第七十五幕
前回のあらすじ
死ねよ、主人公(´;ω;`)
「陛下、朝やで~」
「陛下、ご起床のお時間です」
翌朝、控えめなノックをして伊邪那岐の寝室を訪れた張遼と華雄の二人。当然のように返事はない。だからこそ二人は彼がまだ眠っているのだろうと思い、室内に足を踏み入れたのだが、室内は二人の予想を裏切ってもぬけの殻。
「なぁ火悲? 陛下はホンマにどこ行ったん?」
「さあ? だが、朝の弱い陛下のこと、昨日から戻られていないと考えたほうがいいだろうな」
華雄は近衛として彼の近くにいた為知っているが、伊邪那岐は極度の低血圧。朝一人で目覚めることはまずない。しかも眠りが深いので、起こしに来たとしても生半可なことでは目を覚まさない。
「ぬっ、先客か?」
「なんや、夏侯惇か」
「なんやとは何だっ。だがまぁいい。それよりも伊邪那岐に私は用があるのだ」
「陛下なら留守だ」
「くそっ、また逃げられた。あいつめ、そんなに私に負けることが怖いかっ」
「それはないだろう、姉者?」
勢いよく現れた夏侯惇の後ろから現れたのはため息混じりの夏侯淵。
「逃げるに負ける? それってどういうことやねん?」
「姉者は伊邪那岐に手合わせを申し込みに来たのだよ。もっとも、通算戦績は姉者の五戦五敗。負け越しというよりは完全に相手にもされていなかった」
「まぁ、当然やろ」
「そのうち伊邪那岐も飽きたのか、姉者からの申し込みを尽く回避するようになってな。それで朝に申し込むようになったのだ」
彼女たちふたりは彼が朝に弱いということを知っているらしい。だから、彼女たちも部屋の主がいないことに首をかしげてしまっている。
「あら、ここは伊邪那岐の寝室じゃなかったかしら?」
そんな彼女たちの背後から声をかけてきたのは曹操。心なしか、幸せオーラが体から迸っているのは決して気のせいではないだろう。
「華琳様、どうしてこちらに?」
「ちょっと用があったのよ。それよりも、あいつがいないなんて珍しいわね? あなたたち、心当たりはある?」
曹操の言葉に張遼と華雄の二人は首を横に振る。
「一体どこに行ったのかしら、あいつ」
◆◆◆◆◆◆◆◆
宮で皆が伊邪那岐を探しているのとほぼ同時刻。
「あれ? 隊長なのっ」
「ホンマに隊長やっ」
「隊長、どうかなされたのですか?」
「ああ、お前らか」
大通りを一人で歩いていた伊邪那岐に声をかけてきたのは、于禁に李典、楽進の仲良し三人組。彼女たちも曹操を通じて誤解が解けたということを聞かされているため、以前と同じように彼に接している。
「なにか探しているように見受けられますが?」
「ああ、ちょっとした買い物をするつもりなのだが、店がどこにあるのかわからん。やはり、地図を書いてもらったほうがよかったかもしれん」
「部下の人に聞けばええのに?」
「今回は訳ありだ。だからあいつらにも知られたくない」
「ふ~ん、だから部下の人がいないのぉ」
袁紹との戦い以降、単独での行動を禁止されている彼。基本的に最低一人を護衛として連れて行くことを布都や馬騰から厳しく言われている。その為、彼は単独で動くことがほとんどできない。おまけに彼の行動パターンを大体の部下が把握してしまっているので尚更。しかし、それで諦める彼ではない。行動パターンや生活リズムが把握されているのであれば、あえてそれをズラしてしまえばいい。そう考え、眠らずに行動したからこそ彼は一人で動けているのだ。
「で、隊長はどこに行きたいんや?」
「困ってる人は見過ごせないのぉ」
「ご迷惑でなければ案内いたしますが?」
「それには及ばんよ。迷いながらでもたどり着くことができるのなら、俺にしてみればそれは苦ではない。むしろ、久方ぶりの自由を満喫しているところなのだ」
そう口にして彼は去っていく。
「やっぱり、隊長は隊長のまんまやね」
「変わってないのぉ」
「やはり、戻ってきてはくれないのだろうか?」
そんな三人に曹操たちが出会うことができたのは、彼女たちが彼と別れてから一刻ほどの時間が経ってからだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
仲良し三人組と別れてから、目当てのモノを購入することができた伊邪那岐だったが、すぐに宮には戻らず悠々気ままに大通りを一人で散策していた。
「あっ、伊邪那岐さん」
「伊邪那岐殿?」
「はぁ、見つかってしまったか。意外と早かったな」
劉備と関羽に声をかけられた彼はため息をつき、自分の短かった自由な時間が終わってしまったことを悔やんでしまう。
