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恋姫異聞録~Blade Storm~  作者: PON
第三章 大陸玉座
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第九十幕

前回のあらすじ

肉食系って、ねぇ?

 伊邪那岐は自分の寝室に銀以外の誰も入れない。これは妻である四名にも徹底していることであり、毎度眠りの深い彼を起こしに誰かが寝室へ足を運ぶことになっている。だと言うのに、


「ご主人様、これはいったいどういうことですかっ。説明してください。事と次第によっては本国の桃香様にご報告せねばなりません」


 彼の配下である関羽が寝室を訪れれば、本人以外の姿があったのだから彼女が声を張り上げてしまうのも無理はない。


「関羽、礼儀というものを覚えたらどうだ? せっかくお休みになっている旦那様が目を覚ましてしまうだろう?」


「周瑜、貴様も貴様だっ。とっとと服を着てご主人様の寝所から離れろっ」


「ふふっ、嫉妬か? 女の嫉妬は醜いだけだぞ、関羽」


「なっ、私は別に嫉妬などしていないっ」


「なら口を慎むことだな。男女の間に第三者が入って好転した試しがないと書物にも書かれていた。旦那様の妻が相手であっても遠慮する気がないのだから、お前相手では話にすらならん」


 これには関羽も口を閉ざすしかない。元々伊邪那岐を謀にかけるほどの智謀を持っている周瑜に彼女では口で勝てる見込みはない。それに、周瑜の言っていることは暴論ではあるものの筋が通っている。


「ねぇ冥淋がどこにいるか知らない?」


 そんな時に限って状況をさらに悪化させる人物が登場してくるのだから、神様は修羅場がかなりのお気に入りらしい。


「って、冥淋がなんでここにいるのよ」


「雪蓮、お前も騒ぎ立てるな。旦那様が目を覚ましてしまうだろう?」


「う~ん、話がよくわかんないんだけど。ひょっとして昨日の夜から姿が見えなかったのって」


「そのとおりだ。旦那様と肌を重ね合わせていた」


 孫策の問いにも何ら恥ずかしがることなく答えた周瑜。その言葉を聞いた関羽は顔を真っ赤に染めるが、彼女は一度も関羽へと視線を向けていない。その指先は大声で馬鹿騒ぎしているにもかかわらず目を覚まさない伊邪那岐の頬をつついており、瞳も先程から彼に固定されたまま。誰とも目を合わすことなく彼の寝顔に視線を注ぎ続けている。


「ねぇ、関羽? 私にもわかるように説明してもらえないかしら?」


「私に分かるわけがないだろうがっ」


「そうよねぇ~」


 一応聞いておいたのだが関羽の返答は孫策の予想通り。


「たった一日であの冥淋が骨抜きにされちゃうなんて、コイツ一体どんな魔法使ったっていうのよ?」


「旦那様は別に特別なことなどしていないよ。ただ、私が惚れてしまっただけ。それを旦那様が受け入れてくれた。ふふっ、悪いな雪蓮。たとえお前相手でも旦那様を渡す気はなくなってしまった」


「うわぁ、その勝ち誇った顔はすっごいムカツクわぁ。こう、なんていうのかな? 力任せに殴り飛ばしたいって感じ?」


 こめかみをヒクつかせ、拳を震わせる孫策だったが周瑜の発する強烈すぎる幸せオーラに若干引き気味である。


「愛紗さん、ご主人様はお目覚めになられましたか?」


 彼の寝室に心配そうな声を上げて姿を現した黄忠だったが、自分の視界に飛び込んできた光景で大きくため息をついてしまう。ここでいきなり大声を上げないところが他の二人と違うところだろう。


「こほん、周瑜さん。何があったかはあえて聞きませんが、風邪をひく前にご主人様の寝所から出て服を着たらどうですか?」


「黄忠、お前も無粋だな。好き合っている男女の間に割って入ってくるとは」


「別に割ってはいるつもりも、あなたを心配しているつもりもありません。ただ、自分のせいであなたが風邪をひいたらご主人様が心を痛めると思ったので口に出しただけのこと。私の言葉に耳を傾けるかは貴方の自由です」


