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恋姫異聞録~Blade Storm~  作者: PON
第三章 大陸玉座
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第六十五幕

前回のあらすじ

結構おちゃめだった馬騰さん

 一夜明け、劉備たち一行は玉座の間へと通されていた。

 ただ、名ばかりの玉座の間に彼女たち全員は唖然としている。無理もない、肝心の玉座がどこにもないのだから。だが、通されたこの場所に集結している将軍、軍師の面々を見る限り、この場所がこの国の中心であることは明らか。


「我が名は布都。この国の副王にして陛下の右腕。貴様ら、陛下の慈悲ぶかさに感謝するがいい。突然現れた貴様らを迎え入れただけでなく、忙しい中こうやって会談の席を設けていただけたのだから」


 その声から感じ取れる感情は苛立ち。ただ、劉備たち一行は彼が王だと名乗ったとしても受け入れてしまったことだろう。風格、威厳、存在感のどれをとっても目の前の人物は王としての資質を備えているのだから。


「あらあら、布都殿、脅してしまってはかわいそうですよ?」


「碧殿、あなたも陛下と同じで甘すぎますぞ」


「そうかしらね? 失礼、先に名を名乗っておくべきでしたね。私の名は馬騰。陛下の相談役を務めさせていただいております」


 彼女たちの瞳に映るのは妙齢の美女。だが、布都と同じように目の前の人物もまた、王を名乗っていたとしても不思議ではない程の女傑。過去に一度会っている劉備に張飛、軍師の二人、公孫賛以外は伊邪那岐という人物とは昨日が初対面。目の前にいる二人が従う人物が昨日訪ねてきた男だとは到底信じられないらしく、小声で何やら会話をし始めている。


「それで、伊邪那岐さんは?」


「黙れ、劉備。貴様ごときが陛下の名を口にするとは何事かっ。身の程を弁えろ」


「黙りなさい、劉備。あなたたち程度の方が陛下の名を軽々しく口にするなど、罪深いにも程があります」


 呼び出されたものの一向に姿を現さない伊邪那岐。そのことを疑問に思い、口を開いた劉備だったが、二人の人物から発せられる威圧感に気圧されてしまう。だが、これが本の序の口だということを、彼女を含めこの地に来た者たちは理解できていなかった。


 それは、なんの前触れもなく現れた。一歩ずつ足音を立てて。

 近づいてくる度に心臓は鼓動を早め、体の震えが徐々に大きくなっていく。やけに世界が静かに、そして遅く感じてしまう感覚。その感覚は走馬灯に似ているといってもいい。


「皆の者、済まない。雑務を片付けてきたが故、少し遅れてしまったようだ」


「雑務などほかの誰かに押し付けてしまえば良いものを」


「そう言うな、布都。働かざる者食うべからずと先人も口にしている。王である俺が率先して働かずして誰が働くというのだ?」


「ですが陛下、それでお体を壊されては元もこうもございませんよ? 以前、睡眠薬を盛られたことをお忘れですか?」


「碧、頼むから嫌なことを思い出させないでくれ」


 談笑し、布都を右に、馬騰を左に、中央に立つ伊邪那岐。その雰囲気、風格たるや二人の比ではない。先日の人物と同一人物であることが認められないほどに違いすぎる。それもそのはず、彼は先日個人として劉備たちの話を聞くために足を運んだ。しかし、今は違う。今は王として、劉備たちの返答を聞くためにこの場所に現れた。心構えからして違うのである。


「さて、話が長くなるかもしれんから皆、座っていいぞ」


「えっ?」


 言葉を口にし、率先してその場であぐらをかく伊邪那岐。それに追従するように麟の主だった者たちは皆、床に腰を下ろす。


「お前たちも座っていいぞ。立ったまま話したいというのならば、話は別だが?」


「貴様っ、こちらをバカにするのもいい加減にしろっ」


 そんな彼に対して怒鳴り声を上げたのは右目の辺りだけが白い黒髪の女性。彼女は伊邪那岐を見下ろすように、怒りをぶつけてくる。


「こっちは遠路はるばるやってきたんだ。それを玉座の間に通すこともせず、こんなふざけた応対を取るなんて、馬鹿にするにも程がある」


 彼女の心情は劉備たち一行の総意に近いものがあり、この言葉を咎めようというものがいない。それを敏感に察知し、自分たちの王への侮辱とみなし、各々獲物に手をかけて立ち上がろうとする麟の面々。


