第八十二幕
前回のあらすじ
そのデレをもうちょっと強く出そうよ
「正気なの? おねえちゃん。あいつ、二つも年下なのよ? そりゃ、序列に選ばれるぐらいだから多少はできるんでしょうけど、あたしは納得いかない」
「人の決定に口を挟まない。それに、いくら妹だからってそれ以上くだらないことを口にしたら容赦しないわよ、咲耶」
それはこの大陸に来るよりも前のこと。伊邪那岐と一緒になると口にした鈿女に対し、咲耶は納得がいかないと事あるごとに口にしていた。
「そりゃ、顔は夜刀ほどよくないし、腕も布都ほどないし、体格だって火具土より小さい。でもそんなことは小さいことよ。あたしがあいつを選んだ、あいつもあたしを選んでくれた。一緒になるのに必要な理由なんてそれだけで十分」
「自分で言っといてなんだけど、あたしはそこまであいつを馬鹿にしてないわよ? でもさぁ、どうしてあいつを選んだわけ? あたしにはそれが理解できないんだけど」
序列に名を連ねることを拒否したものの、鈿女の実力を彼女はよく知っている。双子の姉であることを抜きにしても、容姿より強さを重要視する一族で鈿女に求婚して来る人間は少なくなかった。それを全て相手の男性を叩きのめす形で返事をした鈿女が、どうしてたった一人の人間を選んだのか? それが彼女にはわからない。
「どうしてって言われても、理由なんて大概後付けになっちゃうのよ。直感でこいつじゃなかったらダメだって思ったら、他のことなんてどうでも良くなっちゃうもの。ほら、恋は盲目って言うでしょ?」
「いや、言うでしょって言われても」
「なんていうか、母性本能くすぐられちゃったのよ。心も体も悲鳴あげてるのに、やせ我慢して声を押し殺して一歩踏み出すあいつに。あたしがこいつを守ってあげなくっちゃダメなんだって」
楽しげに語る鈿女の表情は咲耶が見たこともないほど優しく、恋をしている乙女そのもの。
「いつかあんたにも分かる日が来るわよ。自分の気持ちを抑えられないような人間に出会ったなら。それまでは、どう頭をひねったところであたしの気持ちは理解なんでできないわ」
「そんなもんかなぁ?」
「そんなもんよ。ついでにいいことを教えてあげるから、覚えておきなさい」
鈿女は指を二本立てて言葉を口にする。
「ひとつ、好きな人間を馬鹿にされたときの恋する乙女は無敵だってこと。序列一位の布都だってぶちのめして見せてあげるわよ。そしてもう一つ、惚れた男のことを侮辱されたら絶対に許しちゃいけないってこと。もし口にしたら、序列一位の布都だって切り刻んてあげるわ」
「布都のこと嫌いなの? それと、二つともおんなじことを言ってる気がするのは気のせいだったりする?」
「細かいことは気にしない。ようするに、惚れた男を侮辱されるってことは、惚れた男だけじゃなくって自分まで馬鹿にされたってこと。相手が誰であってもひいちゃダメよ、それがたとえ布都でも」
「そうとう、布都のこと嫌いなのね」
◆◆◆◆◆◆◆◆
「おねえちゃんの言ってたことがようやく理解できたわ。まったく、あんな言葉を理解するのにこんなに時間がかかるなんて思ってもみなかった」
「おまえ、何を言っている」
「こっちの話よ」
その言葉と共に一気に魏延との距離を詰めた咲耶は、逆手に握った小刀の柄頭を魏延の鳩尾へと叩き込む。すると当然、衝撃によって魏延の体は前のめりになり、がら空きとなった背中に刃を返して峰で攻撃を叩き込む。舞台に音を立てて叩きつけられる魏延の体。それから視線を逸らすことなく咲耶は言葉を紡ぐ。
「一つ目の勘違い。あんたたちは一人の例外もなくあいつの手によって守られている」
「なんだとっ」
「考えてもみなさいよ? 愛紗が帰ってきてもあなたたちの安全が確保されているのは何故なのか。普通、追い出されるに決まってるでしょ。それなのに、あんたたちはこの国でのうのうと生活してる。仕事もせずに」
魏延の顎を右足で蹴り上げ、彼女は続ける。
「あいつがみんなに頭を下げて頼んだからに決まってるでしょうがっ。「決断を下すのには時間がかかる。長い目で見守ってやれ」って、反対したあたしたちに頭下げてお願いしたりしなけりゃ、半年前に国から放り出されてたっておかしくないわよっ」
「馬鹿なっ」
