第六十幕
前回のあらすじ
反董卓連合が終わりました
反董卓連合が王朝を倒してから半年の歳月が流れた。
曹操が帝を擁護するという名目で手に入れ、袁紹は宮に蓄えられた金子や食料を手に入れ、孫策は王の証である玉璽を手に袁術より領地を奪還。それぞれの領地で諸侯たちが争い、地図が幾度となく書き換えられた半年間。この半年で頭角をあらわにしたのは上記の三名と義勇軍を率いていた劉備の四名。それ以外の諸侯たちは実力が足りなかったのか、次々と駆逐、あるいは傘下へと収められていった。
そんな中、北方の馬騰が領主を務める地では大きな変化が起きようとしていた。
今まで使われていた宮は改装され、玉座は撤廃。宮さえも、震災が起こった際に民たちが避難所として使えるように、最低限の警護兵が見回りをしている以外解放されている状況。
その場所に剣の里の面々、馬一族、洛陽からついてきた董卓の陣営。主だった将と軍師達が一同に集い、一人の人物を待ち侘びていた。
「ああ、済まん。待たせてしまったようだな」
その場所に現れたのは、白い装束、俗に言う死装束に身を包んだ伊邪那岐。彼はこの場所に来るなり、全員の顔を見て謝罪の言葉を口にした。
「伊邪那岐、それは何の冗談だ?」
「そうですよ、伊邪那岐殿。悪趣味にもほどがあります」
早速、彼を咎めるように言葉を口にしてきたのは布都と馬騰の二人。そんな二人の言葉を聞いて彼はため息を一つついてから口にする。
「冗談でも悪趣味でもない。これは、俺の覚悟をまとったものだ。個人として死に、王として生きるために。不服か?」
そう口にされてしまっては、彼に異を唱えられる者などこの場には存在しない。全員を一瞥し、彼は言葉を続ける。
「異論はないようだな。では、これより各々の役職を告げる。心して聞くように」
その言葉を聞いて全員が全員、生唾を飲み込む。
「まず、布都に碧、神楽に翠の四名」
「「「「はっ」」」」
「布都には副王の座、碧には俺の相談役についてもらうことになる。護衛はそれぞれ神楽に翠の二人。俺を支えてくれ」
「当たり前だ」
「精進いたします」
「心得ました」
「母様の護衛とあっちゃ、頑張らなくっちゃな」
彼の言葉を受け、四人がそれぞれの言葉とともに臣下の礼を取る。
「次に霞、咲耶、蒲公英の三名」
「「「はっ」」」
「お前たち三人には諜報部隊を任せる。情報は戦において生死を分けるほどに重要なもの。心して励め」
「任しときっ」
「まぁ、任しときなさいよ」
「頑張っちゃうもんね」
意気揚々、三人は彼の言葉に答える。
「続けて、恋、火具土、凶星、星の四名」
「「「「はっ」」」」
「お前たちには戦の主要たる軍部を任せる。警邏と休息も怠ることなく、この国を守ってくれると信じているぞ」
「・・・・・・任せて」
「頑張るだぁ」
「私に任せておきなさいって」
「必ずやご期待にお答えいたしましょう」
そして、彼の言葉は休むことを知らない。
「続けるぞ、詠、月、月読、音々音の四名」
「「「「はっ」」」」
「お前たちは国の頭脳になってもらう。作戦の立案から後任の育成、医療設備の充実、やることは山ほどあるが、お前達ならば出来るはずだ」
「僕に任せておけばいいよ」
「詠ちゃんと一緒に頑張ります」
「兄様の期待、裏切らぬよう努めます」
「頑張るであります」
四名の言葉を聞きながら、伊邪那岐はまだ口にしていない二名を一瞥したあと、口を開く。
「そして、天照に火悲」
「「はっ」」
「お前たちには近衛、つまり俺の身辺警護を命じる。まぁ、気楽に勤めてくれ」
その言葉を聞いたとき、天照の頬には涙が伝い、華雄は名誉で肩を震わせていた。
彼は気楽に努めてくれと口にしたが、王の身辺警護となればそれ即ち、王から最も信頼され、そばに置くことを許された存在。ほかの役職を軽視する訳ではないが、その役職を与えられた二人に対して、嫉妬や羨望の視線が注がれたことは言うまでもない。
