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恋姫異聞録~Blade Storm~  作者: PON
第三章 大陸玉座
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第九十四幕

前回のあらすじ

やっぱり出てくるよね?

 背を向けて去っていく伊邪那岐の姿を見ていた貂蝉の世界が一瞬で暗転する。


「ようやく隙を見せてくれたね。他の二人と同様に君も厄介だから早々にご退場願いたいんだよね、僕」


 視界では確かに伊邪那岐を捉えている。それなのに貂蝉のいる場所は今までいた場所ではないかのように、隔絶された場所へと変化していた。


左慈さじ王允おういんであってたかな? 調停者を気取ってるみたいだけどさ、僕たち人間にしてみれば君たちみたいな存在が異物。そのことに君たちは気づいてないのかな? 気づいてないよね? だって君たちは生み出されただけの存在で自分たちの意志と思っているものさえも刷り込まれたものなんだから」


 目の前に突如として現れた黒縁メガネの女性。世界に存在しているのは貂蝉と彼女の二人だけ。まるで世界が二人を拒絶しているかのように、その存在が誰かに気づかれることはない。


「あなたは一体?」


「僕かい? 僕の名前は犬遠理。君たち世界の管理者が大嫌いな人間だよ。自分たちが絶対だと思っている存在なんて、好きになれる人間がいるとでも思っていたのかい? これは滑稽だね」


 犬遠理はとても楽しげに口にする。ただ、その目は別の何かを睨んでいるかのように鋭く、貂蝉の心はざわついていく。頭の中が警告している。目の前の人物にこれ以上関わってはいけないと。


「知ってるよ、外史が誕生する最たる理由は歴史の分岐点だってこと。君が僕らを外史の人間だと口にする理由も」


 その言葉は毒。気づかないうちに体内に取り込まれ、やがては身体の自由を奪っていくもの。


「僕の父上である明智光秀、その主君であった織田信長。歴史上に名を残した人物の一歩が外史を生み出す。その一歩が無意味だったとしても、世界には多大な影響を及ぼし大きなうねりを生む」


「どうしてそれを」


「どうして? 面白いことを聞くね。簡単なことだよ、調べただけさ。僕を含めた剣の一族が生み出された理由も、真龍刀がどうして作られたのかも、世界には調べて分からないことなんてひとつとしてないんだからさ」


 貂蝉が担当している外史は現在ではこの一つだけ。だから彼女の言葉が貂蝉には理解できない。他の外史の人物に対しての知識を調停者と呼ばれる者たちは、介入するまで与えられてはいない。


「この世界が後に三国志と呼ばれる世界の外史で、この世界で名を挙げている者たちの性別が本来とは違うこと。死ぬべきもの、生きるものが違うこと。そんなものはちっぽけな事なんだよ、僕にとってみれば」


 貂蝉の足に抜き放った刀を突き刺し、傷口を広げるように揺さぶりながら彼女は言葉を続ける。


「重要なのはさ、この世界があいつを変えてくれたことだけ。与えられるべきものを奪われたあいつに与えられる世界であるということ。だから、この世界を潰されてしまうと非常に困るんだよね、君たちの都合で」


 関節を外されただけで痛覚は失われていない。体重をかけてゆっくりと傷口を広げていく犬遠理の刃でうめき声を上げないように、貂蝉はその唇をきつく結んで奥歯を噛み締めている。


「君たちにも都合があることは知っているよ。外史が増えすぎるとどういった結果を招くかも重々承知している。でもね、この世界だけはあげられないよ。ここは僕が愛する弟のためだけに用意した傷を癒す箱庭。奪われたというのであれば与えてあげるのが姉としての役目。違うかな?」


「間違っているに決まっている」


「うん、わかってる。聞いてみただけだから」


 犬遠理は楽しげに口にして、再び抜き放った刀を貂蝉のもう片方の足にも突き刺す。


「誰に間違っているって言われてもいいんだよ。僕自身は間違っていないと伊邪那岐以外の誰を相手にしても胸を張って言えるから。間違ってもやり直そうと願うのが人生っていうものなら、間違い続けるのもまた人生」


 刀を抜いては突き刺し、突き刺してはまた抜く。その行為を何度も繰り返し、地面に血の花を咲かせながら彼女は口にする。


「だから僕は間違い続けるのさ。免罪符なんて必要ない。あいつが心の底から幸せを感じられる世界を手に入れるためだったら、僕は親に飼い犬、神だって殺してやる。欲しいのはあいつの幸せだけ。そのためなら、憎まれても呪われても構わない。あいつの悪を引き受けてあげられるのは僕だけだから」


 その瞬間、世界に光が。


「気になってみればやはりお前か」


「おやおや、これは予期せぬ再会だね。僕としては君と出会うのはもう少し先にする予定だったんだけど」


 つまらなそうに発せられる鉄の声。その声を聞いた犬遠理は能面のような笑みを顔全体に貼り付けて振り返る。


「僕の高天原たかまがはらが破られるなんてね。やはり、真言を知らない僕の我流じゃ限界があるってことかな?」


「高天原? 真言? 俺が知らぬことをやはりお前は色々と知っていそうだな。ここ出会えたのは僥倖。洗いざらい口にしてもらおうか」


 いつもと変わらぬ温度のない声。それが聞こえたからこそ、犬遠理の胸中はざわめきを増していく。どうして目の前の人物がこのような声を発しているのか。そのことが彼女にとっては我慢ならない現実。


