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恋姫異聞録~Blade Storm~  作者: PON
第三章 大陸玉座
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第六十八幕

前回のあらすじ

姜維さんと一緒に寄り道することになりました

「それで、あんた伊邪那岐って言ったっけ? 策は何かあるのか?」


「貴様、口の利き方に気をモゴッ?」


 馬車に劉備と天照の二人を残し、拠点付近まで来た四人。そこで問いかけた姜維が気に入らず、すかさず華雄が文句を口にしようとしたのだが、その途中で張遼に口を抑えられてしまう。


「何か言ったか?」


「気にするな。それよりも策だったな? 簡単だ。俺が囮をやるから、騒ぎに乗じてお前らが女子供を救う」


「「「はぁ?」」」


 三人は異口同音に言葉を吐き出す。姜維は驚きで、華雄と張遼はほとんど呆れるように。


「あんなぁ、囮なら別にうちでも」


「私でも十全に」


「理由はこれまた簡単。俺が男でお前らが女だからだ」


「あんた、男女差別をするつもりかよ」


 理由を口にした伊邪那岐に対してすぐさま文句を口にする姜維。そんな彼女に対して彼はため息を一つ付き、


「別に男女差別をしているわけではない」


「じゃあなんで」


「姜維、お前はそれが別人であったとしても、つい先刻襲われた異性に対して恐怖を感じずにいられるか?」


「「「あっ」」」


 村を襲ったのは姜維の情報が確かであるのなら全員男性。救出側に伊邪那岐が混じっていて、攫われていた女子供が恐怖を感じないとは誰もが言い切れない。むしろ、パニックを起こしてしまう可能性の方が高い。


「理解したな? では、俺は行くぞ」


「ちょい待ちっ」


「お待ちください」


「俺が心配だというのなら、さっさと人質を助け出して俺の方に来ればいい。それが出来ないお前らではあるまい?」


 そして彼は姿を消す。歩法を用いて移動したのだろう。そして、残された彼の部下二人はため息をついたあと立ち上がり、己の獲物を握り締める。


「相変わらず、他人を乗せるのがうまいなぁ。ならいっちょ、その期待に応えたろやないかっ」


「主殿にそこまで言われたのなら、馳せ参じるのが我が務め」


「なぁ、あんたらにとってあの人って何なんだ?」


「「我らが己で決めた主君」」


◆◆◆◆◆◆◆◆


「まったく、錆落としぐらいにはなると思っていたが、これでは寝起きの運動にもならん」


 ため息混じりに肩を鳴らす伊邪那岐。その右手に握られた刀には血が滴り、足元には骸が無数に転がり、もはや地面を覆い尽くしてしまっている。そして、息を乱すことなく返り血の一滴すらついていない着物を翻し、彼は奥へと進んでいく。


 斬り捨てた数は数えて千。姜維の情報が正しければ、頭目である隻竜王以外の全てを彼が斬り捨てた計算になる。


「てめぇ、何処のどいつだ?」


 いきなり乗り込んで伊邪那岐に対し、酒を片手に持ち、もう片方の手は女性の首にかけた男が声を張り上げる。女性の着物は乱れ、強引に犯される一歩手前といったところだろう。女性の大きな瞳には涙が溜まっている。


「俺は、ただの人斬りだ。お前こそ誰なのだ?」


 抜いたままの刀を肩に背負い、彼は問いかける。すると、目の前の男はとても楽しげに名乗りを上げた。


「俺か? 聞いて驚け、俺の名は隻竜王。大陸中に名を轟かせる無法の王。わかったら泣いて許しを乞え」


「なるほど。ならばここがお前の国か。随分と荒んだ国だな」


「てめぇの知ったことじゃねぇ。それより、どうやってここに来やがった? 外には部下どもがいたはずだ」


 隻竜王を名乗る男の問いに対し、彼はつまらなそうに答えてあげる。


「先ほど俺は人斬りと名乗ったはずだ。なら、俺がここにいる時点で外のやつらがどうなっているか。安易に想像できると思うが?」


「馬鹿な、千人はいたはずだぞ? それを全部斬り殺したっていうのかよ、てめぇは」


「途中で数えるのは飽きた。だがまぁ、それぐらいの人数はいたのではないか?」


 目の前の人物に対して、酒に酔っていた男はようやく恐怖を覚える。男はただ、大陸中に悪評が流れている隻竜王の名に便乗しただけの山賊。強者と戦うことを良しとせず、弱者から一方的に略奪を繰り返すだけ。武人でもないただのゴロツキに過ぎない。


