第八幕
前回のあらすじ
呉を離れ、街へとたどり着いた三人
「それで、伊邪那岐は何を頼む?」
「適当に頼む」
「あんたねぇ、もっと自分っていうものを持ったほうがいいわよ?」
「こちらの字が俺には読めない。だから、書いてあるものを見ても、さっぱりだ。それぐらいの気遣いはしてくれ」
街に到着し、馬を預けた三人は、開店したばかりの飯屋に入店していた。
「字が、読めないのか、伊邪那岐。それでは、どうやってこの大陸で生きてきたのだ、お前は?」
「その辺の事情は面倒だから、聞かんでくれ」
周瑜の問いに、いい加減、同じ問いを向けられることに飽き飽きしてきた伊邪那岐は適当にあしらう。そもそも、彼自身、どうやってこの大陸に来たのか、理解していないのだから、説明のしようなどないのだ。
「それはそうと、曹操の領地までは、あとどれほど掛かる?」
「順調に行けば、一週間といったところね」
「順調に行けば、か」
「二人共、何難しい顔してるのよ?」
二人の不安要素の順位で、おそらく一番上に位置しているはずの人物、孫策はそんなこととは露知らず、勝手に注文した酒を傾けている。
「そう言えば、夜刀が言ってた、序列って一体なんなの?」
「いきなりだな」
「だって、気になってたんだもん」
「可愛らしくいえば、答えるとでも思ってるの、雪蓮?」
「でも、冥淋、きっと答えてくれるわよ、伊邪那岐は」
二人に出会って、まだ、半日も立っていないというのに、伊邪那岐の人物像というものが、二人の中ではすでに出来上がっているらしい。それに対して、ため息一つついて、彼は運ばれてきた料理に対して箸を伸ばす。
「序列とは、里での強さを示す順位だ」
「じゃあ、夜刀は七番目に強いってこと?」
「ああ。ちなみに俺は、末席の十だ」
「えっと、冥淋、私、お酒飲み過ぎちゃったのかしら?」
「まだ、飲み過ぎるというほど、ここに入ってから時間は経っていないわよ」
会話の途中で、箸をうっかりと落としそうになった孫策。そして、行儀の悪いことに、箸のさきで伊邪那岐を差す。
「だって、伊邪那岐、夜刀に勝ったじゃない」
「厳密に言えば、序列の一位から五位までは力量順。六位から十位までは適当。里長が決めただけのことだ」
「えっと、どういうこと、冥淋?」
「つまり、序列で決まっているのは一位から五位までで、六位から十位までは実力にそこまでの差がない。そういうことよ」
「へぇ」
周瑜からの説明を受けて、ようやく納得したように、再び酒を飲み始める孫策。
「できることなら、序列の連中とはやりあいたくない。普通に戦えば、俺は誰にも勝てないからな」
「「えっ」」
「何でもありの状況であれば、勝負はわからんが、ルールのある戦いであれば、夜刀にも、俺は勝てぬよ」
淡々と、述べる伊邪那岐。
己を知れば、百戦危うからず。
伊邪那岐は、自分自身の力量がどれほどのもので、序列に名を連ねている者たちの力量がどれほどのものか、自分とどれほどの差があるか。それを明確に、残酷なまでに理解している。故に彼は策を練る。相手の癖、隙、弱点、勝つために必要なものであれば、なんだって利用する。
食事を終え、次の目的地を確認した三人が、飯屋を出たのとほぼ同時。大通りにやじうまの群れができ始める。
「すまんが、あれは、何事だ?」
「なんでも、盗賊どもにネェちゃんたちが囲まれてるらしいんだよ」
「ほう」
一人に声をかけた伊邪那岐は、事情を聞き出し、面倒事に関わる気はないと、人の群れとは逆方向に対して足を向けた。だが、その肩を当然のように掴まれてしまう。
「これは、なんの真似だ、雪蓮」
「なにって、面白そうじゃない」
