第七十八幕
前回のあらすじ
袁紹の領地を手に入れたことで国がバカみたくでかくなりやがった
曹魏と同盟を締結し、袁紹を滅ぼしてからおよそ半年。
袁紹の領地を平定し、国土だけで言うなら大陸で一番と呼べるほど大きな国となった麟。その宮で麟の主だった面々と劉備たち一行は集まり、一人の人物を待ち侘びていた。
「皆の者済まない。遅れてしまったようだな」
傍らに輝く銀の輝く体毛を持つ虎を携えながら現れたのは、眠気まなこをこすっている伊邪那岐。
「遅れたのは別に構わない。お前の仕事量を考えればなおさらのこと。だが、それは俺たちも同様。皆を集めた用件を手短に話してくれ」
「相変わらずせっかちだなお前は。そう生き急ぐとすぐにハゲるぞ?」
「俺の髪のことなどどうでもいい」
ため息混じりに言葉を吐きだした布都だったが、欠伸を噛み殺した伊邪那岐に簡単にあしらわれてしまい、本題に入ることができない。
「皆を集めたのは他でもない。祭りを行おうと思ってな」
「祭り、ですか?」
「さよう。この国が産声を上げて近々一年を迎える。それを皆で祝おうと考えてな」
考えてみれば、麟という国は出来てからまだ一年と経っていない。それなのにここまで強く大きな国になったのはひとえに、この場に集まっている者たちの努力の賜物だろう。
「内容は既に考えておられるのですか?」
「ああ。祭りは三日間。一日目に軍師たちに兵の運用を競わせ、二日目には将達に己の武を競わせる。三日目は国中で無礼講の酒宴だ。無論、参加は強制ではない」
「軍師と将、別々に見せ場があると?」
「当然だろう? 比べるものが違うのだから。同じ土俵で白黒つけろということが最初からおかしい」
「褒美は出たりするの?」
「ああ」
そして、次に彼の言葉を聞いて全員が息を飲んでしまう。
「一日目、二日目で最も優秀な成績を収めた軍師と将の一名ずつに望む褒美を与えようと思う。俺にできる限りでしかないが」
「でも、陛下も参加するんでしょ?」
「俺は参加せぬよ。企画側に周り、裏側に徹するつもりだ。今回の祭りの主役は俺ではなくお前たちなのだから」
その言葉を聞いてどよめきが起こる。
この場にいる人間たちは全員、伊邪那岐の技量と智謀を知っている。だから参加したとしても、彼がいたならと望みが立たれてしまうと考えていた。だが、当の本人は参加せずに観る側に回ると言っている。
「なら、あたいが優勝したら桃香様を再び王にすることも叶えてくれるのか?」
そんな中で意を決したように口を開いた魏延。
袁紹の領地を手に入れ、関羽を連れ戻してきたというのに劉備たち一行は未だに彼に対する返事をしていない。それに対して麟の面々が不満を持っているのは既に周知の事実。それなのに、伊邪那岐は返事を要求していないのだから、彼の部下たちはそのことを口にすることができずにいる。
「別に構わぬぞ、それぐらい」
「正気か、伊邪那岐?」
「俺はいつだって正気だ。叶えてやるとも、魏延が優勝したのであれば。無論、魏延だけでなく他の者たちの願いがそれであったときも同じことだ」
それは、伊邪那岐が放った宣戦布告の言葉にほかならない。劉備たちに彼はこう言っているのだ。自分たちの国を取り戻したければ、己の力を示してみろと。
「だがっ」
「もっとも、お前らのうちの誰かが優勝するのはかなり困難を極めると思うが?」
「どういうことだよ、それ?」
「魏延、お前が自分の武に自信を持っているのと同じことだ。俺にも自信があるのだよ。俺の部下たちがお前らに負けるはずがないと。まぁ、勝負は時の運という言葉もある。誰が優勝するかは俺にもわからん。話は以上、追って詳細は伝える」
彼は首を鳴らし、体をほぐしながらその場をあとにする。全員の喉元に刃を突き立てるのと同じぐらいの威力がある言葉を残して。
「勝負は時の運。俺は先ほどそう口にしたが、俺が戦に望むのであれば不確定要素を全て塗りつぶし、一番の不安要素である運すらも塗りつぶして勝利を手に入れる。それぐらいの気概を見せて欲しいものだ」
◆◆◆◆◆◆◆◆