「お前、名はなんと申す?」


「我が名は魏延ぎえん。桃香様の剣だっ」


「なるほど。では魏延とやら、お前に一つ尋ねるが、自分たちの置かれている状況を正しく理解しているのか?」


 ため息を一つ付き立ち上がった彼は、部下たちを手で制し魏延と名乗った女性に問いかける。


「わかっているに決まっている。だからここまで来たんだ」


「ならばそれ相応の態度をとるべきだと俺は思うのだが? それと、この国に玉座の間は存在しない。作る必要性が皆無だったからな」


「だからそれをふざけていると言っているのだっ」


「ふざけているのは貴様の方だ、魏延」


 その言葉はまるで圧力を具現化したようなもの。彼女の意思に反して体は地面へと吸い寄せられ、重力が彼女の周囲だけ増加したかのように体を起き上がらせることすらできない。


「郷に入りては郷に従う。あくまで、対等に扱おうと思って座ることを勧めたのだが、逆効果だったようだな。まぁ、見下ろされたいというのであれば叶えてやろう。貴様ら全員、ひれ伏せ」


 その言葉と共に劉備たち一行は誰ひとりの例外もなく、地面へと顔から倒れ大きな音を立てる。瞳だけで確認してみれば、先ほどの体の震えが蘇ってくる。そこにあったのは、無機質で何も映さない、漆黒の闇を流し込んだような伊邪那岐の瞳。彼の瞳には劉備たち一行は映っていない。映っていたとしても、小石や羽虫と同程度にしか彼は認識していないことがはっきりと伝わってくる。


「さて、貴様らの首を刎ねるとするか」


「なっ」


 その言葉を受け、魏延は愕然とする。


「安心しろ。貴様らが連れてきた民たちは家族として迎え入れ、この先を保証してやる。心残りというのであれば、後ほど関羽も送ってやる」


「嘘、でしょ?」


 劉備は茫然自失の状態で言葉を口にする。目の前の人物は口にしたことを確実に行うことができる。彼女たちの望みを叶えることも、それと同様に彼女たちの望みを打ち砕くことも容易に。


「礼儀知らずもここまで来ると、呆れるな。部下も部下なら主も主。名を名乗ることすらせず、こちら側への感謝の意も示さない。そんな奴らと言葉を交わす時間など無駄でしかない。誰か、剣を持て」


 その言葉を受け、彼の言葉の意味を理解した人物がようやく口を開く。


「我が名は諸葛亮。不肖、劉備殿の軍師をさせて頂いております。此度は不躾な訪問にもかかわらず、我らを受け入れて頂き誠にありがとうございます」


「まったく、ようやくか」


 ため息を一つ付き、その場に腰を再び下ろす伊邪那岐。すると、彼女たちにのしかかっていた圧迫感が一瞬で霧散する。


「お互い、王として面を突き合わせたのであれば先に名乗るのが礼儀というもの。それすらせずに話を進められると思うな」


「申し訳ございませんでした。我が名は劉備。部下のことも含め、非礼を詫びさせていただきます」


 改めて自分の名を名乗り、頭を下げた劉備。もはや劉備一行も伊邪那岐の言葉に逆らう気力はなく、最初に勧められたようにその場で腰を下ろしている。


「我が名は伊邪那岐。この国、麟の王を務めさせてもらっているものだ。さて、お互い名乗りあったところで、話を進めることにしよう。時間もないことだ。昨日の返答をこの場で聞かせてもらおうか?」


 膝に肘をつき、手のひらに顎を載せて返答を求める伊邪那岐。


「昨日、皆で話し合った結果。要求は、飲めません」


「だろうな。それで、今後はどうするつもりだ?」


「孫策さんのところへ行こうと思います」


「好きにするがいい。もっとも、あやつらの返答も俺のものと大差ないだろうが、な」


「それは、どういうことですか?」


「まったく、お前らは自分たちの主に対して甘すぎるのではないか? 諸葛亮に鳳統、甘いのと優しいのでは意味が違う。履き違えていてはいつまでたっても、こやつは成長することができんぞ?」


