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恋姫異聞録~Blade Storm~  作者: PON
第三章 大陸玉座
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第八十八幕

前回のあらすじ

暴走したのか? それとも思惑があるのか?

 三日後。

 伊邪那岐は椅子に木製の簡易的な車輪をつけた車椅子に腰掛け、視界一面に広がる大海原に対してため息をついていた。事の起こりは周瑜の一言だったのだが、それに丸め込まれてしまう副王と相談役とはいかがなものか。国を離れても、いや、国を離れているからこそ彼の心配は尽きない。


「どうかなさいましたか、ご主人様?」


「ご主人様、心なしか顔色が優れないように見受けられますが、どうかなさいましたか?」


 彼に声をかけてきたのは今回の同行役に選んだ関羽と黄忠の二人。その二人の背中に隠れるように残りの同行人である郭嘉と程イクも姿を見せる。


「今からあれに乗ると思うと気が滅入ってくるだけだ。これといって体調に異常はない」


 目の前に映る巨大な木造の船を指差して口にする彼だったが、その言葉を素直に受け取るほど彼の部下は馬鹿ではない。先日、袁術の軍勢をひとりで相手取って殲滅した彼の衰弱ぶりはひどく、肉体の損傷も含めて常人であれば死んでいたとしてもおかしくない状態で彼は医療所に運び込まれた。古参の面々が常日頃から心配している無謀さは、改善されておらずむしろ悪化の一途をたどっていることは明らか。そのことを国の重鎮たちからしつこいぐらいに言い聞かされている四人は、残念ながら彼の言葉を素直に信用するつもりはない。


「ああそうだ、お前ら、言い忘れていたが俺は今回の孫呉訪問で動くつもりはない。自ら刃を取るつもりもない。俺個人の判断だが、体力は回復傾向にあるが戦闘に耐えられるほど回復していない。肉体も同様、特に両足は下手に動かすと二度と自分の足で大地を踏みしめることは叶わぬかもしれん。流石に今回は無茶をしすぎた。そんなわけで、済まぬが身の回りの世話から警護まで任せるつもりだ。頼むぞ?」


「「「「はっ」」」」


 だが、さすがの彼も現在の自分の状態を理解しているらしく、部下を頼ってくる。これは今までの彼であればあるはずもないこと。その心境の変化を理解できる人間がこの場所にいないことが残念ではあるが。


「さすがの麟もあんな立派な船はないでしょ? ふふっ、ちょっとは私のこと見直した?」


「孫呉の造船技術は大陸一。これに関してはお前相手であっても譲るつもりはない」


 そんな彼らに声をかけて来たのは伊邪那岐を孫呉へと半ば強引に招いた孫策と周瑜の二人。孫策が誇らしげに胸に手を当てているところを見れば、絶対の自信を持っていることが言葉にしなくても感じ取れる。


「そうだな、確かにすごいものだ、孫呉の民の力は」


「でしょでしょ? もっと褒めてくれてもいいのよ?」


「お前の耳は飾り物か? 船を作ったものは大工、設計をした者は設計士。俺が賞賛したのはその者達であってお前ではない。指示は出したかもしれんが、それを実現するものがいなければこの船はここにない。お前ら二人の力など所詮小さなもの。そのことすら理解していない奴にくれてやる言葉など侮蔑以外にない」


 だが、そんな彼女の自信をいとも簡単に打ち砕く彼の言葉。そこにあるのは民を導く王であり、同時に戦況を冷静に分析する軍師の横顔。


「なんですってっ。伊邪那岐あんたねぇ、ちょっと調子に乗りすぎよっ」


「やめておけ、雪蓮」


「冥淋は良いの? こいつは私たちのことを、ひいては孫呉を馬鹿にしたのよ?」


「雪蓮、伊邪那岐は言葉を交わしながらあなたの王としての器を見定めようとしているの。あなたに向けられる彼の言葉は全て、孫呉を値踏みしているもの。いい加減に頭を使うことを少しは覚えて」


「でもぉ~」


 周瑜に諫められても納得のいかない孫策は恨みがましく彼に対して視線を送ってくるが、当の本人はそんなこと気にせず関羽に車椅子を押してもらって船へと進んでいる。


「伊邪那岐、ひとつ問うぞ?」


「なんぞ?」


「この船がそうだな、例えば十隻で麟に攻め込んだ場合、貴様に勝算はあるか?」


 周瑜の言葉を受けて程イクと郭嘉の瞳が鋭くなる。それもそのはず、彼女が口にした言葉は宣戦布告にも似た内容。これから招き入れる側が口にする言葉では決してない。


「ああ、勝ちの目しかない」


 だが、その言葉を受けて今度は周瑜が喉を鳴らす。水上戦において孫呉の軍隊はほかの国に比べて一日の長がある。操舵技術に造船技術、水上での戦闘経験。いずれ雌雄を決する曹魏に対してもこの点においては優っていると周瑜は自負している。それなのに目の前の人物はその事実を否定する。