「さて、お前には聞きたいことがあるのだが?」


「く、来るんじゃねぇ。女の命がどうなってもいいのか?」


「はぁ。やはりそう来るか」


「獲物を捨てて、土下座しやがれ。さぁ、早く」


「あい分かった」


 男の心に愉悦が入り込んでくる。強引に抱こうと連れてきた女が思わぬところで役にたった。だからこそ男は気づかない。伊邪那岐という人物が、素直に相手の要求を飲むということをしないことに。彼は男の要求通り刀を手放す。それを見て男は下卑た笑みを浮かべたが、次の瞬間、苦痛に顔を歪める。


 殺戮技巧、はちの座、飛燕つばめ

 刀の柄頭に強烈な打撃を加えることにより、自分の思い通りの高さで相手へと回転を加えた獲物を突き立てる奇襲技。今回、伊邪那岐は刀を手放し、右膝で柄頭を叩き男の左肩に刀を突き立てた。ただ、その威力はただの突き技にあらず。獣の顎に食い千切られたかのように、男の左肩は惨たらしく抉られ、かろうじて皮一枚でつながっている程度。刀は刃の中ほどまで背後の壁に埋まっている。


「てめぇ、何しやがるっ」


「要求通り獲物を捨てただけだ。捨て方を指定しなかったお前が悪い」


 獲物を捨てるという行為が奇襲を意味するなど、一体どこの誰が予想できるだろう。仕掛けた本人以外、わかるはずがない。


「ふむ、大事ないようだな」


 移動して刀を壁から引き抜いて鞘に収め、女性の安否を確認した伊邪那岐は視線を男へと移動させる。そこには、残った右手で出血を必死に抑え、蹲っている男の姿。


「伊邪那岐~、無事かぁ~」


「主殿、お怪我は?」


 そんな時姿を現したのは、よほど急いできたのだろう。肩で息をしている張遼と華雄の二人。そして、後を追うように姿を見せた姜維。


「遅かったな、二人共。もう残っていることといえば、後始末だけだぞ?」


 その言葉と彼の姿を見て姜維は驚きを隠せない。この場所に来るまで斬り捨てられた骸の数は千。どれほどの達人であっても呼吸を乱さないだけでなく、返り血を浴びることなく切り伏せることは難しい。それを、自分たちが到着するよりも早く行い、頭目である人物さえ既に倒している状況。目の前の事実を受け入れることを彼女の頭は拒否していた。こんな化物のような腕を持つ人物の名が、どうして大陸で広まっていないのかと。


「ああ、済まん。少し動きすぎて起こしてしまったか。気持ちよく眠っていたところ済まぬな」


 そんな伊邪那岐の懐がもぞもぞと動いたかと思えば、そこから小さな動物が顔を出してきた。銀色の体毛に黒の斑模様。一見、猫にも見えるが間違ってはいけない。この小動物の名はいん。稀少な体毛を持つ虎の子供である。


「もう少しで終わるから、暫し大人しくしていてくれ」


 そう口にして頭を撫でると、銀は喉を鳴らし彼の手に触れようと、短い手を伸ばしてくる。


「さて隻竜王とやら、一つ聞くが、どうしてお前は隻眼ではないのだ?」


「「そこっ?」」


 張遼と華雄はあまりのことに大声を上げてしまう。二人はてっきり、不名誉とはいえ自分の名を騙っていることに彼が怒りを覚え、姜維を手伝うと申し出た。そう思い込んでいた。おそらく、馬車に残っている天照も同じ見解だろう。だが、目の前の人物は違うことに怒りを覚えているらしい。


「大声を出すなよ、二人共」


「いや、だって、なぁ?」


「いえ、ですが、ねぇ?」


「大事なことだぞ? 名を騙るのであれば、たとえ紛い物であろうと姿かたちから入るのは基本中の基本。それすら怠っていては偽物にすらなれん」


 伊邪那岐は右手で銀の相手をしながらつまらなそうに口にする。


「いや、それはそうかもしれへんけど。伊邪那岐、こいつはあんたの名を騙ってたんやで? そのことについて怒りはあらへんの?」


「別に。名前などただの記号でしかない。名前に意味や価値があるとすれば、それはその名前を呼ぶ者がいてこそ。知らぬものが別の誰かの名前を騙っていようが、俺は別に気になどしない。俺の名は、お前らに呼ばれてこそ意味があるのだから」