 伊邪那岐を引き合いに出されてしまっては流石の周瑜も軽くあしらうことができない。不承不承寝所から出て衣服を纏う周瑜。その間、彼へと近づいた黄忠が体を揺すったり、耳元で声をかけたり起こそうと努力してみるものの、一向に彼は瞳を開けようとしない。その兆候すら見せてくれない。


「伊邪那岐は体揺すったり、大声あげたぐらいじゃ起きないわよ?」


「旦那様は馬上でも眠る方だからな、そのような起こし方では目は覚まさないはずだ」


「そうなのですか?」


 てっきり普通に起こそうとすれば起きると思っていた黄忠は、二人の言葉を聞いて驚きの声を上げてしまう。


「愛紗さん、起こし方を桃香様から聞いていたりしませんか?」


「いや、その。私も紫苑と同じ起こし方を実践しようと思っていて」


 そうなってくると最早問題である。この先、孫呉に滞在している期間中彼女たちは彼を起こすことができないのだから。


「おやおやぁ? おにいさんは相変わらずの寝ぼすけさんですねぇ」


「風、あなたもついさっきまでベッドに潜り込んでいたでしょうが。って、どこに行くつもりですか?」


「いえいえ、あんまり気持ちよくおにいさんが眠ってるのを見て、一緒に寝ちゃおうかなぁなんて考えてないですよ?」


 軽口を叩きながら室内に入ってきたのは程イクと郭嘉。伊邪那岐が眠っていることを確認して自分もベッドへと向かおうとする程イクの首根っこを掴んで、郭嘉はため息をついてしまっている。


「あのぅ、ご主人様の起こし方、知ってますか?」


 困り顔で聞いてくる黄忠を見て、二人は腕組みして過去を思い出す。


「稟ちゃん、曹魏にいたときのおにいさんってどうやって起きてましたっけ?」


「私の記憶にある限りでは、毎朝夏侯惇殿が扉を壊して起こしていた気がしますが。まさか、それを実践するおつもりですか?」


 事態を察した郭嘉はたまらず大声を上げてしまう。だが、他に起こす方法が思いつかない以上、その方法を試してみるしか残された手立てはない。


「ここにいらっしゃいましたか、孫策様に周瑜様」


 そんな中、肩で息をしながら慌てて兵士が一人室内へと飛び込んでくる。本来であればそのような行為は咎めるべきなのだが、兵士のただならぬ形相と顔色を見て孫策は先を促す。


「何かあったの?」


「ヌシです。ヌシが現れました。急ぎお二人は甲板にて着て頂き、我々に指示をお願いいたします」


「嘘でしょっ」


「まさか、このタイミングで現れるか」


 表情を引き締めて室内を出ていく二人。それに追従するように麟の面々も続く。ただ、眠ったままの伊邪那岐だけを室内に残して。


 甲板に上がった全員の視界に飛び込んできたのは、大樹にも似た歯が並んだ大きな顎。それから船を大きく揺らす波が襲いかかり、その全貌を明らかにする。その姿は正しく龍と呼べるだろう。蛇に似た体躯、荒波を起こしつつも一切乱れない鱗の群れ。兵士たちが次々と矢を放つものの、その全てが弾かれて水面に沈んでいく。


「孫策さん、これは?」


「長江のヌシよ。もっとも、私自身見たのは十年以上前に母様と一緒に一度だけ。さすがの私もこんなの相手にしたことないわ。どうする、冥淋?」


「矢が効かないのであれば当然火を使いたいところだが」


「だったら」


「だが、アレが起こす波で大半の火薬が湿ってしまって使い物にならない。正直、私としても天に祈りたい気分だ」


 このままではこの船は沈んでしまう。それが意味するのは孫呉の滅亡。すぐさまその答えを導き出してしまった周瑜は奥歯を砕けんばかりに噛み締める。


「まったく、客人が乗っているというのに穏やかな航海も満足に出来んのか、お前らは? 俺は船に乗っている間ずっと眠っている予定であったというのに、おかげで目が覚めてしまったではないか」


