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恋姫異聞録~Blade Storm~  作者: PON
第三章 大陸玉座
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第八十四幕

前回のあらすじ

気づいてた方はいらっしゃたんでしょうか?

「緑は心を癒してくれる。銀、お前もそうは思わぬか?」


 伊邪那岐の問いかけに、雄々しく成長を遂げた銀は欠伸で答える。それを微笑して受け止めた彼は、銀の体を枕がわりにして草原に体をあずける。


 劉備たちを正式に国に迎え入れておよそ二ヶ月。

 人材の不足という大きな問題を解決することのできた彼は、この国を作り上げてから初めて休日というものを手に入れていた。事の起こりは先週。基本的に毎日執務室に顔を出し、顔を出さない日は問題としてあげられた場所の実地調査や人々の声を聞いていた伊邪那岐。そこで布都は気づいてしまった。部下たちだけでなく副王である自分、相談役である馬騰にも政務から離れて休む日があるというのに彼のスケジュールに休日という項目が一切なかったことに。そこで急遽部下たちのスケジュールを調整して設けられた休日。これからは定期的に彼に休日が与えられ、強制的に執務室への出入りを禁止される日が来ることになる。


「まぁ、肩の力を抜く日が俺にも必要ということなのだろうな」


 そう口にして、ゆっくりと瞳を閉じる。本来であれば彼の三人の妻の誰か一人、もしくは近衛が同伴していてもおかしくない状況。それがいないのは、麟の国が高い水準で治安を維持できていることと人員配置の変更によって近衛という役職を廃止したことにある。加えて、銀の存在が大きい。


 自然界において白銀の体毛を持ち、成人男性の倍以上の体躯を持つ虎は存在していない。彼も知り得ていないことだが銀は普通の虎ではない。四方を守護する力を持った聖獣の一柱である白虎、それが銀の正体である。聖獣は自然発生する存在であり、親から生まれるのではなく星から生まれる。いかに聖獣といえど生まれたばかりでは弱い存在、それを見つけて名前を与えた存在が伊邪那岐。銀にとって彼は親であると同時に初めて出会った人間。馴れ合うべきではないのだが、離れることを拒んでしまうのは銀の心に芽生えた情。そして、生まれた意味は知らないが生きることの意味、守ることの強さと奪うことの辛さ、正と邪、様々な感情と行動に触れてしまったがためにいつしか離れたくないと思ってしまったのだ。


「陛下、お寛ぎのところ失礼いたします」


「どうかしたのか?」


「はい。孫呉、曹魏ともに使者が宮にてお待ちです」


「布都や碧では手に余るのか?」


「そのようで、おふた方からの願いを伝えるためこの場に参上した次第です」


 彼に声をかけてきたのは黄忠。彼女は片膝つく格好で問われた内容に対しての返答を口にしていく。ただ、その表情が若干こわばって見えるのは銀の存在があるだけでなく、彼の周囲に集まっている熊や狼たちの存在のせいだろう。


「仕方ない、済まぬが宮まで俺と紫苑を乗せてくれ」


 その言葉を受けて銀は瞳を開けて首を横に振る。


「嫌だというのか?」


 彼の言葉を受けて銀は肯定の意を示す。そして、子供を運ぶ母猫のように彼の着物を器用にくわえて自分の背中に乗せるとそのまま黄忠を無視して歩き出してしまう。腐っても聖獣。自分の親はしょうがないにしてもそれ以外を自分の背中に乗せることは断固として拒否したいらしい。


「俺の頼みを聞いてはくれないのか?」


 そう言われてしまうと銀は彼に逆らえない。逆らう意思がないというわけではなく、ついつい彼の頼みを聞いてしまいたくなってしまうのだ。本当に不本意そうに足を戻した銀は先ほどの伊邪那岐同様に黄忠を背中に乗せて駆け出す。一刻も早く背中に乗せている人間の女を背中から落とすために。下ろすためではなく、落とすために。