「お前は、曹操に会いたいのだろう? なら、余計な揉め事に関わろうとするな。時間の浪費だ」
「伊邪那岐、そんなんじゃ、人生楽しめないわよ?」
ため息をついて、周瑜を見た彼だったが、救いを求めた人物もため息をついていた。どうやら、彼女からして見ても、お手上げらしい。
「はぁ」
仕方なく、三人はやじうまへと向かって足をすすめる。
この場で、孫策をないがしろにして、先へ進むのは簡単。だが、そうすれば、彼女はひとりでも騒ぎへと足を向けることだろう。そうなれば、当然のように周瑜も、彼女を助けるために巻き込まれる。すると、なし崩し的に、彼も巻き込まれることになる。消極的ではあるが、巻き込まれるのであれば、その原因になることだけでも確認しておこうと思ったのだ。
「兄ちゃん、ここを通りたければ、有り金、全部置いてきな」
「そっちのネェちゃん達もな」
「命は大切にするんだな」
騒ぎの中心となっているのは、黄色い布を頭につけた三人の男。そのどれもが、街中で堂々と剣を抜いている。対して、巻き込まれているのは、二人の少女と、ひとりの女性。そして、二メートルを超える大男の四人。
「ムカつくわね、あいつら」
「抑えろ、雪蓮。ここで出ていけば、他の人間にも被害が及ばないとも、限らない」
「でも」
「伊邪那岐も、止めるのを手伝ってくれ」
だが、そこで二人は気づく。先ほどまで、一緒にいたはずの人物、伊邪那岐の姿が、どこにもないことに。そして、先ほどの彼の言葉を裏切るように、彼の姿が、やじうまの中心地に移動していることに。
「お前ら、誰に対して刃を向けているのか、理解しているのか?」
その声は静謐。ただし、それは表向きだけで、声を発した伊邪那岐の瞳からは、抑えきれていない怒りが漏れ出している。
「何を言ってんだ、テメェ」
「死にてぇのか?」
「馬鹿だ、こいつ」
口々に、その場に現れた伊邪那岐を罵る三人。しかし、その言葉は、伊邪那岐の耳には、もはや届いてはいない。
心臓を鷲掴みにされるような感覚。周囲の熱が根こそぎ奪われていくような、脱力感。そして、武に多少でも覚えがあるものならば、誰でも、その瞬間に理解できるほど、脂汗が額に、手のひらに浮かんでくる。
「うつけどもが」
吐き捨てるような言葉と同時に、男たちの四肢から、血しぶきが舞う。
殺戮技巧、序の巻、旋風。
対象の、腕、脚の健を切り裂くことにより、相手の動きを完全に奪い去る。それを、三人同時に、しかも、ただ切り裂くのではなく、修復できないように、鋭利にではなく、ズタズタに。男たちは、この先、自分の足で立ち上がることも、自分の手で食事をとることも叶わないだろう。
「痴れ者が。俺の親友に刃を向ける、それすなわち、俺に刃を向けることと同義。命を取らぬことに感謝し、地べたを永久に這いずれ」
刀を鞘へと収め、それと同時に怒りすらも捨て去って、伊邪那岐はため息をひとつ。その様子を見て、誰もが瞳を奪われていたが、絡まれていた大男だけが、瞳に涙を浮かべながら、彼をいきなり抱き上げた。
「い、伊邪那岐~。元気してただがぁ。おら、おら、心配で、心配で」
「わかった、わかったから、下ろせ。俺はもう、童ではないのだぞ、火具土」
「でも、でも、おら、うれしくって」
「ちゃんと足もついておる。死んでなどおらぬわ」
ようやく地面へとおろしてもらえた伊邪那岐。その隣では、まだ、火具土が鼻をすすり、涙を流している。
「「伊邪那岐」」
人の輪を抜けてようやく中心へとこれた孫策と周瑜。その二人の瞳は、事態を説明しろと、言葉よりも雄弁に語っている。
「こやつの名は、火具土。俺の親友にして、序列八位の豪傑よ。ああ、もう、いい加減、泣きやめよ、お主」
剣の一族、三人目登場