「十隻の船があるからどうした? 別に貴様らの土俵で戦ってやる必要などない。それに俺たちの国は長江からだいぶ距離がある。どれほど強大な武器であっても、それを扱うための状況を作り上げられなければ無用の長物、脅威にはなりえない。ついでに言ってしまえば、船は必ず陸地に到達するもの。わざわざ攻めてくる道順を示してくれる敵に対して敗北を喫するのは愚か者のすることだ」


 彼の言葉通り、船から陸地に対して距離があればあるほど船が強者であるという絶対条件、水上という地の利は霧散してしまう。それに、船は水上でしか使用することができない。来るとわかっている相手に巨大な船は格好の目印でしかなく、自分たちの存在を必要以上に示してしまう。それを自分自身でも理解している周瑜は悔しげに表情を歪める。


「先程の話を聞く限り、伊邪那岐殿は水上の敵と矛を交えた経験がおありのご様子。後学のために聞かせていただけますか?」


「風ちゃんも興味ありありですよォ~。水上戦なんて経験しようにもあまりお目にかかれませんからねぇ」


 船の甲板につくなり、先ほどの二人のやり取りが気になっていたのだろう、早速二人の軍師が顔を彼に近づけてくる。


「俺の生まれた国には、孫呉と同じく水上戦を得意とする長宗我部という一族がいてな。水上だけでなく陸上でもその武を存分に振るうことの出来るあの一族には俺も随分と手を焼かされたものだ」


 それは彼が元服するよりも前のこと。単身で長宗我部とぶつかることになった彼は、その身で水上戦の有利と脅威、そして不利を経験することになった。補足するのであれば、長宗我部が所持していた船は、現在彼らが乗船しているものよりもふた周りぐらい小型の船舶。ただ、その操舵技術には目を見張るものがあり、陸地で馬を操る武士のように自在に船を操る彼らには当時の彼も惜しみない賞賛を送った。ただ、それを逆手にとって水上に彼らを固定して殲滅した彼の手腕はしばらくの間、剣の里で語り草となっていた。


「要するに、相手が自分の優位を絶対に疑わない状況をあえて作り上げることが重要なのだ。これは陸上の戦でも同じことが言えるが、勝利を疑わぬ人間の足元を突き崩すことほど容易なことはない。自信を持つことは悪いことではないが、それは慢心することと同義ではないということだ」


「「なるほど」」


 自分の過去の経験を事細かにわかりやすく説明した彼の望み通り、二人の軍師は経験を知識として蓄積できたらしく首を縦に振っている。ただこれも予想通りだったのだが、軍師ではない関羽と黄忠の二人は首をかしげてしまっている。


「えっとご主人様? 話はよくわかりませんでしたが、これからどうされるおつもりですか?」


「孫呉に着いてからのことは着いてから話す。だからこの船に乗っている間は別に何もせぬよ」


「なにも、ですか?」


「正直に話すが、俺はこの船という乗り物に極端に弱い。船の上にいる間は何をしないというよりは何もできないといったほうが正しいだろうな」


 言葉を返した伊邪那岐だったが、その顔色は早速青く変色し始めている。


「水上戦ではどうなさっていたんですか?」


「陸地で指揮を執っていた」


「先程口にした戦の時もですかぁ?」


「あの時のことは思い出したくない。今までに何度も戦で苦境にたったことはあったが、あの時ほど精神的にも肉体的にも追い詰められたことはない。先ほどの言葉に重ねて言おう。俺はこの船という乗り物が嫌いだ」


 口調は変わっていないが、彼の顔色は陸地が見えなくなるにつれて体調が悪化していくことが目に見て取れる。


「おにいさんにも苦手なものがあったんですねぇ」


「まぁ、人間ですから苦手なものの一つや二つあるでしょうけど」


「なぜでしょう、ご主人様に対して妙な親近感が湧いてくるのですが?」


「お前ら、ご主人様の心配をする方が先だろうがっ」


「愛紗、済まぬが大声も控えてくれると助かる」


「すっ、すみません」


 普段の彼を全員が知っているだけあって、彼女たちも勘違いしていたらしい。目の前にいる人間は完全無欠の人物ではない。戦えば傷つき、苦手なものもある。王という場所にいるが、自分たちよりも年下で無理ばかりするどこにいてもおかしくない男の子。それがわかったからこそ彼女たちは嬉しそうな表情を浮かべている。それを勘違いした関羽に怒鳴られてしまったが、彼との心の距離が近づいたことは事実だろう。


「皆の者、一応言っておくがやるべき事は決まっている。それまで何をして過ごすかはお前たちの勝手だ。俺は満足に動けないが、久しぶりの休日と思ってゆっくりと養生しておけ」


 顔を青一色に変えているというのに気丈に振舞う伊邪那岐。それを笑顔で受け取る彼女たちは気づいていなかった。それを見つめている一人の人物の気配に。


「演技ではなく事実だったということか。これをどう利用するか。生かすも殺すも私次第とは、なかなか楽しい状況になってきたな」




船酔いってどうやれば治せるのか、作者も知りたいです

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