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恋姫異聞録~Blade Storm~  作者: PON
第三章 大陸玉座
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第八十九幕

前回のあらすじ

弱点再び

 数時間後、灯りのない船内を歩く一人の人物がいた。灯りを持つこともせず、まるで自分の家のように足取りは、迷いなくその場所へと向かっていく。


「ここか」


 言葉をこぼすように口にした周瑜は、目的の人物が眠っているだろう部屋の扉を細心の注意を払って音を立てることなく開け、室内へと足を踏み入れる。だが、その彼女の来訪を待ちわびていたかのように、目的の人物である伊邪那岐はベッドに腰掛けて部屋に現れた彼女をつまらなそうに見つめていた。


「こんな時分に何の用だ? 生憎俺は万全ではない。お前の相手をするだけでもかなり辛い。だから、用があるのであればとっとと終わらせてくれ」


「伊邪那岐。お前、起きていたのか?」


「ああ、さすがの俺も敵地で安眠できるほど神経は図太くない。本音を言えば、意識を手放してしまえるほど俺の体が弱っていないだけ。もう少し疲れていれば眠れるというのに」


「他の者たちは?」


「あいつらは眠っているだろうよ。俺の言葉を疑わずに従ってくれた。強いて言うのであれば、もう少し駄々をこねてもよかろうにと思ったぐらいだ。従順に従ってくれる人間を選んだはいいが、聞き分けが良すぎる点は別の意味で考慮せねばならなかったらしい」


 どうやら目の前の人物は最初から周瑜が自分のもとへ来ることを予想していたらしい。それの邪魔にならないように部下を選び、あらかじめ指示を出しておく。何度目になるか、目の前の人物に対する認識を改める彼女だったが、苛立ちは心から消えてはくれない。手の上で踊らされている感覚。軍師であれば誰であっても、いい気はしないだろう。


「私としては眠ってくれていたほうが好都合だったが、今のお前であれば別に問題はないだろう」


「何を言っているのだ、お前は?」


「私はお前に逃れられない選択肢を突きつけに来たのだよ、伊邪那岐」


 その言葉と同時に飛びかかってきた周瑜に両手を抑えられ、伊邪那岐はベッドに押し倒されて強引に唇を奪われる。普段の彼であれば振りほどくことは容易だが、ここは彼が苦手とする船の上。片手間で片付けられるはずの周瑜にも、今の体調の彼では全く歯が立たない。


「このまま私を抱けば既成事実の成立。お前は孫呉を守るために動かなくてはならなくなる。逆にここで私を殺せばお前は孫呉と曹魏を同時に相手取ることになる。孫呉もただでは済まないが、それは麟も同じ。どちらを選ぶか、好きにしろ」


 突きつけられる言葉は、断頭台の紐。手放すことも持ち続けることも彼の自由。だからこその選択肢。短い間しか行動を共にしていないが、その間彼女は伊邪那岐という人物を注意深く観察し、多少なりとも好意を抱いている。好意を抱いている相手、自分が支えるべき主、守りたい祖国。いくつもの要素を自分の天秤に乗せ、彼女もまた自分に選択肢を突きつけている。


「しばらく会わぬ間に随分とつまらぬ女になったのだな、周瑜。それではまるで、鏡に映った昔の俺だ」


 少しの静寂を破り捨てて吐き出された言葉は、彼女の記憶にある決して温度を感じさせることのない鉄の声。そして、その瞳を真っ向から見てしまった彼女は体を自分の意志とは無関係に強ばらせてしまう。その瞳は人間がしていい瞳ではない。全ての汚濁を飲み込んでしまう渦のようで、踏み込んでしまえば抜け出すことのできない底なし沼。人間の形を保っているというのに、そこにあってはならないものが存在している矛盾。


「私がつまらない女だと?」


「ああ、孫策はまだしもお前の瞳は負け犬そのもの。戦う前から敗北を受け入れてしまっている弱者のそれ。瞳に現れているものと同じように、思考もそちら側に引っ張られている。そんな人間に俺は見覚えなどない」


「黙れっ」


「今も俺を殺せる状況にありながらお前は刃を俺には向けず、自分に向けている。俺に刃を向ければ麟とことを構えることになる。そうなった場合の未来がお前の脳裏には刻まれている。強者と戦うことを常に回避しようとする矮小なるものでしかない」


「黙れっ」


 自分の感情を抑えられなくなった周瑜は右手で彼の頬を打ちつける。抵抗することできない彼の頬を何度も、何度も。ようやく呼吸を落ち着け、自分を取り戻した彼女だったが目の前の人物を見て収まったはずの気持ちが再び加熱されてくる。目の前の人物は、頬を赤くしながらも笑っていた。それも、圧倒的な優位を確信して疑わぬように。