「信じる信じないはご自由に。続けて二つ目の勘違い。あんたたちは一人の例外もなくあいつの世話になり続けている」
小刀を握ったまま魏延の髪の毛を掴んで起き上がらせた彼女は、今度は柄頭で左側から顎を強打する。
「これまた考えればすぐに分かることよ。なんで働いてもいないあんたたちがなんの苦労もせずに人並みに生活できているか」
「客人に対する、礼儀だろうがっ」
「半年以上もいるあんたたちが、いつまでも客人としての扱いを受けていられるわけ無いでしょうがっ。ただの寄生虫か穀潰しよ。それに、あんたたちの生活に関するお金は国から一切出してないわ」
「それは、どういうことですか?」
咲耶の言葉を聞いて声を張り上げる黄忠。彼女だけでなくほとんどの人間がおかしいと思いながらも口に出していなかっただけなのだ。
「あんたたちの生活に関わるお金は全て、あいつが個人的にまかなっているものよ。「国の財は民のためのもの。俺ひとりの我が儘のために使うわけにはいかん」って、半年間ずっと自分の懐からあんたたちの生活費を捻出してんのよ」
その言葉を受け、魏延だけでなくその場にいた黄忠に厳顔、関羽と張飛、公孫賛までもが絶句する。
「三つ目の勘違い。あんたたちはあいつが好き好んで悪を行ってると思ってるみたいだけど、それは目的があるから。悪を行うたびにあいつの心が傷ついていくことをあんたたちは全く知らない」
「目的じゃと?」
「ええ。聞いたらあんたたちもしばらく口を開くことなんてできないわよ。あいつの目的は、全ての悪を背負ってこの大陸をひとつにまとめたあと、全ての悪を道連れに命を絶つこと。争いのない平和な世界を作るためには、共通の敵が死ぬことが最も手っ取り早い。その為にあいつは人柱になるつもりなのよっ」
言葉とともに彼女の瞳から涙がこぼれ落ちる。彼女だってこの決断を認めたくない。自分が愛した男が死ぬことを目的としているなんて認められるはずがない。それでも、彼女が惚れた男は実行してしまう。誰よりも優しく、誰よりも傷ついているくせにこの大陸に生きる者たちを救うために。
「あんたたちにあいつの何がわかるって言うのよっ。自分を犠牲にして、幸せを遠ざけて、明るい世界に憧れながらも背を向けて闇に堕ちていく。あいつの何を、痛みも苦しみも願いも決意も、何一つとして知らないあんたたちがあいつのことを気軽に侮辱するなんてあたしが絶対に許さない」
愕然とする魏延からは既に闘志を感じない。
「だから、あたしがあんたをこの場で殺す」
言葉ともに魏延の髪から手を離し、咲耶の刀がひらめく。そこから繰り出されるのは殺戮技巧、漆の座、大蟹。
「俺が眠っている間に何があったのか、あえて俺は聞かん。だが、お前が刀を抜く程の事態が起こっていたとは俺には到底思えんぞ?」
それはまさに神業。魏延の首を刎ねようと繰り出された二刀を一瞬でさばき、小刀を鞘に収めるだけでなく、魏延と距離をとって咲耶を抱き上げている伊邪那岐。
「ちょっと、なんであんたが出てくんのよっ。あたしは礼儀知らずの馬鹿の勘違いを叩き直してあげないといけないのに」
「俺が出てきた理由など決まっている。俺の妻が泣いていた、ならばその涙を拭ってやることが俺の役目。それぐらいで十分なはずだ」
「だからって」
彼の着物を掴んで泣いてしまう咲耶。それをため息ついてみた彼は、
「布都、こいつのことと俺の体調を考えて今日はもう帰ることにする。収集はお前に任せる。あと済まないが、あすの仕切りはお前と碧の二人で頼む。流石にこれ以上無茶をすれば、俺が妻たちに殺されかねん。ではな」
布都の返答を聞くこともせずに歩法を使ってその場からすぐに消えてしまう。
「まったく、陛下にも困ったものだ。皆の者、二日目はこれにて幕とする。明日の準備もあるだろう。祭りの終わりを盛り上げるためにも皆の力を貸してくれっ」
歓声が湧き上がる中、冷たい声で布都は告げる。
「咲耶の言葉通り、俺たちは既に貴様らに対して殺意を抑えることに限界を覚えている。結論は早めに出すことだ。陛下の体調が戻り次第、貴様らの返答を聞く。重ねて言っておく、俺は陛下のように優しくない、甘くない。貴様らの返答いかんによっては、俺は陛下に怒られようとも貴様らの命を貰い受ける」
デレの部分が出てくるとツンデレって素敵だと思う