「だが、見つかってしまっては仕方ないか」
「何を言っているのですか?」
「なに、ちょっとした愚痴だ。それよりもお前たちは買い物か?」
「はい」
「恥ずかしい話、着替えをあまり持っていなくて」
劉備はにこやかに答えるが、関羽の表情は暗い。おそらく、劉備たちと別れた日のことを思い出しているのだろう。彼女の事情を考えれば、劉備たちと分かれてから地下牢に幽閉されていたので着替えを持っているほうがおかしい。
「そうか。それで、金の方は足りそうか?」
その言葉を聞いて二人は一気に表情を暗くさせる。その様子を見れば、答えは聞かなくてもわかってしまう。
「牡丹の奴に相談すればよかろうに」
「えっと、その」
「さすがにそこまでは」
正確に言えば、彼女たち二人は正式に麟の国、ひいては伊邪那岐の部下になったわけではない。麟に置いてきた者達と話し合い、彼からの提案にきちんとした答えを返してようやくなれるのである。故に、二人は遠慮してしまったのだろう。
「これを使え」
そう口にし、懐から財布を取り出した彼は数枚の貨幣を抜いたあと、残りを財布ごと関羽へと放り投げる。中は確認するまでもなく重く、かなりの金額が入っていることがすぐに理解できる。
「ですが、そこまで甘えるわけには」
「俺は財布をどこかで落としたらしい。その中身を誰が使おうが、俺の知るところではない。ただ、親切な人間がいるのであれば中身はともかく、財布は返してくれるだろうよ」
背を向けて去っていく彼に対し、二人はすぐさま頭を下げる。
「なかなかの男前じゃのう、お主」
「言っている意味はよくわからぬが、とりあえずお前は誰だ?」
「儂か? 儂は見たままの占い師じゃよ」
「占い? 星詠みや託宣の類か。だが、随分と小汚いな。一瞬、物乞いかと思ってしまった」
「知識はあるようじゃな。だが、小汚いとは何じゃっ」
二人と分かれてすぐに彼に声をかけてきたのは、言葉通り身なりに気を使っていない老齢の男性。そもそも、彼の知っている占いの類をする者たちは皆神仏に使える者たちであり、目の前の男性のように黒い外套を目深にかぶっていたりはしない。
「まあよい。儂は今久方ぶりに機嫌がいい。特別にお主を占ってしんぜよう」
「ふむ。それは良かったな」
「おうともっ。ってお主、占うと言っておるのにどうして背中を向ける?」
「そういった類のものには興味がない。他を当たれ」
「なんじゃと? この儂が占ってやると言っておるのに。それを無下にするとは、貴様一体何様のつもりじゃっ」
「俺は俺以外の何者にもなったつもりはない」
足早にその場を去ろうとする伊邪那岐だったが、
「頼む、占わせてくれ。そして料金を置いて行ってくれ。儂はいい加減、あったかい飯にありつきたいのじゃ」
「やはり物乞いの類だったではないか」
着物をいつまでも掴んだまま離さない老人にため息をついて、老人の手を引き剥がし残った貨幣を手渡して歩みを速める。
「お主の生き方は恐ろしく矛盾しておるな。守りたいが故に殺し、恐れるが故に手放し、抱いた小さな望みすらも自らの内側で押し殺す。よくもまぁ、ここまでの人生で破綻しなかったものじゃ。感心するわい」
「ほう」
「それに、その内側に巨大すぎる闇を抱え、同じように強烈な光を宿している。ここまで数奇な運命を背負っているやつもまた、珍しい」
彼から貨幣を受け取った途端に老人が口にし始めた言葉が彼の心を捉える。
「お主はこの先必ず、己の内側にある巨大すぎる闇と戦う。そして、その命を落とすことだろう。お主は確実に敗北を喫する」
「それが、俺の行き着く結末だというなら、受け止めるしかないのだろうな」
「己の死すら受け止めてしまえるとは、お主はやはり面白い」
そこで声を上げて笑った老人は続けて告げる。
「だが、そこでお主は本当の意味で己自身となる。儂の言葉を真と捉えるのであれば、このことだけは決して忘れるでないぞ。お主は、お主を求める声に手を伸ばせ」
「ふっ、何を言うかと思えば。まぁ、先ほどの小銭分の価値はあったか」
今度こそ彼は歩みを止めることなく去っていく。その背中を見送りながら、老人は彼に対して言葉を送る。
「闇が大きければ大きいほど、光もより鮮明に輝く。真龍刀もまた同じ。担い手が望むのであれば、儂らが持っている知識や常識などいとも容易く塗り替える。目覚めるか死ぬか。それはおぬし次第」
老人は皆さん知ってると思いますけど、
あの有名な占い師さんです