「返事は、どうした?」
「身に余る光栄。必ずや期待にお答えいたします」
「主殿、いえ、陛下の信頼に答えてみせます」
「では、皆の者、ついて来い」
彼の言葉を受け、全員が彼のあとを追う。
一行が向かったのは大きな広場。その場所に、この地に住む者たちが全員集合し、この地で起こることを期待して胸を躍らせていた。
その場所に、全員を引き連れて現れた伊邪那岐。一段一段、踏みしめながら用意された壇上へと上がる。
「まず、今日この場に集まってくれたことに礼を言わせてもらう。ありがとう」
深々と頭を下げる伊邪那岐。
王が民に頭を下げるという行為。本来であれば臣下の者たちは咎めるであろう行為だが、この場で彼を咎める人物はいない。そして、この場にいる者たちも。
最初、馬騰と布都の二人で伊邪那岐を王にするという計画が持ち上がり、彼の臣下は全員賛成したものの、本人である伊邪那岐に却下された。それを咎めた際、彼はこう口にして全員を咎めた。
「俺を王に推す。それ自体は別に構わぬが、民たちが納得するわけがない。民たちは他ならぬお前たちを慕ってついてきている。それを横から突然現れたよそ者に従え、っと言ったところで、反乱が起きるだけだ」
「ならばどうしろと?」
「簡単なことだ。俺が民たちから認めてもらえばいい。一人一人と向き合い、コイツになら命を預けてもいいと。そう、信じてもらえるぐらいに」
その場にいた者たち全員が、彼の言葉を馬鹿げていると感じていた。だが、伊邪那岐は自分が口にした言葉を曲げることはしなかった。結果として、半年という歳月をかけて、彼はこの地に住む民たちに王として認められたのだ。後ろ盾を使ったわけでも、賄賂を贈ったわけでもなく、自分自身でぶつかるという手段で。
「次に宣言しておくことがある。俺は今日、この時よりこの地の王となるわけだが、決してお前たちの上に立つものになったわけではないということを」
その言葉を受けて広場にどよめきが走る。当然だ、王は人の上に立つものを指す言葉。それを目の前の人物が否定したのだから。
「俺は王である以前に、この地に住む者たち全員の家族だ。守る、慈しむ、当然のことだ。だから重ねて言っておく。俺はお前ら全員と対等なのだと。指示も出す、政策も練る、戦もする。だが、気に入らぬことがあれば臆せず、全てを口に出してほしい。王とは導べとなるべきものだが、お前たちの上に立つもののことではない」
はっきりと断言する。
「そして、願うことがある。お前たちはまっすぐに生きてくれ。誰に遠慮することなく、己の願いを叶えるために。その為であれば俺はどんなことでもする。悪にもなる、罵声も中傷も喜んで受け取ろう。だから、お前らは決して諦めることを覚えるな」
この言葉を受け、広場には歓声が割れんばかりに溢れる。
目の前にいる人物は、自分たちのためにその身を削り、上に立つのではなく隣にいてくれる、大いなる自分たちの王なのだと。
「では、早速だが王として最初の仕事をさせてもらう。この国の名を決めることだ」
そして、彼は懐より取り出した紙を勢いよく広げる。そこに書かれていたのは麟の一文字。
「この国は元々、馬一族の土地。それに習い、俺と共にこの大陸を一つとし、皆が笑い合えるように。天に愛され、愛情に溢れし神獣の名を一文字とってこの国の名としたい。いかがなものか?」
湧き上がる歓喜の声は止むことを知らない。それを了承ととった彼は、声高らかに歌い上げるように口にする。
「ならば、今この時よりこの国の名は『麟』とする。皆と共に、喜びを分かち合える国をここから作り上げることを、俺は今ここで宣言する」
この時、後に隻龍王と悪名を大陸中に広めるも、民たちからは尊敬と親愛の心を常に捧げられる王が誕生した。
これにて第二章は終了。
次回から群雄割拠の時代に突入です。