「この先ならまだしも、今僕が君に教えてあげられることは多くない。君は知らなくていいことばかりだから」


「なぜそれをお前が決める? 決めるのは俺自身のはずだ」


「だからだよ。君はそう口にしてすべてを受け入れてしまう。拒絶したっていいんだ、逃げたっていいんだ。そんな風に君を形作ってしまった人間を僕は恨むね。どうして君に与えることをしなかったのかって」


 犬遠理から発せられる言葉に伊邪那岐はすぐさま言葉を発することができない。目の前の人物が彼の知っている人物と違いすぎる。彼の知っている犬遠理であれば、有無を言わさずに力づくという方法をとったことだろう。だが、今の彼女は違う。能面のような笑顔は剥がれ落ち、その瞳からは憂いと悲しみが覗いている。


「伊邪那岐、君は真龍刀を絶対に使うな。使うような事態になったのなら、必ず僕を呼べ。君が僕の名を口にしたのなら、僕は必ず君の前に現れる」


 彼女の言葉の中に引っかかるものを感じた彼はすぐさま言葉を発しない。今、彼女の言葉の中に含まれていたものは、彼が決して口外しないことを約束させて親友に吐露した内容が含まれている。


「お前は、一体何を知っている?」


「僕は、君の知りたいことをほとんど知っている。でも、この場で君に教えることはできない。僕と鈿女の計画をこれ以上狂わせるわけにはいかないからね」


「お前と鈿女、だと?」


 掴みかかろうと動いた彼だったが、その動きを読まれていたらしく犬遠理は大きく距離をとって貂蝉の背後に着地。


「誰かの敷いた道の上を歩かない君は心底立派だと思う。でも、そこからでは見えない景色も確実に存在するということを覚えておいて欲しい」


「わけがわからん。お前は一体何をしようとしているというのだ?」


「僕の行動理由か? それは単純明快だよ」


 言葉とともにひらめく刀。貂蝉の両足に突き刺さったままだったはずの刀がいつの間にか彼女の両手に握られ、貂蝉の首を切り飛ばしている。吹き出す鮮血に身体を汚しながら、犬遠理は口にする。


「僕の行動理由はいつだって決まっている。君だよ、伊邪那岐」


「俺だと?」


「うん。僕にとってみれば里もこの世界もどうだっていいもの。そのへんに転がっている石ころと大差ない。僕にとって大切なものは君だけなんだ」


 血に汚れた犬遠理の表情。それがとても悲しげで、鮮血に汚れていなければ泣いているようにも見えたのは目の錯覚かもしれない。


「今の君に教えられることは、これぐらいかな? あとはそうだね、この世界に来たことを覚えているかい?」


「確か、焼け落ちる城で一人の女に出会った」


「それが、僕だったとしたら?」


 伊邪那岐の表情が温度を失う。彼にしてみても理解できないことしか起きていない。それでもそのことを事実として受け止めてこの世界で彼は歩いてきた。その発端となった事実を目の前の人物が知っている。


「今、その証拠を見せてあげるよ」


 言葉とともに白光が世界を焼き尽くす。それは、彼が真龍刀をこの世界に呼び出したときとよく似ている。


「この姿になるのは久しぶりだね。もっとも、僕はこの姿を君以外の誰にも見せるつもりはなかったのだけれど」


 それはあんに彼の後ろにいる部下たちのことを指しているのだろう。光が収まったその場所にいたのは、かつて伊邪那岐をこの世界に招くことになった人物。桃色の長い髪、白磁のように病的なまでに白い肌。死装束である白い着物を纏った、人間離れした美しさを持つ女性がそこに存在していた。


「お前が俺をこの世界に招いたというのか? では、あの言葉は?」


「あの言葉も覚えていてくれたんだ、嬉しいよ」


 一歩ずつ近づいてくる女性。その足取りはゆっくりとしたもので伊邪那岐であれば距離をとることも、逆に距離を詰めて一撃を与えることも可能。だと言うのに、彼の足は地面に縫い付けられてしまったかのように動かない。


「大きくなったね、伊邪那岐。本当はもっと早くこうして抱きしめてあげるべきだったね。ごめんね、触れてあげられなくて、傍にいてあげられなくて」


「何を口にしているのだ、お前は」


 伊邪那岐に抱きつき、耳元で囁く女性。その言葉から伝わってくるもの、腕から伝わってくるものが彼には理解できない。否、理解することができない。それは、彼が本来与えられるはずのものであり、他ならぬ母親の手で奪われた無償の愛なのだから。


「犬遠理とは、僕が動くために作った偽りの名前。僕の本当の名前は伊佐那海、君の唯一無二の姉だよ」


 その言葉は引き金。伊佐那海の腕を振り払い、距離をとった彼は射殺さんばかりの殺気を瞳に宿し、彼女を睨みつけている。


「戯言を口にするためにお前は俺の前に現れたというのか? 俺には家族がいる、妻もいる、部下もいる、民もいる。今更そんなものを与えられても迷惑以外の何者でもない」


 その瞳を悲しげに見つめ、彼女は背中を向けて去っていく。自分の心のうちを偽ることなく曝け出した言葉だけを残して。


「疑って、拒絶してくれても構わない。でもね、これだけは信じて欲しい。僕の願いは過去も今も変わらず、君に幸せになって欲しい。それだけなんだ。だから僕は僕の意思で動くよ。それが、鈿女と交わした最後の約束だから」




次に犬遠理さんが出てきた時には!?

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