「伊邪那岐」


「旦那様」


 事態が緊迫しているというのに、悪態をつきながら顔面蒼白の状態で伊邪那岐が姿を現す。彼にしてみれば最悪の状態だろう、呼吸は荒く血色はそれに輪をかけて悪い。それでも彼の瞳には自分自身が死ぬという恐怖が一切浮かんでいない。


「見る限り、お前らでは対処が難しそうだな。できたとしても、時間がかかりそうだ。悪いが俺はそんな時間、この揺れに耐えていられる自信はない。手早く終わらせてもらう」


 その言葉を受け、この場の主だった人間たちは一瞬にして先程まで共にあった恐怖を捨て去ってしまう。どれほど最悪な状態にあろうとも、この人物がいれば自分たちに敗北はないと感じられる、不思議な安心感。いるだけで自分たちに揺るぎない自信をくれる存在感。それを目の前の人物は有しているのだから。


「紫苑、愛紗」


「「はっ」」


「俺が手を叩いたら紫苑は矢を二本放て。一本目は目を狙い、二本目は奴が体を捻ったら喉元の一枚だけ鱗の向きが違う場所を射抜け。できるな?」


「お任せ下さい」


「愛紗、お前は紫苑の矢を受けて激昂して突進してくる奴の懐に潜り込み、下から突き上げろ。目印となるのはおそらく刺さったままとなる矢だ」


「ご主人様、それはさすがに」


「無理だと抜かすつもりか? では仕方ない、お前を少しだけのせてやる。この場で俺が口にしたことを実行できるのはお前だけ。お前ができなければ俺がこの場で死ぬ。お前が心の底から俺の剣であることを望むのであれば、確実にできる。だから、俺の命をこの場でお前に預けよう」


 その言葉を受けた関羽は絶句する。自分の主であり、遠く及ばないほどの実力を有している人間が命を預けると口にしたのだから。それに応えられなければ、武人として生きてきた自分の人生はすべてが無駄になる。そして、主にここまで言われて奮い立つことができなければ、武人ではない。


「この関羽、見事ご主人様のご期待にお応えいたしましょう」


 彼の言葉に臣下の礼をとって答える関羽。その心にはもはや一片の迷い無し。


「機会は一度、二度目はない。これは百回やって一度成功するかしないかの策だ。だから俺はお前達に期待していない」


 その言葉は静謐にして先程まで上がった士気を下げる言葉。だが、次につながる言葉を彼が声を張り上げて吐き出した瞬間、黄忠と関羽の士気は一気に跳ね上がる。


「期待とは不安が伴うからこそのもの。俺の心に不安はない。百回やって一度しか成功しないというのであれば、その一回をお前たちが必ずたぐり寄せると俺は疑っていないからだ。恐れるな、怯むな、お前達が誰とともにいるかを思い出せ。お前たちが民を守るために培ってきた武は、あの程度の巨大なだけの存在に屈するものではない。行くぞっ」


「「はっ」」


 ただならぬ様子を感じ取ったのだろう。先程まで直接的に船に襲い掛かってくることのなかった龍が船に向けてその身をぶつけてこようとする。その時、伊邪那岐は見計らったように両手を打ち鳴らす。


 飛翔する一本の矢。

 生物は防衛本能として眼球を狙われた際、守ろうとして瞳を閉じるか体をひねる癖が存在する。黄忠の放った矢が眼球へ到達しようとした瞬間、龍は大きな波を立てながら眼球を守ろうと体をひねる。そこに彼の指示通り二本目の矢が解き放たれ、一枚だけ逆立って生えた鱗、逆鱗へと突き刺さった。耳を覆いたくなるほどに強烈な咆哮。どんな生物にだろうと弱点というものが存在している。それは例え、人知を超える生物であったとしても例外はない。


「はあああぁぁぁぁっ」


 激昂して矢を放った黄忠目掛けて突進してくる龍。その懐に入り、矢の突き刺さった鱗めがけて関羽は気合とともに青龍偃月刀を突き立てる。だが、その身を刃で切り裂かれながらも龍の勢いは止まらない。自分の力のなさに焦る関羽。そんな彼女が後ろを振り向いてみれば視界に飛び込んでくる主の姿。彼は先程の位置から一歩たりとも後退していない。このまま勢いを殺すことができなければ、黄忠よりも先に龍の顎は伊邪那岐へと到達する。それでも彼の瞳には焦りもなければ恐怖もない。彼は彼女ならばできると確信しているから動かないし逃げない。


