第七十九幕
前回のあらすじ
嫁、増殖中!!!
時は流れ、宴の一日目。
参加を表明した軍師は月読、賈ク、司馬懿、諸葛亮、鳳統の五名。皆それぞれがこれから発表されるであろう内容に心を躍らせていた。
「さて、これより軍師の智謀を競う内容を説明させてもらう。敵は己以外の四名全て、兵の数はそれぞれ五百。勝利条件は本陣を落とす、もしくは敵軍師の被っている烏帽子を奪うこと。制限時間は二刻。同盟を組む、罠を張る、布陣を決める。好きにするが良い。二刻後に残っていた部隊を率いていた軍師一名にのみ褒美を与える」
伊邪那岐の口から放たれた内容。それは五人全員が敵となる総当たり戦。そしてなんといっても彼は一名といった。
「ひとつ聞いてもよろしいでしょうか?」
「なんぞ?」
「軍師が二人残っていた場合はどうなるのでしょうか?」
「ああ、その場合の褒美はなしだ。俺は口にしたはずだ、一名にのみ褒美を与えると。褒美を山分けにできるなどと思うな。勝ってその手で掴み取れ」
「準備にかけていい時間は?」
「そうだな、切れ者ぞろいのお前らだ。四半刻あれば十分だろう」
その言葉を受け、全員が愕然とする。五百の指揮を取る戦で、準備に費やせる時間はわずか三十分足らず。しかも、自分以外の四人を全て倒さなければ褒美を得ることはできない状況。
「質問は以上か? ならば、お前たちのその智謀、俺に魅せつけてみよ!!!」
放たれた言葉を受け、早速自陣へと行き作戦を練り始める軍師たち。そんな彼らを見ながら、伊邪那岐は用意してもらった椅子に腰を下ろす。
「伊邪那岐、お前もなかなかに意地が悪いな。要するに自分の陣営の四倍の数をはねのけ、勝利を勝ち取れと言うことだろう?」
「布都。月は参加しなかったみたいだな?」
「彼女は今が十分幸せだから褒美に興味などないそうだ。さすがは俺の妻、出来た女だ」
「のろけるなよ、阿呆」
布都の言葉を受けて彼はため息をついてしまう。
事実、布都の言っていることは的を射ているのだが、伊邪那岐の考えは違う。限られた時間、兵力を活かし自身よりも強大な相手に打ち勝つ。そのための知識を絞り出すことができなければ軍師という任は決して務めることができない。
「お前は誰が優勝すると思っているのだ?」
「現状ではわからん」
「お前なぁ」
「この戦で重要なのは流れを読むこと、決断することの二つ。同盟に裏切りはつきもの、さらに罠も張られている状況。戦略だけでなく観察眼も重要視されてくるし、自分以外の勢力を四つはともかく、少なくとも二つ。自分の思い通りに動かせなければ勝ちの目は薄い。勝敗はともかくとして、あいつらに経験を積ませるにはいい機会だ」
楽しげに口にする伊邪那岐を見て、布都はあることに気づく。彼の周囲にいるはずの人間がいないことに。
「お前、妻たちはどうした?」
「あいつらは五月蝿いから置いてきた」
「置いてきた?」
「なんでも今度は食事で勝負をするらしい。ならば夕餉を用意しておいてくれと頼んでおいた」
先日、伊邪那岐の正式な妻となった天照、咲耶、凶星の三人。ただ、彼女たちは彼に優劣を決めて欲しいらしく、常日頃から何かと競い合うようになってしまっていた。
「なるほど。それで聞いておきたいのだが、伊邪那岐? お前、軍師たちと同じ状況になった場合、勝てるか?」
「どうだろうな?」
「疑問に疑問で答えるな。俺は真剣に聞いているのだぞ」
「仕方なかろう。俺は命がかかった戦しかしたことがない。このように誰かに魅せる状況なら、俺は三分七分で敗北する。ただ、兵の命がかかっている状況だというのなら、九分一分にまで戦況を変えてやる」
その言葉を聞いて布都は顔から血の気が引いていく音を自分で聞いてしまう。伊邪那岐だけでなく彼もまた、このような状況で戦をした経験などない。だが、それよりも恐ろしいと感じたのは、圧倒的不利な状況を覆すと口にしたこと。伊邪那岐は今でこそ王という任についているが元々軍師。その彼が口にするのだから戦力分析は確かなのだろう。
「まぁ、俺のことなど今はどうでもいい。とくと魅せてもらおうではないか、あ奴らの智謀を」
