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恋姫異聞録~Blade Storm~  作者: PON
第三章 大陸玉座
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第八十幕

前回のあらすじ

月読って尻に敷かれそうだよね?

 宴の二日目。

 先日の軍師対決において勝利を収められなかった劉備たち一行の気合の入りようは尋常なものではない。そしてそれは麟の面々も同じ。片方は王への道を再び開くため、もう片方は王の信頼に応えるため、理由は違えど臨む姿勢は似通っている。


 気合十分といった感じで入場してくるのは関羽を先頭に張飛、魏延、公孫賛、黄忠と厳顔の六名。そして、それに歩幅を合わせるように張遼を先頭に華雄、姜維、呂布の四名が現れ、最後の一人が入場してきた瞬間、観客席に腰掛けていた伊邪那岐が大声を上げて立ち上がった。


「阿呆かっ、どうしてお前がそこにいる。お前が参加してしまったらまるで意味がなくなってしまうだろうがっ」


「俺も肩書きとしてはお前の部下。参加していたとしても問題はないはずだが?」


「大ありだ。お前ほどの人間が参加してしまえば、他の誰が勝てると思っているのだ」


「そう言うな。俺とて久しぶりに体を動かしたいのだ。それに」


「妻にいい格好を見せたいとでもつなげるつもりか?」


「なっ、決してそんな邪な考えは」


「ないと言えるのか? 本当に?」


「いや、多少はあるが」


 伊邪那岐が参加者に対してここまで異議を申し立てるのには理由がある。最後に姿を現したのは現在、副王の座についている布都。これが彼でなければここまで伊邪那岐もしつこく食い下がろうとはしなかっただろう。


「それで、なぜ参加したのだ?」


「実は俺にも欲しい褒美があってな」


「ならばそれを口にしろ、すぐに叶えてやる。だから、その代わり参加を取りやめろ」


「それはできぬ。ここに居る俺は一人の男。優遇を受けてしまっては他の者たちに示しというものがつかない」


「正論を盾にするとは、相変わらず賢しい奴だ。ならばこれだけは約束しろ、他の追随を許さず圧倒的に勝て」


「これほどの面子を相手になかなか無茶を言ってくれる」


「できるのか? できないのか?」


「それで参加できるというのであれば、致し方あるまい」


 布都の言葉を受け、それ以上言葉を発することなく伊邪那岐は自分の席に再び腰掛ける。ただ、彼が明らかに不機嫌だということは誰の目にも明らか。


「陛下、布都殿の参加にどうしてそこまでこだわられるのですか? 良いではないですか、あの方も男。滾る心を抑えるのは酷というもの」


「あいつの心がこの程度の状況で滾るものか」


 気遣って声をかけてきた馬騰への返答も不満げ。しかし、馬騰はそんな彼から距離を取るわけでもなく、微笑しながら隣に腰を下ろす。


「そうは言いますが、この場に集った者たちは皆一騎当千の猛者ばかり。布都殿がどれほど強いのか存じてはおりませんが、結果はわからないのではありませんか?」


「碧、お前はあいつの戦いを見たことはあるか?」


「いえ、ありません」


「月はあるか?」


「私も残念ながら」


 返ってきた答えを受け彼は大きくため息をつく。


「ならば見ていろ、決して瞬きをせずに。俺がどうしてあいつの参加に異を唱えたか、その理由がすぐにわかる」


 そうして彼は瞳を閉じる。どうやら彼には試合を見ると言うつもりが全くないらしい。対して彼が口にした内容を理解できていないふたりは首をかしげながら舞台へと視線を移動させる。


 対戦形式は総当たり戦。敗北条件は己で敗北を認めるか、舞台から落ちて地面に足をついてしまうこと。武器の刃は先日の軍師たちの戦同様に潰してあるため、命を失うという最悪の結果は避けられることだろう。


「「それでは、始めっ」」


 舞台で司会を務める主審である黄忠、副審である厳顔の声が重なる。

 一斉に駆け出す武将たち。ただ、会場全体が次の瞬間静寂に支配され、誰ひとりとして声を発することを忘れてしまっていた。


 舞台上に立っているのは主審と副審の二名を除けば布都ただ一人。出場した武将たち全員舞台から弾き出され、自分たちの身に何が起こったのか理解できていない。当然、観客席にいる人間も同じ様に事態を把握できていない。それほどまでに一瞬の出来事。