「我が名は関羽、我が武は無双。ご主人様が見ていてくださるのだ、そのような場所で無様な姿をさらせるかぁぁぁぁぁぁ」


 彼は自分の命を預けると口にした。関羽はその場から動かない彼の姿を見てその言葉が決して偽りではないことを知った。そうなれば彼女に敗走という二文字は存在しない。言葉とともに獲物に力を込めた彼女は疾走を開始。勢いを削ぐのではなく、勢いごと敵を斬り殺す。元々の突進の勢いもあって彼女の青龍偃月刀は血飛沫を上げながら龍の体を切断し続ける。そして、龍の鼻先が彼に触れる直前で勢いは完全に死に、龍の体は痙攣しながらほとんど半分に両断される形で船へと打ち上げられた。


 自分の体に蓄えられたすべての力を使い、肩で息をする関羽に乾いた拍手が送られる。目だけで追ってみれば手を叩いていたのは彼女の主。


「見事だ。さすがの俺もここまでの力をお前が秘めているとは思ってもみなかった。まさか龍をほとんど両断するとは、予想以上だ」


 素直に彼女の力量を褒め称え、伊邪那岐は彼女のもとへと近づいてくる。


「お褒めいただき、光栄の極みにございます」


「かしこまらず素直に喜べ。お前と紫苑は俺にできぬことを実現させたのだ。ここは褒美を是非にとねだってきてもいい場面だぞ?」


「では、僭越ながら、お言葉に甘えさせて、いただきます」


 荒い呼吸を整え、関羽は獲物を置いて彼に体ごと向き直る。


「ひとつお答えください。ご主人様は寝室に誰も入れさせないと聞き及んでおります。なのになぜ、周瑜は招き入れたのですか?」


「あやつは勝手に入ってきただけだ。そもそも俺は眠っている時も鍵をかけてはいない。出入りは自由のはずだ」


「そう、なのですか? では、なぜ奥方様は誰一人として寝所に足を運ばないのですか? 私はてっきりご主人様が言い聞かせているものだとばかり」


「銀がいるからだろうよ。あやつは人の気配に敏感でな、俺もしくは餌をくれる人間以外が近寄ってくることを極端に嫌う。そして、人の気配に気づくと確実に俺を起こすために噛み付いてくる。それを知っているから入ってこないだけだぞ」


 そう口にして肩をはだけさせた彼が見せた場所にはくっきりと歯型が。それを見た関羽は思い悩んでいた自分が馬鹿らしくなってその場にしゃがみこんでしまう。


「気が抜けたところ悪いが、愛紗、俺はそろそろ限界が近い。室内に戻るためにもこいつを押してくれ」


「私ですか?」


「耳が遠くなったか? 俺はお前に頼んだのだが?」


「ですが私はこの状態で。別の誰かに頼んだほうが」


 立ち上がった関羽の体は龍の血液に塗れてかなり悲惨な状態になってしまっている。そんな状態で車椅子を押せば、彼の服も汚れてしまうかもしれない。だからこそ彼女はためらったのだが、


「俺のために汚れたお前を誰が遠ざける? そんなことをするのは愚か者のすることだ。その証拠に」


 その言葉と共にさらに関羽へと近づいた彼は、汚れたままの彼女の体を自分の方へと抱き寄せる。自分の衣服に血が付くことなどお構いなしに。


「ごっ、ご主人様。服が汚れてしまいます」


「服なんぞいくらでも替えがきく。だが愛紗、お前の代わりは誰にも務まらん」


 言葉と共にぬくもりを受け、関羽は自分が主として選んだ人物の心臓の鼓動を聞きながら顔を赤く染める。


「ご主人様の願い、しかと聞き届けました。その、できればなのですが、部屋に着きましたら、お体を清めるお手伝いを、その、させていただいてもよろしいでしょうか?」



ああ、また一人犠牲者が。


でも、あんなことされたら作者も落ちちゃうかもしれない

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