見えない。

 蒼穹を思わせる鮮やかな青の髪は緩やかにウェーブしており、それを左右均等に結わったツインテールは、あどけない顔立ちと相まって幼女のように愛らしい。

 胸の大きさを見るにおそらく彼女はCカップ。でも小柄で細身なせいか、かなり胸が強調されて見える。幼げな容貌とは裏腹に女性らしい丸みを帯びたスタイル。正直、俺から見ても可愛らしい女の子だ。

 でも俺も美月も表情を強張らせ、体は緊張から固くなった。

 沢山の視線を受け、彼女は顔を真っ赤にしている。

 しばらくして、おずおずと、躊躇いがちに口を開いた。


「わたしは、リヴィエール。リヴィエール・フェルネス……」


 清流の魔剣リヴィエール。

 四霊剣と呼ばれる、アガベアスールの傑作。

 世界復興機構ゲインに属する魔剣。

 そして、


「ううん、わたしはっ! 水の魔法天使ぐらしえ☆リヴィっ♪ みんなっ、よろしくねっ(はーと)」


 なんというか、魔法少女だった。

 しかも一昔前な感じの。



 ◆



 何事にも、原因があり結果がある。

 リヴィエールの奇行にも相応の理由というものがあった。

 それを語る為には、まず彼女自身、そして彼女の使い手について説明せねばなるまい。



 清流の魔剣リヴィエール。

 彼女の使い手の名はロジェ・フェルネス。木崎鉄平と同じく、地球より召喚された勇者だった。

 召喚当時の年齢は24歳。まだ17歳だった鉄平にとっては気のいい兄貴分であり、召喚された四人の勇者の中で一番社交的で、自然とリーダー的存在となった。

 この青年のことをリヴィエールはよく慕っていた。

 四霊剣はそもそもアガベアスールが手塩にかけて育てた魔剣であり、最後に造られた紅焔の魔剣フレイム以外は最初から完成されていた。その為四霊剣にとって父親はあくまでアガベアスールである。

 だからリヴィエールがロジェに抱いていた感情は父に対する親愛ではなく、恋慕に近いものだった。


 リヴィエールはロジェが話してくれる地球の話が好きだった。ロジェは自国であるフランスも好きだったが、鉄平の故郷である日本の文化に強い憧れを抱いていた。暇な時があると二人でお茶を飲みながら、楽しそうに日本の話を語ってくれた。


『リヴィ、日本にはね、サムライという、こちらで言う騎士のような存在がいるんだ』


 そういう話をする時、ロジェはまるで子供のように無邪気で。

 きっとリヴィエールが好きだったのは、話ではなく、無邪気に笑う彼だったのだろう。


『サムライは自分のことを拙者と呼び、語尾に“ござる”を付けて喋る。傍から見たらちょっと変だろう? でもいざという時は剣を振るい、大切なものを守る為に戦うんだ。日本人だからね、照れ屋で本心を出すことはあまりないかもしれない。けれど“武士道とは死ぬことと見つけたり”……サムライとは誇り高く、死すら恐れず闘う勇敢な戦士なんだ』


 ロジェが寝間着代わりに着ているシャツにも“サムライ”と書かれている。きっと、彼はそういう勇敢な戦士に憧れているのだろうと、リヴィエールは微笑ましい気持ちになった。ロジェは他にもテンプラ、スシ、ゲイシャガール、ニンジャと書かれたシャツも持っている。それらも誇るべき日本の文化なのかもしれないと漠然と思った。