「紫苑、口は開かないほうが身のためだ。確実に舌を噛むぞ」


「えっ、えっ、えぇぇ~~~~~~」


◆◆◆◆◆◆◆◆


 麟国玉座の間外交用。

 以前、劉備たちを通した際の反応を気にして布都が作らせた玉座の間。伊邪那岐は反対したが、設備を撤去することで大広間とすることができるように設計したので渋々彼を納得させることに成功した。


 そんな場所に麟の主だった面々が集い、伊邪那岐の到着を待っている。普段であればこのような場所を使うこともなければ緊迫した空気とは無縁の場所。だが、この場にいる人間のことを考えれば必要以上に空気が重くなってしまっていてもしょうがないと言える。


「それで、いつまで待たせるのかしら?」


「先ほど使いの者を出した。程なく陛下は姿をお見せになるはずだ」


「曹操、あんた体とおんなじで器も小さいんじゃないの?」


「一言余計よ。第一、どうしてあなたがこんな場所にいるのかしら、孫策?」


「こんな場所とは聞き捨てならんな。この国は陛下と俺たちが尽力して建てた国。曹操、貴様といえど侮辱は許さん」


 にらみ合う布都、曹操、孫策の三人。

 そもそも、こんな自体が今あっていいはずがない。使者を装って敵対している国の王が来訪してくるなど誰が予想できよう。しかも、この場に来た二人の王は彼らの主と同じく大陸に覇を唱える強者。一歩間違えればこの場は血の海に変わってしまう。


「お待たせ、致しました」


 そんな緊迫した空気が漂う場所に姿を現した黄忠。その顔色は青く変色し、吐き気をこらえるかのように手で口元を抑えている。


「首尾は?」


「陛下は、自室に一度お戻りになり、正装されてから、こちらに、来るそうです」


「そうか。それはわかったが紫苑、どうしてそんなに体調が悪そうなのだ? 使いに出した時と顔色が変わりすぎだぞ?」


「少々、乗り物酔いを」


「ならば下がって休むがよい。今回のことはおって知らせる」


「ですが」


「そのような顔色でいられても邪魔なだけだ。それとも何か、陛下のお心を乱すことがお前の願いか?」


「失礼いたしました。席を、外させていただきます」


 出ていく黄忠の足取りは顔色と同様に重いもの。それを見て、


「あまりきつい物言いは部下の心を遠ざけるわよ?」


「あ~あ、部下に労いの言葉の一つもかけてやらないのね」


 二人の王は口々に布都の言動を非難する言葉を口にする。だが、それを見た彼の表情には一切の変化がない。


「部下の心が遠ざかる? ねぎらいの言葉? そんなもの俺が心配することでも与えるものでもない。俺は陛下の右腕。優しすぎる陛下の言いたくないこと、言えぬことを代弁するのが俺の義務。俺から心が離れようが陛下から心が離れなければそれで良し。右腕とは、陛下からの信頼を失わなければよい。嫌われ者を買って出ることも勤めの一つ。何を恥じる必要があるのか、俺には皆目見当もつかん」


 その言葉を受けて息を飲んだのは二人の王と共にこの国に来た周瑜と荀彧の二人。伊邪那岐は敵対者には容赦がないものの、味方に関しては優しすぎる。それを律するために悪役を買って出るのは王を支える人間にしてみれば当然のこと。


「遅れたようだな、済まない」


 銀を携えて玉座のすぐそばまで来た伊邪那岐だったが、二人の王を視界に収めるよりも先に布都の腹に拳を叩き込む。咄嗟のことに反応できなかった彼はその場で体をくの字に曲げ、伊邪那岐へと視線を送る。