その日の夜、一日の政務を片付け終えた伊邪那岐は天照を伴い、国を一望できるほどの城壁へと着ていた。ただ、城壁とは名ばかりで他国から侵略を受けた際、民の非難する時間を稼ぐための防御壁であり、城を守るためのものでは決してない。この国に城という建造物は存在していないのだから。
「陛下、このような場所に一体何があるというのですか?」
連れてこられたものの、内容は聞かされていない天照。彼女が疑問を口にしたとしても不思議ではない。
「もうすぐ役者が揃う。それまでしばし待て」
城壁に彼が背中を預けて程なくしてその場所に現れたのは凶星と咲耶の二人。ただ、二人も呼び出された内容を知らないらしく、自分たち以外の人物がこの場所にいることに首をかしげてしまっている。
「揃ったようだな」
「陛下、これは?」
「あんた、一体何の用があるの?」
「私も暇じゃないんだけど?」
彼が移動し、城壁に手をついて街を見下ろすのと同時に三人が三人口を開く。
「お前らも見てみろ。中々に壮大な眺めだぞ?」
「それは、そうですが」
「そりゃ、当然だろうけど」
「それはわかってるけど」
三人が自分と同じものを視界に収めたことを確認し、彼は口を開く。
「あの灯り一つ一つがこの国に芽吹いた命。その数を数えることなど、もはや星を数えるのと同じこと。そして、あの灯りと同じぐらいに数え切れない思想があり、望みがあり、それを背負って俺はここに立っている」
見下ろした先にあるのは国中に広がる星の海。彼の言葉通り、そこには民がいて、兵がいて、その数だけ家庭があり、生活がある。
「俺は感謝しているのだよ、お前たちに。俺の力だけではここまで国を大きくすることも、民を守ることもできなかった。俺の力など微々たるもの。王になってから俺はそれを痛感させられた」
「勿体無きお言葉にございます」
「ま、まぁ、感謝の言葉ぐらい受け取ってあげるけど」
「でも、私たちの力を含めてあなたの力。違うの?」
言葉を返され、微笑した彼は空に向かって右手を伸ばす。
「お前たちの瞳に俺がどう映っているのか、俺にはわからない。俺はお前たちではないから。ただ一つ言えることがあるとすれば、俺の手は相変わらず弱くて小さいままだ。鈿女を失った時から、決して変わっていない」
鈿女の名を聞いたとき、三人の心に小さな棘が刺さる。
彼女が死ぬことになった戦の最中、三人は里長の命を受けて里で軟禁状態にされていた。別の場所で戦に参戦していた彼に布都、動けなかった火具土と違って彼女たちは動こうと思えばいつでも動くことができた。それでも動かなかったのは、心の中で鈿女の命が軽いと判断してしまっていたからだろう。今でこそ伊邪那岐と行動を共にしている彼女たちだが、当時は今ほど彼に対して心を寄せていなかったから。
「あんな思いを二度としたくないと腕を磨き、知恵を研鑽しても望む姿にはたどり着けていない。俺にはどこで間違い、どうすればよかったのか? その答えを導き出す力が欠如しているらしい」
「「「そんなこと」」」
「だが、この大陸に来て様々な人に出会い、その心に触れてようやく答えに近づくことはできた」
そこで彼は一度言葉を区切り、
「人は、決して一人では生きていけない生き物なのだな。俺はなんでも自分でやろうと躍起になって、そのせいで間違い続けた。気づくことのできる機会も、伸ばされた手も何度も見落として」
三人は口を挟むことができない。彼の身に起きたことを考えれば、心を閉ざしても、人を信用できなくなってもおかしくはない。それほどの痛みを彼は過去に経験している。
「俺は、祭りが終わり次第、劉備を妻として正式に娶るつもりだ」
「「「えっ?」」」
その言葉を聞いて三人の言葉が重なる。
「あれは、間違わなかった俺だ。あやつであればいずれ、俺を超える王になるだろうよ」
「陛下が、そうお決めになられたのであれば」
「別に誰を娶ろうといいけど」
「私が口を挟めることじゃないし」
言葉では平静を装うとはしているものの、三人の表情はひどく暗い。すぐさま闇に飲み込まれてしまいそうなほどに。