「ロジェ、ではテッペイもサムライなのですか?」

「いいや、テッペイは違うよ。ござるって言わないし刀もないからね。でもあれだけの動きが出来るんだ。きっとニンジャの末裔なんだろう」

「ニンジャ?」

「ニンジャっていうのはね……」


 本当に、いろんなことを教えてくれた。

 日本の企業の社長はスーツの上に裃を羽織って髷を結っている。

 床の間には必ず日本刀と鎧と金屏風がある。

 学校には剣術と忍術の授業がある。

 暑いときはいつも携帯している扇子で仰ぐ。

 スシ、テンプラ、サムライ、マウントフジ、ニンジャ、ゲイシャガール。

 日が落ちるまで語り合う。

 そんな時間がリヴィエールはたまらなく好きで。





 けれど、大切な物はいつだって簡単に壊れてしまう。





 ロアユ・メイリ女王国は程無くして滅び、ロジェは戦死し、彼女は一人になった。

 鉄平は戦い続ける道を選んだが、ロジェを失った彼女は戦い続けることが出来なかった。

 使い手を失くし放浪する日々。

 それから無為に月日は流れ、しかし一年前、彼女に転機が訪れる。


 世界復興機構ゲイン。

 その頂点に立つ男がリヴィエールの前に現れたのだ。


『もしお前が私に協力をしてくれるのならば、ロジェ、だったか。お前の大切な者を蘇らせてやろう』


 その男はリヴィエールを調べ尽くしていたのだろう。

 我らを滅ぼした者に協力など出来るか。怒鳴り付けるよりも早く言葉を封じられた。


『……ほん、とうに?』

『無論だ』


 拒否なんて出来る訳がなかった。

 彼女がゲインに属した理由はただ一つ。ロジェを生き返らせて貰える、その想いだけだった。

 だからゲインが何を目論んでいようが、どんな悪行を為そうが興味はなかった。そんなものどうだっていい。

 あの人ともう一度会えるなら、どんな屈辱にだって耐えられる。

 そう、例えば。

 ロジェ以外の人間の魔剣として力を振るうことだって、なんでもないことなのだ。


『ドゥフフフフ、初めましてリヴィエール氏。拙者がこれからはリヴィエール氏の使い手でござる』


 鉄平と同じ黒色の長い髪。溜め込み過ぎた脂肪でTシャツの一部分が伸びきっている。

 眼鏡をかけたその人が、私の新しい使い手らしい。

 聞けばこの人もまた地球から召喚されたという。そして出身は日本だと言った。

 日本。拙者。ござる。 

 ロジェが聞かせてくれた話を、忘れたことなんてない。

 だからリヴィエールは気付いた。




 ───この人は、サムライなのだと。




 決して親しみ易くはない新しい使い手に逆らわなかったのは、新たな使い手がサムライであり、日本が好きだったロジェとの思い出があったからだろう。仲良く、とまでは言えなくとも二人はそれなりに上手くやっていた。

 それでもある日、ゲインの幹部達は新しい使い手に迫った。


『あれは元々ロアユ・メイリの魔剣だ。何時逆らうか分からん。今の内に無理にでも従わせるべきだ』


 世界復興機構ゲインは厳しい。命令を聞かない魔剣にはボンデージを着せて無理矢理従わせることさえある。それも仕方のないことだとリヴィエールは思っていたし、ロジェを生き返らせる為ならボンデージを受け入れるても構わなかった。

 けれど新しい使い手は幹部達の言葉に頷くことはなかった。


『拙者にそんな趣味はないでござる! リヴィエール氏にそんなのは似合わないでござるよ! どうせ着せるならスク水セーラーで! 当然セーラーは紺、スク水は白でオナシャス!』


 幹部の前に立ちはだかり、堂々と自分をかばってくれた新しい使い手。

 睨み付けられても不敵に笑い、この人は下がろうとはしなかった。

 その背中に思い出す。


『日本人だからね、照れ屋で本心を出すことはあまりないかもしれない。けれど“武士道とは死ぬことと見つけたり”……サムライとは誇り高く、死すら恐れず闘う勇敢な戦士なんだ』


 ロジェのいう通りだった。本心はあまり見せないけれど、本当に誇り高いのだ。

 幹部達に逆らったのだ。当然手ひどい罰を受けた。それでもにやけた表情を崩さない。


『大丈夫、ですか』

『おうふ……あんまり鞭で叩かれるから危ない趣味に目覚めるところだったっちゃ。あふぅん、もうパンツがぐちょぐちょでふ』


 心配させまいとしてだろう。そんな冗談を言う。

 誇り高く、優しい人。

 だから言葉は自然と出ていた。


『日本の誇り高きサムライ……私にとってロジェが一番なのは揺るぎません。ですが、ひとときをあなたの剣として戦うくらいは許して貰えるでしょう』


 そうして清流の魔剣リヴィエールは、真の意味で世界復興機構ゲインの魔剣となった。





 月日は流れる

 一年後、新たな使い手に与えられた任は地球でのフィールの使い手との接触だった。

 オグドの持ち帰った情報から彼の通う学校は割り出せた。そこに侵入し、調査するのが今回の任務。しかし今更学校に通うのは恥ずかしいと言い出し、ならば代わりにとリヴィエールが申し出た。

 するとそれが心配だったのか、使い手は一着の衣服を取り出してこう言った。


『リヴィエール氏はこれから学校に行ってくださる。でも、学校は怖い所だっちゃ。皆の輪に溶け込めないときっと辛い思いをするでござる。だからこれを。本当は擬似人格タイプR-35を準備しようとおもたんでふが、きっとリヴィエール氏にはこっちの方が似合うでござる。大丈夫! ちゃんと日本の学校に溶け込めるように立ち振る舞いも指導するナリよ!』 