「終わったぞ?」


「しょっ、勝者、布都」


 布都の言葉を受け、ようやく勝機を取り戻した黄忠が勝者の名を告げる。


「あいつめ、月にいいところを見せたいと言っておきながら早すぎだろうに」


「陛下、今のは?」


 黄忠の声を聞き、つまらなそうに瞳を開く伊邪那岐。その隣では信じられないといった表情を浮かべている馬騰の姿。


「気が向いたら後で説明してやる」


 そう口にして彼は観客席から舞台へと移動し、


「それで、お前が望む褒美とはなんぞ?」


「俺の望む褒美はただ一つ。伊邪那岐、この場で俺と立ち会え。ただし手を抜くことなく、本気で」


 布都の言葉を受けて頭を右手で軽くかく。


「この場でお前と立ち会えと?」


「ああ。こうでもしなければ何かと理由をつけ、お前は俺と剣を交えようとしない。だから、強硬策を取らせてもらった」


 刀の切っ先を伊邪那岐へと向け、布都は闘気とともに言葉を吐き出す。そのせいで舞台上にいた二人は体をこわばらせ、腰が引けてしまっている。


「後悔しても知らぬぞ?」


「後悔などするものか、俺が望んだことだ」


 ため息をついた伊邪那岐だったが、それ以上言葉を紡ぐつもりはないらしく舞台の横に置いてある籠から刀をひと振り取り出して腰に差すとすぐさま抜き放つ。


「「黄忠に厳顔、舞台からとっとと降りろ。邪魔以外の何物でもない」」


 伊邪那岐と布都の言葉が重なる。そしてそれは同時に戦闘開始の合図でもあった。


 刃を合わせ合う二人。

 しかしそれも一瞬のこと。次の瞬間には磁石に弾かれたように二人の間には距離が生じている。交錯は一瞬だけ。だが、二人が刃をぶつけ合う衝撃は波となって会場全体を揺らす。ぶつかっては弾かれ、弾かれてはぶつかることの繰り返し。互いが互いに自分の間合いを調整し、相手を間合いに招き入れ、自分が踏み込めば相手を弾き飛ばす。一見、同じことの繰り返しのように思えるがその実、衝突を繰り返すたびに二人の手数は増加の一途をたどっている。それでもお互いに無傷で、着物に傷をつけることさえできていない。これがどちらかが違う人間であったなら勝負は最初の一合で決していたことだろう。


「体は暖まったか? 伊邪那岐」


「お前こそ準備運動ぐらいにはなったか? 布都」


 十数回の衝突を繰り返し、二人はようやく口を開く。やけに二人の声がはっきりと聞こえるのは、観客席にいる人間だけでなく舞台から落とされた武将たちも言葉を発することなく、目の前の光景に魅入ってしまっているからだろう。過去、剣の一族においてその才能を規格外と賞賛された者と、その才能を反則と危険視された者。この場所にいる人間は誰も知らない。彼らがかつて一度だけ本気で殺しあったという事実を。


 言葉に少し遅れて布都はこの大陸に来て初めて構えを取る。二本の刀を逆手に持ち、極端な前傾姿勢。それを見て伊邪那岐もこの大陸に来て初めて構えを取る。開いた左手の甲に刀の峰を乗せ、右足を引いての半身の姿勢。


 剣の一族の戦闘技法において、構えというものは存在していない。それは常に自然体を心がけ、常在戦場を旨としている為偏った戦闘技術に頼ることをよしとしていないから。だが、二人は構えを取った。それは己に一番適した戦い方をしなければ、目の前の相手に確実に殺されるという相互認識からくるもの。


 まるで示し合わせたかのように、もしくはひかれあう磁石のように二人は同時に地面を蹴る。先に動いたのは布都。彼のこの独特の構えから繰り出される技は唯一つ。唯一無二、彼にしか使えず絶対の自信を持つ彼独自の技。


 殺戮技巧外伝、猛禽双翼そうよく

 逆手からの二連続攻撃から始まり、斬撃終了と共に刀の持ち手を返して追い討ちの二連撃を繰り出す技。ただでさえ対応しにくい下段からの二方向からの攻撃に加え、それを回避できたとしても違う軌跡を描く攻撃が間断なく襲いかかってくる。しかもその斬撃の速度たるや神速のごとし。


 それを迎え撃つのもまた、伊邪那岐独自の技。かつてこの技を受け、布都は右頬に刀傷を残している。


 殺戮技巧外伝、荒蛇刺突あらばみ

 左側からの攻撃を空いた左手で落とし、右側からの攻撃であれば刀を峰で滑らせ持ち手を右から左へと変え、攻撃を無力化して確実に相手を仕留める変化形の突き技。俯瞰絵図という緻密にして広大な知覚範囲があるからこそ可能となる攻防一体の技にして、布都の右頬に消えない傷を残した技でもある。


 交錯は一瞬。

 片方は刀を地面へと突き刺し、もう片方は獲物を手放して地面に仰向けに寝転んでいる。勝敗を決めたのは布都の刀が重なった瞬間。その瞬間に合わせて歩法で加速した伊邪那岐は左手の掌で刀を叩き落とし、勢いを殺すことなく左足で布都の胸を踏みつけて見下ろしている。


「十戦中、一敗八分けにしてようやく一勝といったところか。勝利を得るまでに随分と長い時間をかけたものだ」


「並ばれたというよりは、追い越された感覚だな」


「だったら再び並べるように切磋琢磨することだ。お前は敗北を認めることができる強き者なのだから」


「ふぅ、簡単に言ってくれる。だがそれをお前が望むというのなら投げ出すわけにはいかんのだろうな」


 布都から足をどけ、右手を差し出してくる伊邪那岐。その手を力強く握って立ち上がった布都は、彼にだけ聞こえるように言葉を吐き出す。


「今回は俺の負けだ。だが、次こそは俺が勝つ」



補足しておくと布都は天才ですが、伊邪那岐は秀才です

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