「図星を突かれて自制を失ったか。ならばもっとお前を追い詰めてやろう。お前は袁術をあえて放っておいたな? 鎮圧しようとすればいつでも出来たというのに、お前はそれをしなかった。何故だ?」


「うるさいっ」


「これまた図星のようだな。お前は袁術を使って時間稼ぎをしていた。曹操の性格を考えれば、万全の状態且つお互いの死力を尽くした決着を望むはず。そう考えたお前は、曹操が攻めてこないように民を犠牲にし続けることで時間を作り上げた。それでも打開策を手に入れられなかったお前は、今度は麟を使って自分の国を守ろうとした。軍師らしい考え方だ。実に頭が下がるよ」


「うるさい。貴様に一体何がわかるというのだ。ああそうだ、私は民を犠牲にして時間を確保し続けた。それが結果として孫呉を守ることに繋がるのなら、私は疫病神になっても構わない」


 彼女の苦悩を理解することは伊邪那岐にはできない。

 国を取り戻したものの治めきることができない葛藤、何度も起こり続ける民たちの反乱、驚異的な速度で国力を増していく敵国、それに自分たちだけでは対抗のしようがないという無力さ。様々なものが彼女の心を掻き乱し、答えを与えることなく不安として居座り続ける。加えてそれを打ち明けることのできない状況、自分の双肩にかかってくる立場という重圧が既に彼女が耐えうる限界を突破している。


「別に俺は責めているつもりはない。お前は正しいと自分が思う判断を下しただけなのだから。俺にはそれに関して口を挟む権利などない。ただそうだな、強いて口にすることがあるとすれば、どうしてお前は正しいと思っているのに胸を張って前を見るではなく、下を見続けているのだ?」


「お前に、強い人間であるお前に何がわかるというのだっ」


 もう一度彼の頬を打つべく周瑜が腕を振り上げた瞬間、今までされるがままだった伊邪那岐の体が動き、一瞬でカラダを入れ替えられる。彼女は先程とは逆の立場になってしまっていた。


「お前の言葉を聞いて思い出した。孫権とこの長江で船から投げ出されたときのことだ。あやつは俺やお前のことを強い人間だと口にした。だが、それは大きな間違いだったようだな。孫権のほうがお前や孫策よりも、それこそ何倍も強い人間だ」


 立場を逆転されてしまった彼女は、抵抗することなく彼の言葉に耳を傾ける。


「お前や孫策は挫折することなく歩み続けた人間だ。だから弱い」


「なんだとっ」


「お前らは努力しても届かない、手に入らないものがあるということを知らずに生きてきた。そして、自分がその状況に陥った時の対処に仕方を知らない。だが、孫権は違う。あやつは俺と同じ凡人だ。屈辱も挫折も諦めも何度も経験して、その度に膝を折って立ち止まり自分の意志で歩みを再開した人間。そんな人間は知っているのだよ、抗い続けることの意味を。報われることは少なく、成果もほとんど上がらない。それでも自分を諦めていない人間だからこそお前ら天才と違って諦めることなく、それが例え薄氷のような道でも一歩を踏み出すことができるのだ」


 転ばなければ自分の速さが自分に痛みとして跳ね返ってくることを理解できない。そして、天才という種類の人間は良くも悪くも転ばない。転ばないからこそ、そこからの立ち上がり方もわからない。一度の挫折で天才がその存在を消してしまうのはよくあること。彼らにしてみれば転ぶことは壁であり限界。凡人にしてみれば転ぶことは痛みという経験で次に繋げる階段。捉え方からして違うのである。


「お前は諦めが良すぎる。先の見えない不安に怯えているお前は、自分に胸を張り続けている孫策は、王となるべきではなかった。お前らは足元を見なさすぎる。理想まえだけを見据えて走ってきたお前たちは、後ろを一度でいいから振り返ってみるべきだったのだ。そうすることができれば、違う未来も選べたはず。違うか?」


「私は、私は」


 その言葉は彼女の過去だけでなく、今の彼女も否定する。別の選択肢があることなど考えもしなかった。自分達と共に歩んできたものが去っていった理由など考えもしなかった。考える余裕もなかった。それなのに、彼女は強引に事実を突きつけられてしまう。心を鬼にして行ってきたことが、他ならぬ自分の心に否定されていく感覚。瞳からは涙が溢れ、軌跡を描きながらベッドに染み込んでいく。


「それにお前は勘違いしている。肉体関係を持てば既成事実などと今更阿呆でも口にしない。肌を重ねようが、婚姻の儀式をしようがそれは形だけのこと。家族とは作るものではなく、なっていくものだ」