 胸を張れば無駄に詰め込まれた脂肪によってTシャツがさらに伸びた。一緒にシャツに描かれた可愛らしい人物画が横に伸びて、奇妙なものになってしまいっている。

 それがおかしくて、でもその気遣いが嬉しくて、リヴィエールは差し出された衣服を笑顔で受け取った。

 疑いを持たぬ程の信頼を、二人は積み上げてしまったのだ。





 何事にも、原因があり結果がある。

 しかし同時に、原因があったとしてもその道筋いかんによっては、まるっきり見当はずれな結果を生むこともある。

 つまりどういうことかと言うと。

 奇跡的にボタンを掛け間違え悲劇的な別れと喜劇的な出会いを経て優しさとか心遣いとか、あとは涙とか汗とか人生のスパイス的なものを少々ふりかけじっくり寝かせた結果が、


「雨のように慈悲深く、泉のように清澄に。想いはいつでも海洋深層水♪ 水の魔法天使ぐらしえ☆リヴィ……あなたの心に潤いを!(はーと)」


 このザマである。

 ここに、水の魔法天使ぐらしえ☆リヴィは生まれ堕ちたのだった。




 ◆


 ある意味、予想していたことではあった。

 何らかの方法でゲインはこちらに接触を図ってくる。それ自体は予想していたことで、でもはっきり言ってこんな手で来るとは思っていなかった。まさか魔法少女を送り込んでくるなんて。


「雨のように慈悲深く、泉のように清澄に。想いはいつでも海洋深層水♪ 水の魔法天使ぐらしえ☆リヴィ……あなたの心に潤いを!(はーと)」


 自己紹介というか名乗り口上だった。

 ざわめく教室。動揺する生徒達。絶句する先生。本当にこれでいいのかと悩む作者。静かなカオスの中で、どうにか意識を取り戻した鉄平さんが震えながらも言葉を絞り出す。


「……あー、リヴィ? だよ、な?」

「……なんですか声掛けないでください。あと私はぐらしえ☆リヴィですぅ」


 なんであんなにノリノリなのあの娘。

 折角の名乗り口上だったが、目の前にいるのはどう見てもリヴィエールちゃんだ。

 言い訳のしようがないくらいリヴィエールちゃんだった。

 たとえふりっふりの青と白のゴシックドレス、真っ白な絹の手袋、水滴をイメージした可愛らしいブーツ、頭にはティアラを身につけるという全体的に九十年代センスの魔法少女姿だったとしても、それはリヴィエールちゃんでしかなかった。


「いや、だからな、リヴィ」

「ぐらしえ☆リヴィ! 私は、私はぐらしえ☆リヴィなんです。……断じて、断じてリヴィエールなんて魔剣とは関係ないのです……」


 いや、ノリノリじゃないよ、あれ。

自分で魔法少女だと思い込むことでどうにか自我を保ってるだけだわ。ノリノリっていうかギリギリだよ。というかだったら何であんな恰好で来たの? 馬鹿なの? ねえ馬鹿なの? エデュロジンって馬鹿しかいないの?


「あー、そのだね」


 高田先生めっちゃ困ってるよ。そりゃそうだ。いきなり自分のクラスにおっさんとぐらしえ☆リヴィが来たら誰だって混乱するわ。

 声を掛けられたリヴィエールちゃんは先生が何かを言う前に、遮るように自分の言葉を被せた。


「せ、せんせいっ! リヴィ、かなたおにぃちゃんの隣の席がいいなっ!?」


 って、お前もかよ!? 

いやどうせ監視目的で来たんだろうから正直予想してたけどなんでお兄ちゃん?

 と言うか昨日は女神みたいに可愛い女の子だと思ったのになんなのこの娘。痛い、限りなく痛いよ。ストライクからボールへ逃げるスライダーみたいに一瞬で変化したよこいつ。


「もう、何でもいいから座りたまえ」


 あ、諦めた。先生色んなものを諦めた。

 その言葉でクラスの皆も無言で動き始め、俺の両隣に空席が出来た。当たり前のように二人は歩いてきて、どかりと俺の隣に腰を下ろす。

 こうして俺のクラスには転校生がやってきた。

 両脇を固められ、心が削り取られそうな毎日が約束された訳だ。


「吾妻、ご愁傷様」

「あぅ?」


 美月とフィールちゃんが気遣ってくれる。ああ、俺の癒し達よ。


「あー、まあなんだ。これからよろしくな、かなた」

「おにぃちゃん!? よ、よろしくね!?」


 癒しが両隣からのスピーカーボイスに掻き消される。

 ……切実に、帰りたかった。


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