「そういうものなのか、霞?」


「うちに言われてもわかるわけないやろ」


 二人に対して己の言い分を口にした伊邪那岐は、再び男へと向き直り口を開く。


「だからお前、隻竜王を名乗るのであれば、隻眼としろ。そして、生者を残すな。滅ぼすのであれば徹底的に、殺し尽くせ。お前は中途半端すぎる。俺を真似るのであれば、恨みも怒りも受け入れて背負う覚悟を持て。俺が言いたいのはそれだけだ」


 そして彼は踵を返す。言葉通り、これ以上口にすることはないと態度で示すように。


「主殿、止めを刺さなくてよろしいのですか?」


「捨て置け。どうせあの出血では長く持たん。それに俺は、あのような奴に介錯の刃をくれてやるほど、優しくはない」


 去っていく伊邪那岐と、それに追従する張遼に華雄。そんな彼らを呼び止めたのは偽物でも姜維でもなく、人質とされていた女性だった。


「お待ちください」


「ああ、腰が抜けて立てぬのか。それならばそう言えばいいものを」


「違います」


 女性は、毅然とした態度で立ち上がり衣服の乱れを整えると、伊邪那岐の前まで来ると頭を垂れて臣下の礼をとる。


「命を助けていただき、誠にありがとうございます、隻竜王陛下。我が名は司馬懿しばい。真名は牡丹ぼたんと申します。僭越ながら、私めを貴殿の配下に加えて頂く事を了承していただけないでしょうか?」


「司馬懿? 確か、曹操から再三自分に仕えるよう使いの者を送られている文官がいると聞いた覚えがあるが。お前がそやつだというのか?」


「はい」


 司馬懿は臆することなく答える。彼女の知識には目を見張るものがあり、曹操だけでなく袁紹からも熱烈な勧誘を受けていることは周知の事実。そのこと自体は伊邪那岐も知っている。だが、彼の知っている情報であれば、司馬懿は働くことを拒み、自分の屋敷で引きこもっているはず。


「人手はあって困るものではない。俺に仕えるというのであれば、別に拒む気もないが。一つ聞かせろ。なぜ、俺なのだ?」


「それは、その」


「?」


 司馬懿は袖で顔を隠してはいるものの、隙間から覗く頬が赤くなっていることは隠せていない。そのことに敏感に気づいた張遼と華雄は、呆れたように頭を振っている。伊邪那岐は理解していないが、さっそうと現れ、自分の窮地を救ってくれた人物。それは乙女であれば誰であろうと、その相手を白馬の王子と勘違いしてしまっても不思議ではないのだ。


「まあいい。これ以上些事に時間をかけていては、馬車に残してきた二人がへそを曲げてしまうかもしれん」


 理由を追求することをやめ、歩を進めようとした伊邪那岐だったが、再びその行く手を遮られてしまう。


「なんの真似だ?」


「まさか、本物があんただったなんて。あたいが口にした言葉の数々、非礼をこの場にて謝罪させていただきたい」


「気にするな。隻竜王について回る悪評は誇張されているものの、大体的を射ている。俺は噂通り高潔な人物ではなく、穢れきった罪人だ」


 伊邪那岐はつまらなそうに口にするが、それは姜維にとっては衝撃的なものだった。

 目の前の人物は己の名前に傷が付くことを気にしていない。名を上げる、汚名を返上する。そういったことが当たり前の時代で自分の名について回る悪評を気にもせず、その傷さえも受け止めてしまっている。


「あんたは、大陸中で悪人の代名詞にされてる。それすら気にしないのか?」


「ほう、それはいいことを聞いた。ならば、俺は誰を相手にしてもいかなる手段を使ってもいいということか」


「答えてくれよ。あんた、自分の名前に泥塗って、悪評を喜んで受け取って。一体何がしたいんだよ?」


「大陸を一つの国とする」


「はぁ?」


 姜維は彼の口にした言葉が理解できず、思わず声を上げてしまう。


「肌の色、言葉、性別。人は違うからこそ、他者を虐げる。己よりも下だと見下す。だがそれが家族であったならどうだ? 家族を見下す馬鹿者はいない、違うか?」


「本気で、それを言ってんのかよ?」


「出来るかどうかは、俺にもわからん。ただ、俺の命を賭ける価値は十二分にある」


 その言葉が彼女の心を射抜く。


「さっき、人手が多いにこしたことはないって言ってたよな?」


「ああ、口にしたが?」


「なら、あたいの命もあんたに賭けさせてくれ。名は姜維、真名は紅葉くれは。これより、あたいはあたいの意思で隻竜王の軍門に下る」




まぁ、うん。

乙女心って複雑なんだよ、きっと

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