第六十一幕
前回のあらすじ
軍師から王様になった主人公
大陸中を巻き込む大戦からおよそ一年の月日が流れた。
大陸北方の国、麟。この国もそんな動乱の中、列強の仲間入りをした国の一つである。にもかかわらず、国王たる人物は眠気眼をこすりながら竹簡に筆を走らせ、欠伸を噛み殺していた。
「陛下、そろそろお休みになられた方が」
「そうは言うが、この案件を後回しにしておくわけにもいくまい」
伊邪那岐の体調を心配して声をかけてきたのは、近衛である華雄。その手に握られているのは愛用の戦斧ではなく、湯飲みを載せてきた盆である。机の上に置かれた湯気の立ち上る湯飲み。それを空いている左手で傾け、中身を口にした彼だったが、どうにか湯飲みを割る事態は避けられたものの、その身体は急速に力を失い、意識を奪われてしまう。
「うまくいったようですね、火悲」
「だが天照、本当に良かったのか?」
「陛下にはもっとご自愛していただく必要があります。無理をしすぎてしまう陛下を力づくでも休ませる。これも立派な近衛の務めです」
「そう言われればそういう気がしてくるのはなぜだろう?」
お茶に睡眠薬を盛り、彼を強引に眠らせるという強攻策に出た天照は、何ら悪びれることなくそう口にする。事実としてまる二日ほど、伊邪那岐は政務に取り掛かり睡眠は愚か食事すらとっていない。そんなことを続けてしまえば、あっという間に体調を崩してしまってもおかしくない。ただでさえこの国は出来て一年足らず。他国と人材で張り合えるといっても、精神的な支えである王が倒れてしまっては元もこうもない。
「ですから火悲、我々は心を鬼にする必要があるのです」
「確かに、一理あるな」
「そういうわけで、陛下の体を清めるため布と湯を用意してきてください。私は添い寝の準備をしてきます」
「あいわかった。ってちょっと待て。今の言葉には明らかに聞き逃してはいけない部分があったぞ」
「ちっ」
「今、舌打ちしたな天照。そうそう上手く乗せられはしないぞ、陛下の添い寝をするのは私でもいいはずだ」
「何を口にするかと思えば、ぽっとでは黙っていうことを聞いていなさい」
「うすうす気にはしていたが、ついに本性を表したな、この性悪」
先程までの静んだ空気が嘘のように、一転して険悪な空気を作り上げる天照と華雄の二人。そんな中姿を現したのは、
「あなたたち、ここは陛下の執務室よ。少しは声の大きさを気にしたら? って、なんでそんな場所で陛下が寝てるの?」
軍部に所属し、二人と同じように政務にかかりきりの伊邪那岐を心配して顔を出した凶星。
「この臭い、天照、あなたひょっとして睡眠薬でも盛ったの?」
「あなたには流石に気づかれてしまいますか。陛下には気づかれなかったのに」
「否定はしないのね、まったく。でもまぁ、普段の陛下なら気づいたんでしょうけど、さすがに疲れてたみたいね」
彼の安らかな寝息を聞きながら、軽く指で頬をつつく凶星。だが、次に出てくる言葉を最速で予想した天照は先手を打つ。
「却下します」
「まだ、何も言ってないわよ?」
「どうせあなたのことです。「仕方ないから、陛下に元気になってもらうために私が添い寝してあげるわ」っとか言い出すつもりでしょう?」
「あなた、いつの間に人の心の中が読めるようになったの? まさしくその通りだけど」
「否定しない? ですが、その役目は近衛たる私の役目です。たとえあなたといえど、いえ、あなたが相手だからこそ譲るつもりは毛頭ありません」
「悪いけど、こんな好機を逃すほど私も馬鹿じゃないのよ」
「陛下と添い寝をするのは私だっ」
「「あなたは黙っていなさい」」
「はい」
自分の気持ちを素直に口にした華雄だったが、さすがに二人同時に相手はできず、残念ながらその場で敗北を認めてしまう。
「ねぇ、なんでこの場所であんたら二人が揉めてるわけ?」
既に火花を散らしている天照と凶星の二人。眠っている伊邪那岐と二人の放つ威圧感に距離を置いている華雄。諜報の任務から戻ってきたばかりの咲耶に事態を把握しろというのが無理というもの。
「こっちはさっき戻ってきたばっかりなんだから、先に用件を済まして欲しいんだけど? これってどういう事態なわけ?」
「実はカクカクシカジカで」
咲耶に対して事情を説明してくれたのは華雄。その説明を受け、一度咳払いをした彼女は、
「発情期なわけでもないんだから、二人共自重しなさいよ、まったく。陛下は私が湯船に叩き込んでくるから、その間に決めておきなさいよね」
伊邪那岐を肩で担ぎ部屋をあとにしようとする。だが、それを許すほど二人の精神は穏やかな状態ではない。
「咲耶、あなた陛下と湯を共にするつもりですね? なかなか知恵の回る泥棒猫のようですが、そうはいきませんよ?」
「へぇ、そういう狙いがあるわけね。なら、ここであなたの息の根を止めておくのが先決かもしれないわね?」
「ちょっと、ちょっと。落ち着きなさいよ二人共。そりゃ私だって、疲れてるし、綺麗になりたいし、どうしてもって頼まれたら一緒に入ってあげるのはやぶさかじゃないけど」
「本音が口に出ましたね?」
「それが本音ね?」
咲耶へと詰め寄ってくる二人。目の前の目的を優先している二人に、普段の正常な判断力を期待してしまう方が間違い。それを理解できていなかった咲耶を責めるのはお門違いなのだが、今の二人には瑣末なことで。
「でしたら、私が陛下と湯を共にし、添い寝をすれば万事解決ですね」
「寝言は寝ててもいうものじゃないわよ、天照。それは、わ・た・しの役目よ」
「なんだかよくわかんないけど、とりあえずあんたたち二人に負けるつもりはないんだから」
その二人に触発され、咲耶まで頭に血を上らせてしまう。
「私です」
「私よ」
「私だってば」
「お前ら、何を騒いでいるのかしらんが、五月蝿いぞ?」
耳に響いてきた声を聞いて、一瞬で三人の顔から血の気が引く。まるで壊れた機械のような音をあげ、首を移動させてみるとそこには、瞼をこすって眠たげな表情をしてはいるものの、しっかりと意識を取り戻した伊邪那岐が立っていた。
「俺は湯に行ってくる。このままでは仕事にならぬのも確かだからな。お前らも、それぞれの仕事を片付けて早めに休めよ」
そう口にして足早に去っていってしまう。
「ひょっとして、聞かれていたのでしょうか?」
「どうかしら、眠ってたっぽいけど?」
「うわぁあ、明日っからどんな顔してあいつに会えばいいのよ」
三者三様の言葉を口にしている中、一人の人物がこの場へと足を踏み入れてくる。
「お前ら、伊邪那岐を知らぬか? 少しばかり話があったのだが」
「布都殿。陛下ならたった今、湯へと行かれました」
「なるほど、入れ違いというやつだな。ならば俺も湯へ行くとするか」
そう口にして室内をあとにしようとする布都だったが、その着物を三方から引っ張られて歩みを止める。
「この手は一体なんだ?」
「「「お願いがっ」」」
「?」
王様になったはいいが、相変わらず鈍すぎるよ主人公