◆◆◆◆◆◆◆◆
準備時間を終え、戦がちょうど開始されてから一刻後。
戦場を離脱したものの数は月読が四十、司馬懿が二十、諸葛亮と鳳統が損耗なし、賈クが百。あらかじめ兵士たちに与えられた武器は刃を潰され、鎧は当たれば変色する細工が施されている。
「さぁ、受付はもうすぐ終わりますぞ? 他に買う者はおられぬか?」
そんな中楽しげに声を張り上げていたのは趙雲。彼女の背後には大きな板があり、そこには現在競い合っている軍師の名前と残っている兵士の数、そしてその隣に何やら数字が書かれている。
「星、お前は何をやっているのだ。こんな場所で賭け事の胴元など、将たる者のやるべきことではないぞ」
「うっ、副王陛下」
「ああなるほど、となりの数字は倍率というわけか」
布都とともに移動した伊邪那岐は板に書かれている数字を見て、納得が言ったように手を叩く。最近、感情表現が豊かになってきたのは彼が成長した証だろう。
「伊邪那岐、お前も何か言ってやれ」
「ああ布都、此度は祭りなのだからこれぐらい大目に見てやれ。あまり締め付けすぎるとかえって反発を招くぞ?」
「だがっ、これでは他の者に示しが」
「さすがは陛下、副王陛下と違って話せますな」
諌めて欲しかった布都だが、当の本人は止める気がないらしく胴元の趙雲に同調してしまっている。
「それで、陛下も一口いかがですか?」
「星っ」
「状況はどうなっている?」
彼の言葉を受け、机と地図を用意して石を配置していく趙雲。並べ終わった時、彼は懐から取り出した筆を回しており、隣にいる布都は右手で頭を抱えていた。
「一口いくらになる?」
「買うのかっ」
「どなたになさいますか? こちらとしては本命が諸葛亮殿に月読殿、対抗が鳳統殿、大穴が賈ク殿となっており、注意が司馬懿殿となっておりますが?」
筆を懐へと収め、軽く瞳を閉じた彼は瞳を開くなり、楽しげに財布を懐から出して机へと置く。
「これで買えるだけくれ。買うのは、賈クだ」
「ほう、賈ク殿ですか? 時間的にもうすぐ受付を終了しますゆえ、考え直す時間はありませんがよろしいのですか?」
「無論だ」
そう口にして趙雲から大量の札を受け取った伊邪那岐は、先程まで座っていた椅子に腰を下ろし、札の半分を布都へと渡す。
「お前なぁ、少しは金の使い方というものをだな」
「それはお前の取り分だ、月に着物の一つでも買ってやれ。残った俺の分は国の予算へと当てる」
「そういう皮算用はしないほうがいいと思うが?」
「皮算用ではない。戦況と兵の配置を考慮し、導き出した結果だ。先程と違って今なら断言できる。この戦、勝つのは賈クだ」
「どうして断言できる。まだ残り時刻は一刻あるというのに」
「勝負を決めるのに一刻も必要はない。なかなかどうして強かなやつだよ、命のかかった戦でこのような策を用いれば俺は確実にあいつに説教をするだろうが」
唇の端を吊り上げ、顎を手に乗せて伊邪那岐は口にする。
「まぁ、ゆっくりと見ておけ。中々痛快な結果となるから」
◆◆◆◆◆◆◆◆
半刻後、戦は彼の言葉どおり終結し敗北したものは肩を落とし、勝利したものは胸を張って伊邪那岐と布都、二人の前へと歩み出てくる。
「結果は火を見るよりも明らかだな、褒美取らせよう。お前の望みを遠慮せずに口にしてくれ、詠。っとその前に、今回負けた者たちの敗因を教えてやろう」
彼の言葉を受けてこの戦の勝利者である賈クは一歩前へと出て頭を垂れる。彼女に目立った変化はないが、他の軍師たちの服は泥にまみれ烏帽子は奪われてあるべき場所にない。
勝敗を分けたのは賈クが兵力を半分まで減らし、他の陣営が彼女の本陣を一気に攻め落とそうとした時の背後からの奇襲。本陣深くに罠を張り、他の軍師たちが勝利を確信した瞬間に彼らの用心のさらにその上をいった彼女の策。
弱者から潰していくのは戦場の鉄則。軍師たちはそのことを重々承知していたからこそ、賈クを最初に潰そうと動いた。だが、それこそが彼女の策。彼女は悪戯に兵力を失ったのではない。自分が手足のごとく動かせる人数にまで兵士の数を削ったに過ぎない。自らを不利な状況においたと相手に錯覚させて相手を誘い込み、その喉元を一切の容赦なく刈り取る。彼女の今回用いた策は伊邪那岐がかつて使った空城の計によく似ていた。