 自分の目的さえ砕け散り、周瑜は自分という存在を保つことが精一杯といった状況。それを確認したからこそ伊邪那岐は彼女を解放し、自分も隣でベッドに背中を預ける。


「鏡とは己を映すもの。見つめ直すことはできても同じ方向を見ることはない。先ほど言ったとおり、俺にはお前が鏡に映った昔の自分に見えた」


 首から視線を移動させれば彼女と視線がぶつかる。


「だが、俺たちは鏡ではない。俺は俺であってお前はお前。こうして見つめ合うことも同じ方向を見ることもできる。まったく、心が悲鳴を上げているのに無理して悪を行いおって、素直に助けてくれと口にすればいいものを。そんなものはお前がするべきことではない。俺がやることだ」


「はぁ?」


 彼の言葉を理解することができずに、勢いよく首を振って周瑜は彼に対して視線を向ける。


「お前、一体何を言って」


「お前らが曹操の陣営で口にしたのだぞ? 俺を待っていると。それなのに姿を見せても迎えに来ぬし、姿を見せたらいきなり謀にかける。流石に俺といえど意地悪の一つもしてやりたくなるというものだ」


「確かに口にはした。だが、そんな昔のこと、とっくに忘れているものだとばかり」


 そこまで口にして周瑜は彼と初めて出会った時のことを思い出す。

 孫策の思いつきで脱獄させられた彼は、彼女たちが国に戻っても罪に問われないように配慮してくれた。旅の資金も用意してくれていた。孫策が曹操の陣営を訪れた時は自分を犠牲にして二人のことを守ってくれた。自分たちは迷惑をかけ巻き込んだだけだというのに、彼はいつだって手を貸してくれた。そう、彼は出会ったばかりの自分たちの手を決して振り払うことをしなかったのだ。


「軍師としても、王としても間違った判断だろうよ。たった二人の友人のために自分の命を危険に晒し、国に戦火を呼び込もうとしている。だが、それがどうしたというのか? 俺はいつだって間違ってきた。今更間違いが一つ増えたぐらいで問題ない。そんなことよりも、しがらみに囚われて友人を見捨てることのほうが、俺の生き方を否定することになる」


 いつだって彼の生き方は変わっていない。自分のことは二の次で、伸ばされた手を振りほどかずに握り返す。敵対している国であってもそれは変わらない。そこに自分へと向けて伸ばされた手があれば迷わず掴む。誰に間違っていると否定されようとも構わない。彼自身、誰を相手にしようとも瞳をそらすことなく口にできる。


「助けて、くれるのか?」


「今更それを俺に尋ねること自体が無意味だ。お前ら二人は過去に俺の命を救っている存在で、そいつらが俺に手を伸ばしてきた。逆に問うが、そんな奴らを俺が無碍に扱うとでも思っていたのか? 思っていたのであれば多少、お前らへの認識を改める必要があるかもしれん」


 その言葉を受けて周瑜は体を起こすと、今度は馬乗りの状態で彼の自由を奪って自分の唇を押し付けてくる。


「これはなんのつもりだ? お前らとお前らの国を救ってやることは了承したのだからとっとと出て行け」


「それは出来ない相談だな」


 唇を離すと情熱的に髪をかきあげて周瑜は艶美な表情を浮かべる。


「私がこの場所に来た目的を覚えているか、伊邪那岐?」


「だからどうした。目的は達成されたのだからとっとと俺を解放して自分の部屋に戻れ。ついでに服もはだけるな」


「だからそれはできない相談だと言ったはずだ」


 服のボタンを外し、彼女は伊邪那岐へと擦り寄ってくる。


「ここまで態度で示しているというのに、まだ気づかないとは。お前の妻になった人間の苦労が目に見えるようだ。同情してしまうよ」


「お前には関係ないことだろが」


「関係あることだから口にしていると、どうしてわからない?」


 その言葉を受けて彼は首をかしげてしまうが、その彼の頭を両手で逃げ場をなくした周瑜はまたもや情熱的に唇を重ねてくる。唇を離し、唾液が自分の露になった胸に線を引いて落ちると同時に彼女は口にし、彼は絶句する。


「国の問題はひとまず解決の糸口を見つけた。それには素直に感謝しておく。そして、言葉にしないとわからないようだから、あえて口にしよう。惚れた男に抱いて欲しいと思うのは女としての本能。冗談のつもりで口にしたのだが、本気になるとは私自身思ってもいなかった」


 先程の動きで精一杯の伊邪那岐にはもはやこの状況を覆せるほどの体力が残っていない。それを理解しているからこそ、彼女は告げる。


「私を惚れさせた責任、きっちりとこの場でとってもらおう。そして、待たせてしまった謝罪も含めて私の体で代金を支払わさせてもらう。まさか、女に恥をかかせるような真似はしないよな、伊邪那岐だんなさま?」



転んでもたたでは起きない周瑜様が素敵すぎるwww

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