第六幕
前回のあらすじ
孫策と一緒に曹操に会いにいくことにした主人公
「じゃじゃ馬じゃなくって、私は雪蓮。以後、きちんとそう呼ぶように」
「細かいな。それで、周瑜、お前はどうする。こいつを止めるなら今だぞ。無論、俺は消えさせてもらうが」
訪ねてみると、周瑜は思考を開始。
この場で騒ぎを知っているのは、三人だけ。彼の脱獄を知らせれば、兵を呼ぶことはもちろん可能。犠牲は出るだろうが、孫策の企みは潰すことができる。ただ、彼女がその機を見計らって、姿をくらませる可能性も否定できない。ならば、
「雪蓮をひとりで行かせるわけにはいかない。私も同行しよう」
「いいのか?」
彼の発言は、周瑜の立場を考えてのこと。それを理解したからこそ、彼女は微笑し、
「誰かさんはじゃじゃ馬だからな。面倒を見るものがいないと、危なっかしく、放ってはおけない」
自分も、自分の意志で行動を共にすることを口にした。
「まぁ、今更一人増えたところで、別に構わんが。具体的に、どこへ向かえばいいんだ?」
「曹操の領地は、ここから東に向かったところよ」
「周瑜、お前の苦労が、それとなくわかってきた。かなり、大変そうだな」
「わかってくれるか」
「ああ」
「なによ、二人して、意気投合しちゃって。仲間はずれは良くないわよ」
能天気なのも、ここまでくればある意味才能かもしれない。孫策は、ほとんど思いつきで行動しているようにしか見えない。否、実際に、思いつきで行動をしているのだろう。それを裏付けるように、策に関する手回しも、下準備もしていない。
「周瑜、厩と、そこから一番近い門までの距離は?」
「一里、といったところだな」
「なるほど。門番の数は?」
「この時刻なら、詰所にて仮眠をとっている兵が多い。おそらく三、もしくは四人程度のはずだ」
「ねぇってばぁ」
「時間との勝負だな。門番は交代の時間も含めて、俺がどうにかするとして、馬は、任せてもいいか?」
「ええ。そのほうが効率的でしょうね」
「できれば、門から離れた場所で人目を引く騒ぎを起こしたいが、そう、贅沢も言ってはいられないか」
「なかなかに、お前も策に通じているようだな。どこかで学んだと見える」
「お前じゃない、伊邪那岐だ」
「ならば、私も真名を預けよう、雪蓮も預けたようだし、冥淋だ」
「ねぇってばぁ」
二人が脱出することに関して、彼女の足りない部分を、お互いに策をひねり出していることが、どうやら、彼女の目には自分をのけ者にして、楽しく会話しているように写っていたらしく、頬を膨らませ、二人の肩に手を乗せて強引に自分の方へと振り向かせる。
「二人して、何を楽しそうに。私をのけ者にして、何が楽しいのよ」
「「なら、次からはきちんと策を練ることだ」」
二人に異口同音に言われてしまっては、さすがの孫策といえど、我が儘を通すことは難しい。
「では、頼んだぞ、冥淋」
「そちらもな、伊邪那岐」
互いに微笑み、軽く手をたたきあって、背中を向けて駆け出す。
◆◆◆◆◆◆◆◆
牢を後に、少し寄り道をして、門へと歩みを勧めた伊邪那岐は、茂みに身を潜め、様子を窺う。
門番の数は、周瑜が口にしていた人数と変わりなく、四人。その四人ともが、時刻も時刻ということもあって、眠気と戦うようにあくびを噛み殺している。そんな門番に対し、自分がいる場所とは逆側に、わざと音が鳴るように小石を投擲。それにいち早く反応し、身構えることができたのは、日々の訓練の賜物だろう。ただし、相手が悪かった。そちら側へと意識を向けた門番の背後へ、音もなく瞬時に移動した伊邪那岐は、刀を鞘から抜くことなく、四人の首を打ち据え、意識を刈り取る。
「悪く思うなよ」
一応程度の罪悪感を覚えてしまった伊邪那岐は、声を出して詫びてから、門の閂を外して開門。それに、絶妙というタイミングで孫策と周瑜が馬に乗って、駆けてくる。
そして、二人を一度その場で止め、馬の背中に跨った伊邪那岐は、笑みを浮かべ、声を大にして口にする。その瞳の先には、交代するためにこの場へと来た兵士の姿。
「我が名は伊邪那岐。投獄の代金として、二人は頂いていくぞ」
慌てふためく兵士。眠気など、一瞬で吹き飛んだことだろう。それを尻目に、三人は馬を走らせ、門から外へと駆け抜けていく。
「まったく、伊邪那岐、お前は義理堅い男だな」
馬を走らせ、追っ手が放たれている様子もないことを確認した周瑜は、一度馬を止め、口を開いた。
「どういうこと?」
「こいつは、お前の言葉を、きちんと実行してくれたのだよ」
冥淋は含むように笑う。
あの場所で、伊邪那岐が声を張り上げて言葉を口にすることは、彼らにしてみればデメリットでしかない。だが、それを知ってなお、彼はその行動に出た。それは何故か。
「いいか、雪蓮。私たちが、伊邪那岐と共に国から出れば、私やお前といえど、脱獄の手引きをしたとして、刑罰は免れない。だが、それを強要されたとなれば、話は別。そういうことだ」
「うん?」
孫策には、理解できていなかったようだが、あの暴挙とも呼べる行動の裏を、きちんと周瑜は理解していた。彼は、あの場で、あの言葉を口にしたことで、二人を共犯者という立場ではなく、人質という立場に置き換えた。言うなれば、彼女たち二人の、今後の国における立場を守ったといってもいいだろう。
「さて、腹も減ったことだし、飯にしたいところだが、冥淋、近くの村までどの程度掛かる?」
「順調に行けば、二刻といったところだな」
「まぁ、空腹にはなれているから、それぐらいは我慢できるか」
「だが、一つだけ問題がある」
「ほう、聞いておこう」
「金子がない」
その答えは、孫策に対して責めるべき言葉。策も満足に用意できていないのであれば、当面の食費ぐらいは用意してしかるべき。だが、それすら彼女はしていなかった。
「金子か。これで足りるか?」
そう口にして、伊邪那岐が周瑜へと懐から取り出した、小さな麻袋を投げ渡す。その中身を見て、彼女は顔を上げる。
「これを、いつの間に?」
「褒められた手段ではないが、門へ行く前に拝借してきた」
「本当に、食えぬ男だよ、お前は」
「今は、褒め言葉として受け取っておこう」
「要するに、問題解決ってことよね」
今まで黙していた孫策だったが、二人の会話が終わり、昇る朝日を見つめながら、決意を胸に、天に向けて声を張り上げる。
「曹操、覚悟しておきなさいよ」
抜け目がない主人公