「月読と牡丹、お前らの敗因はズバリ目の前の欲に目を眩ませてしまったことだ。どのような望みがあったかは知らぬが、そんなものは勝ってから考えろ。目の前の餌に釣られて敗北するなどもってのほか。先を見据えるのは悪いことではないが、目の前の敵に全力を注がねば足元を救われること必至。心に留めておけ」
「「はい」」
彼の言葉を受け、月読と司馬懿は先ほどよりも大きく肩を落とす。もし、冷静な部分が残っていたのであれば、諸葛亮と鳳統の両名が賈クを攻めている時の正解は共に攻めることではなく、諦観。そうであれば賈クの策にここまで見事に嵌ることはなかっただろう。ただ、戦場において正しい判断は半分程度しか存在しない。そして加えていうのであれば、敗北は死を意味し、嘆く暇など与えられないのだから。
「諸葛亮に鳳統、お前らの敗因は足並みを揃えすぎたことだ。同盟を組んだことで他の勢力よりも数の上で有利にはなったが、指揮系統を二つに分けてしまった。船頭多くして船山に登ると言うだろうに。さらに言えば戦場では速度が命。巧遅拙速を使い分けなければ生き残ることはできん」
「「はい」」
攻めと守りで指揮系統を分けた二人。ただ、一人で五百を制御し切るには彼女たちには圧倒的に経験が足りなすぎた。机上の空論を論理へと変えるのは戦の前段階。論理と実践ではわけが違う。その誤差を修正する為に事細やかに説明してしまったことも、彼が口にしたとおり大きな敗因。一秒が生死を分ける戦場では策を練り直す時間も伝える時間も限られている。策を練る事、兵の運用がいかにうまくとも制御しきれない人員を抱えていては意味がなくなってしまう。
「まぁ、こんなところだろう。それで、褒美には何を望む?」
「その、えっと、婚姻を認めてくださいっ」
「誰とのだ?」
「その、月読との」
口にした賈クだけでなく、その言葉をきいた月読も顔を真っ赤にしている。それを見て、彼はいつもどおりつまらなそうにため息をつく。
「好きあった男と女が一緒になることを褒美にする阿呆がどこにいる? 一緒になりたいというのであればなればいい。反対する理由もない。それとも、お前ら俺が反対するとでも思っていたのか?」
「でも、僕も月読も結構重要な案件に関わってるし、その、子供とか出来ちゃったら一時的に仕事から離れなくちゃならなくなるし」
「そんな心配は無用だ。詠の言うとおり、お前らが抜ける穴は決して小さくないだろう。だが、家族とは支え合うもの。一人では無理でも五人なら、十人なら? お前らの仕事量を少しずつ分担していけばそれほど大きな負担にはならん」
「本当に、いいの?」
「それ以上つまらないことを口にするのなら、いいかげん俺は怒るぞ? 家族に遠慮などするな、迷惑なんぞ山ほどかけろ。逆にそのような心遣いをされる方が迷惑だ」
「ありがとう」
瞳から涙をこぼしながら何度も頭を下げる賈ク。その様子を見た伊邪那岐は先ほど購入した大量の札を移動して月読に握らせる。
「これは?」
「星がお前らの勝敗で賭けを行っていてな。これは俺が購入したもの、交換すれば大量の金子となろう。これで詠に花嫁衣装でも着せてやれ」
「ありがとうございます」
「礼など口にするな。お前らへのせめてのもの餞別だ」
そして彼は声高らかに謡い上げる。
「これにて一日目を終わりとする。皆の者、帰って宴だ。前途ある二人の輝かしき未来を祈って」
その言葉を受け、この場所にいる兵士たちは右手を高く突き上げて応え、布都は微笑していた。だが、伊邪那岐は釘を指すことを決して忘れない。
「だがまぁ、明日に明後日もある。悪い酒を残すような真似はするでないぞ? 詠、望む褒美は祭りが終わるまでに考えておけ。それと星、逃げるでないぞ?」
逃げたくもなるよね?
だって、大穴を馬鹿みたいに購入されて、
しかも的中させられちゃったんだから




