第五十八幕
前回のあらすじ
須佐男を完封した天照さん
「あのアバズレがぁ、ぜってぇ許さねぇ」
伊邪那岐一行が去ってから程なくして、寸でのところで屍人人形と入れ替わり、地中へと難を逃れた須佐男の表情は憤怒そのもの。だが、その左腕は肩口からちぎれ飛び糸で出血を止めてはいるものの、これまでに培ってきた技術の大半が失われてしまったといっても過言ではない。
「はぁ、生き汚いのはお互い様だとは思うけど、ここまで執念深いと関心を通り越しておぞましい物にしか見えないよ」
そんな彼に声をかけてきたのは、聞き覚えのない声。だが、声をかけてきた本人は須佐男のことを知っているかのような口ぶり。
「てめぇ、一体どこのどいつだ?」
「おや? 姿かたちが変わっただけで判別がつかなくなるなんて、君もたいしたことないね、須佐男。まぁ、それは君だけに限ったことじゃないけれど。そうそう、名前。僕はね、少し前まで曹操の下で軍師をしていた田豊というものだよ」
手負いの獣である須佐男。その表情からは、何をしでかすかわからない危うさが醸し出されている。にもかかわらず、田豊に焦った様子は一切なく、完全に自分よりも下の存在と須佐男を認識して見下ろしている感じがある。
「あのロリチビの下っ端がどうしてこんなところにいやがる?」
「まったく、君ってやつは。昔っからそういったところは変わっていないね。まぁ、伊邪那岐のように変わっていくことに対して鈍感すぎるのも考えものだけど。僕があえて言える言葉があるとすれば、そうだな、それぐらい自分で考えなよ、須佐男?」
クスクスと口元に手を当てて笑う田豊。その姿が須佐男の脳裏に一人の人物を連想させる。だが、その人物は他ならぬ伊邪那岐の手によってこの世を去っている。
「まさか、てめぇ」
「おや、ようやく結論まで到達できたみたいだね。馬鹿の割には多少、知恵が回ったみたいだ。それともあれかな、天照に片腕吹き飛ばされて、その時の出血で多過ぎる血の気が減って思考回路がまともに働いているのかな?」
他人を小馬鹿にした笑い方、他人を見下すのでも賞賛するのでもなく、完全に自分とは違うものとして切り離して考える傍観者。そして、先程までいた序列上位の人間全員にその存在を突き止めさせないほどの絶界の使い手。そんな人間は、剣の里に須佐男がいた頃から一人しか存在していない。
「どうして死んだはずのてめぇがここにいやがる、答えろ犬遠理」
「死んだ? うん、あの端末は確かに死んだね。でもさ、君たち全員、考え方が常識に囚われすぎてやしないかい?」
「何言ってんだ、てめぇ?」
「真龍刀はその力ゆえに、未だ解明されていない部分が多過ぎる。他人の真龍刀を見せられたところで、その能力のすべてを把握なんてできないほどに。本当の意味で理解できるのは、自分と契約することのできた真龍刀一本だけさ」
黒縁メガネの位置を直しながら、犬遠理は言葉を続ける。
「僕の真龍刀、犬遠理ノ命の能力は魂の分割、及び固定」
「訳分かんねぇこと口にしてんじゃねぇぞ、てめぇ」
「馬鹿には理解できないみたいだね。まぁ、君にでも理解できるように説明するなら、僕は真龍刀と契約したおかげで、死なないし死ねない。滅びはあっても、死は存在しない。理由は理解できないと思うけど、説明してあげるよ。分割した魂を固定した肉の塊が死んだとしても、大本の魂が存在している限りいくらでも僕は他人の体に乗り移り、支配権を奪うことができる。大本の魂が砕かれたとしても、予備として作っておいた分割した魂で支配した肉体に逃げ込むことができる。わかるかな? 僕を殺すなら、僕の手の内を全て読んだ上で、予備を含めてすべての僕を一度に滅ぼすしかない」
それは、昆虫の蟻や蜂の群生に似た能力。