 彼の言葉に自分の軍師へと視線を向ける劉備。向けられた二人は、視線を避けるようにうつむいたまま。彼女たちも言葉には出さなくても理解している。どの国を訪れ、願ったとしても自分たちの願いは叶わないということを。


「お前らが口に出せぬというのであれば、俺が口にしてやる。甘えるなよ、劉備」


「私は甘えてなんか」


「王とは背負うもの。袁紹に曹操、孫策も俺も皆が皆、民の命と国の未来を己の双肩に背負っている。だが、お前は背負っていない。背負っているのはお前の部下だ。自分の行動に伴う利益、危険をお前は部下に押し付けているだけ。重ねて言おう。お前は大望を抱いているだけで、背負うこともしていなければ覚悟も持っていない。王の存在とは民の存在に比例する。だからお前の存在や言葉は軽い。背負うことを知らず、そのことを代わりに行っている部下にすら気づかないお前は、先程くちに出した者たちや俺のいる場所には二度と届かない」


 はっきりと彼は口にする。

 人生はやり直しがきくものではない。過去はいずれも楔となって体と心に食い込んでくるもの。劉備の選択は間違っていなかったかもしれない、彼の言葉は間違っているかもしれない。ただ、それを決めるのは当事者ではない。いつだって善悪を決めるのは当事者ではなく、周囲の目と弱き民たち。史実のように、英雄は歴史に名を残すが、歴史を記するのは民衆。


「俺だけではない。どの国の王に願い出たところで、お前の願いはもはや水泡。遅かれ早かれ、割れて消える。よく考えてみろ? お前を慕って付いてきた将に軍師、民たちにお前が何をしてきたか」


 彼女は言葉を口にすることができない。代わりに出てくるのは瞳からとめどなく溢れ出す涙だけ。


「民を思うのであれば涙するのではなく、力の限り足掻け。神に仏、そんな不確かな存在に縋るよりも祈るよりもまず、己に何ができるかを考えろ。今を変えられるのは、今を生きる者たちだけだ」


 そして彼は立ち上がり、その場にいる全員に対して宣言する。


「皆の者、結論が出た。俺はこれより劉備を連れ、当初の予定通り曹魏へと向かう。迎え入れた民たちはもはや家族。誰が相手であろうと守れ」


 その言葉を受け、彼の部下たちは全員臣下の礼を取り、異論を口にすることなく彼の言葉に従う。これは彼の独断であり、誰に責められてもおかしくはない。それでも、そのような声が上がらなかったのは、彼に対して部下たちが絶大な信頼を寄せているが故。彼の言葉がたとえ間違っていたとしても、その間違いをともに背負う覚悟を皆が持っている。揺らぐことのない信頼関係。それが部下だけでなく民にまで及んでいる状況。


「咲耶、こやつら全員、お前が面倒を見ろ。武装していなければ、街を自由に歩かせても構わん」


「ちょっと、それってかなりの無茶ぶり」


「お前の友人を救ってくるのだ。それに見合う働きをするのは正当な対価だと思うが?」


「うっ。そう言われると弱いわね。でも、その代わり、きっちりと愛紗を救ってきてくれるんでしょうね?」


「任せておけ」


 移動して咲耶の頭を軽く撫でたあと、彼は再び部下全員に向けて言葉を紡ぐ。


「これは俺のわがままだ。王として、間違った判断かもしれない。それでも、文句の一つも言わずに俺のことを信じてくれるお前たちを、俺は誇りに思う」


 劉備たち一行全員がようやく理解する。

 昔の彼は軍師、今の彼は紛れもなく王なのだと。曹操に袁紹、孫策とも違い、この大陸にいるすべての王たちと違ったあり方なのかもしれない。距離感が近すぎるが故にご認識していた。ここにいる人物には壁が存在しない。自分と他人の優劣をつけようとしていない。立場はあるもののあくまで対等として接している。だからこそ、自分たちとの差を見せつけられてしまったのかもしれない。


「俺の手を取れ、劉備。お前の家族がお前を待っている」


「はい」


 そして彼女は理解する。自分の目指してきた場所がどこで、望んでいる場所がどこであるのかを。


「では、行ってくる」




とりあえず、関羽を救いに行きましょう

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