「陛下、なんのつもりだ?」


「紫苑の奴が泣いていた。これはそのことに関する罰だ。いい加減童ではないのだから考えてから言葉にしろ。それが出来ぬお前ではないだろうが」


「だが、だからといって」


「それと、悪を成すのはほかならぬ俺の領分だ。いくら相手がお前であってもそれを譲るつもりも毛頭ない。覚えておけ」


 立ち上がった布都を一度だけ睨みつけて彼は玉座へと腰を下ろす。


「伊邪那岐?」


「伊邪那岐」


 前者は彼を王だとは知らずにこの国に訪ねてきた孫策のもの。後者は彼の対応が理解できずに曹操が口にしたもの。伊邪那岐は誰が相手であったとしても自分と対等として基本的に接する。それが玉座の腕掛けに肘をつき、二人の王を見下ろしているのだから彼の部下たちであっても口には出していないものの驚いている。しかも、彼は名を名乗る事もしていなければ玉座から降りてくる素振りすら見せていないのだから。


「それで、お前たちはなんのようでこの場に現れた? 大方の予想はついているが順々に述べよ、聞いてやる」


 その態度は尊大そのもの。このような話し方を彼がしたことは、この場にいる誰の記憶にもない。


「貴様っ、いつからそんな大物になった」


「俺は大物になったつもりなどない。ただ周瑜、お前がそのように感じるのであれば俺が大物なのではなく、お前達が小者なのだ」


 見下ろす瞳が冷酷であればまだ良かっただろう。だが、彼の瞳は底の見えない奈落そのもの。言葉を受けた周瑜は反論を口にするよりもまず先に自分と孫策の命の心配をしてしまう。感情が見えないどころではない。その瞳を見たとき、彼女は自分自身の存在が飲み込まれてしまうような錯覚を体験していた。


「袁術をどうにかしたいのよ」


 しばらく続いた沈黙を破ったのは曹操の声。


 袁術。

 かつて大陸北方に強大な領土を持っていた袁紹と血縁関係に有り、孫堅が玉座を空座にした際に孫呉を牛耳った人物。反董卓連合後は孫呉を取り戻した孫策の領地内で何度も反乱の芽を作り上げては鎮圧されている。


「だろうな。お前にしてみればあれは周囲を飛び交うヤブ蚊の群れ。気に止めずにおけるものでもなければ、容易に殲滅していいものでもない」


「そう、扱いに困っているのよ」


「だがいいのか? 同盟の血判状に連ねたとおり、俺が関われば孫呉は俺が滅ぼしてしまうかもしれんぞ? 別の視点から見れば曹魏を滅ぼす方が先決かもしれん」


「それは」


 伊邪那岐の狙いはまさにそれ。膠着状態になってしまった場合のことを考え、血判状の二文目を書いたこと。もともと袁術が滅びていないことを知っていた彼は彼女の動向にも気を配っていた。派手好きな袁家の血統が黙ったままでいるわけがないのだ。だが、


「陛下、失礼いたします」


 肩で息をしながら一人の兵士がいきなり飛び込んでくる。それを見るなり玉座から降り兵士のいるところまで彼は近寄る。


「何事だ?」


「はっ。袁術の軍勢が我が国に向けて進行中とのこと。その数およそ八千、行群速度を考えればおよそ二刻後に城壁付近まで来ることが予想されます」


「なるほど、報告確かに受け取った」


 その言葉を吐きだし、彼は周瑜と荀彧の二人へと視線を向けてため息をつく。


「お前らの狙いはこれか。わざわざこの国にまで足を運んできたかと思えば、最初から俺を巻き込むつもりだったようだな」


 彼の言葉を受けて二人の軍師はニヤリと嫌な笑みを浮かべる。

 派手好きの袁術。彼女が王の留守中に国に攻め入ることはまずありえない。だが、自分の倒したい相手が一箇所にまとまっていることを突き止めることができたとしたら、迷わずに突き進んでくる。それが圧倒的な国力を持つ相手だったとしても彼女の頭の中には残念ながら、敗北の二文字が抜け落ちてしまっているらしい。


「こうなってしまっては仕方ないな」


「どうするつもりだ?」


「大義名分などいらぬがこちらにある。それに、面倒事は早急に片付けるに限る」


 その言葉は以前の彼と同じ温度の感じられない鉄の声。だが、その次の言葉は誰もが確信できるほどの殺意に塗り固められたもの。


「少し席を空ける。俺が、殺し尽くしてくる」



ちびっこが調子に乗ると?

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