「だが、それはいずれであって今ではない。今はまだ見守り導いていく段階、それまでは俺が守ってやるつもりだ。その為には、俺も支えてくれる人間が欲しい」
「「「えっ?」」」
彼の言葉を受け、三人は再び疑問をそのまま口にしてしまう。現在の彼には副王として布都、相談役としての馬騰がいる。支えとなり得る人物なら既に事足りている。
「お前ら、俺の話をきちんと聞いていなかったようだな?」
「「「うっ」」」
彼女たちの反応を見て、彼はため息をついてから言葉を紡ぐ。
「色々と考えてみてわかったのだが、俺は鈿女と同じようにひどく子供らしい。奪われることがひどく怖く、独占欲が阿呆のように強い」
「鈿女殿は確かに」
「身内だけど弁護できない」
「確かに、あれはひどかったわね」
そこで彼は一度咳払いして、懐から包装された小さな三つの箱を取り出す。
「俺は奪われたくないし、手放したくもない。だから、こんなものを使ってお前たちを繋ぎとめようとしているのだ。我ながら、汚い男だと思うよ」
「これは?」
「嘘?」
「本当に?」
それぞれ手渡された箱の中身を確認して声を上げる。入っていたものは髪飾り。そして、それが意味する行為を彼女たち全員は理解している。
「ものには順序というものがある。そして、過去を忘れるにも時間がかかる。お前らがもし、こんな俺でもいいというのであれば、そばにいてくれるというのであれば、俺とともにあり続けてくれ」
彼が言葉を口にするものの、返答は誰からも返ってこない。それに我慢できなくなった彼は頭を掻きむしり、
「ああもう、こういう時、布都や夜刀であれば口説き文句のひとつでも口にできるのだろうな。本当にこういう時だけはあいつらが羨ましく思える。悪かったな、俺はあいつらと違って女を口説いたことなど片手の指でも余る数しかないのだ。だから、その、なんだ、愛おしいと思うからそばにいて欲しい。こんな言葉しか口にできん」
珍しく感情任せに地団駄を踏みそうになった瞬間、髪飾りを付けた三人にいきなり押し倒された。
「陛下はそのままであり続けてくれれば、それで良いのです。それに、申し訳ありませんが、あの二人を見習われてはこちらが困ります。ただでさえ、伊邪那岐様に想いを寄せる人間は多いのですから」
「天照の言う通りよ。あんたはあんたのままでいいの。気障なセリフを口にするあんたなんて逆に想像できないし」
「でもまぁ、もうちょっと雰囲気は大事にしてもらいたかったわね。三人いっぺんにじゃなくって、せめて一人ずつにしてほしかったわ」
「お前ら、俺に呆れていたのではないのか?」
押し倒されたまま、先ほどの沈黙を勘違いしている伊邪那岐は言葉を口にする。ただ、そんな彼に微笑し、三人は擦り寄ってきた。
「私が伊邪那岐様の求婚を断ることなど、天変地異が起きたとしてもありえません。ですから、これからは正式な妻として愛してください」
「べ、別にあんたからの求婚を待ってたわけじゃないんだから。勘違いしないでよね? あんたが一人が寂しいって言うもんだから、しょうがなくそばにいてあげるだけなんだから」
「ようやく望んでた言葉を聞けてほっとしたわよ。まぁ、二人には悪いけど正室は私で決まりよね、伊邪那岐?」
「あん? あんまり寝言ほざいてるとぶっ殺しますよ? 正室は私です」
「年増が二人共調子にのるんじゃないわよ。私が正室になるに決まってるでしょっ」
「へぇ~、あなたたち二人共譲るつもりないのね。なら、決着ここでつけましょうか?」
「「「上等っ」」」
伊邪那岐から離れ、三人とも戦闘態勢に入る。その背後に龍や虎、鷹が見えるのは彼の気のせいだろう。
「まったく、これからが大変だな」
だが、他人事のように口にした彼の表情は言葉とは裏腹に満足げで、今まで彼女たちが一度たりとも見たことのない屈託のない笑顔を浮かべていた。
昔の人は一夫多妻だったんだってさ。
すごいよね?
今の時代でそんなことやったら心労でたいていの人間がぶっ倒れると思う