女王である大本を潰したところで、一掃することができなければ別の個体が女王へとなりかわり、あらたなコミュニティを形成してしまうループ。つまり、物理的に犬遠理を殺す手段は存在しないと言っているのと同義。
「よくわかんねぇが、てめぇが生きてることだけは理解できた」
「うん、君程度からしてみれば、それが理解できただけでも上等かな?」
「だがな、なんでてめぇがここにいるか、そのことについては一切触れてねぇぞ?」
「ああ、そうだったね。僕としたことがうっかりしてた。ゴメンネ?」
その言葉と共に振り下ろされた刀の一撃が、須佐男の残っていた右腕を根元から消滅させる。
殺戮技巧、壱の座、鉄槌
本来の用途であれば、鎧武者を一撃においてその上段からの振り降ろしによって生じる剣圧で叩き潰し、命を奪う技。それを生身の相手に対して行使すれば、結果はご覧の通り、受けた場所は斬られるのでも引きちぎられるのでもなく、押しつぶされて消滅する。
「ダメじゃないか、須佐男。君は序列の三位なんだよ? それが、伊邪那岐に負けるならまだしも、実力を隠していたとはいえ、序列五位の天照に敗北するなんて。期待はずれもいいところだよ。僕はね、使い捨てのコマにもなれなかった君を処分するために、わざわざこの場所に来たんだ」
「てめぇ」
憤りをあらわにするものの、須佐男の両腕は既に存在しない。地面に倒れたまま立ち上がることもできずに、ただ彼女を恨みがまし組み上げることが今の彼に出来る精一杯の抵抗。
「せっかく奥の手の幻術まで使って伊邪那岐を曹魏から追い出したっていうのに。噛ませ犬すら満足に務められないなんて、お笑い種を通り越してるよ。これじゃ、計画の練り直しが必要じゃないか」
「計画、だと?」
「そうだよ、僕と鈿女の二人で立てた計画さ。あいつを、伊邪那岐をあるべき姿へと導くための。そのためには、どうにかしてあいつに真龍刀を三回、使用させる必要がある。一度目は里で、二度目はこの地であいつは真龍刀を使った。だから、あと一回なんだよ」
ため息を付き、何気ない口ぶりで今度は須佐男の左足を鉄槌で消滅させる犬遠理。その表情は能面によく似ていて、彼女の会話に出てきた一人の人物を連想せざるをえない。
「あ~あ、せっかく曹操の部下にいた脳筋、確か夏侯惇だったかな? あいつに幻術を使って伊邪那岐の唯一の精神的弱点をついて揺さぶって、伊邪那岐本人にも幻術をかけて曹魏から追い出す。そして、力を求めているあいつは真龍刀をこの地へと召喚する。ここまではきちんとした筋書き通りだったのに。三回目を使わせるためにぶつけた君が使えなさすぎたせいで台無しだよ、まったく」
「俺様を馬鹿にするとは、いい度胸じゃねぇか」
「馬鹿にもするさ。残った右足でどうやって足掻こうとするんだい? おっと、こうしちゃいられない。時は金なり。放っておいたとしても出血死だろうけど、一応止めは際しておいてあげるよ、感謝しておくれよ?」
頭どころではなく、上半身を完全に消滅させて犬遠理は刀を鞘へと収める。
その視線の先にあるのは、滅び行く王朝の兵士たちとこれからの時代を担っていくものたちが戦う戦場。
「他人一人を救い出すために、こんな大掛かりな仕掛けを用意するなんて、意外と伊邪那岐は情に熱かったのかな? 里ではそんな様子は見受けられなかったけど」
今起きている争いが、一人の少女を救い出すために仕組まれたものだとしたら、戦場にいる者たちのうち何人が納得することだろう。
「はぁ、それはともかくとして、計画は練り直しが必要だね。時間が少ないっていうのに。伊邪那岐にはどんな手段を使っても、あの人がこちら側に来るまでに真龍刀を三回、使ってもらわなくっちゃならないからね。まったく、手強いったらありゃしないよ。ここまで思い通りに動いてくれないんだから。でもね、安心していいよ、鈿女。必ず、伊邪那岐を君のもとへ届け、この物語は大団円にしてみせるから」
犬遠理さんが生きておりましたとさ




