第五十六幕
前回のあらすじ
本性を現した天照さん
「伊邪那岐、今の爆発は一体なんだ?」
「おお、布都か。無事に目的は果たしたようだな」
董卓を抱えたまま脱出するのために、大広間へとやってきた布都を見て伊邪那岐は暢気に声を返す。
「ああ、彼女が董卓。俺の愛すべき人だ」
「嫌ですわ、布都殿」
「お前ら、いちゃつくのであればとっとと脱出して他の奴らと合流してからにしろ」
布都の言葉に顔を赤くする董卓を見て伊邪那岐はため息をつく。
「すまない、俺としたことがあまりの嬉しさに口にする場所を間違えたようだ。それよりも、これは一体どういうことだ? なぜ、須佐男と天照が戦っている? そもそも、どうして二人がこの場所にいるのだ? 須佐男はともかくとして、お前の話で天照は北方にいるのではなかったのか?」
「正気に戻れば今度は言葉責めか。お前というやつは変わらんな」
「俺のことなど今はどうでもいい。それよりもこの事態の説明を要求するぞ」
詰め寄ってくる布都だったが、伊邪那岐の視線は彼には向いておらず、彼の腕の中にいる董卓へと向けられている。
「お前が董卓か?」
「はい。布都殿より聞き及んでおります。貴方様が伊邪那岐様ですね? この度は大変なご迷惑をかけてしまったようで申し訳ありませんでした。あと、よろしければ私のことは月とお呼び下さい」
「俺に対する様付けは不要だ。あと、礼を言うのであれば布都に言え。俺は布都の願いを叶えるために力を貸したに過ぎん」
「ふふっ、布都殿が仰っていた通りの方なのですね」
「どのようなことを口にしたか、大方俺に対する不満だろう」
「いえいえ、そのようなことは決してなく」
「二人とも、頼むから会話を進めさせてくれ」
この場所が戦場だというのに何気ない会話をし始めてしまう董卓と伊邪那岐二人に対して、大きく声を張り上げて言葉を口にした布都は大きくため息をつく。
「見ての通りだが?」
「だ、そうですよ、布都殿?」
「頼むから月、そいつの調子に合わせないでくれ。基本的に面倒事を嫌うそいつは、自分の興がのった時しかまともに会話をしてくれないのだから」
「よくわかっているではないか」
「褒めてはいない」
「知っておるとも」
「しれっと口にするな。それといい加減に俺をからかうのではなく、事態を説明しろ」
「まったく、自分の女を取り戻して元気になったのはいいが、それと同じぐらい口うるさくなったな」
ため息を一つ付き、柱に背中を預けた伊邪那岐はようやく布都と董卓、二人に現状を説明し始める。
「須佐男に関して説明するなら、あやつが十常侍を傀儡とし、帝の地位についていた黒幕といったところだ」
「なんだと?」
「布都、お前もあいつの真龍刀の能力は知っているだろう? それに加えて性格も」
伊邪那岐が口にしたこと、それは確かに布都も知っていること。ただ、それをそのまま鵜呑みにすることが彼はできない。
「だというのであれば、本物の帝は?」
「あいつが口にしたことを信じるのであれば、地下牢に幽閉してあるらしい。まぁ、話半分だがな」
「それが真であるなら、俺は須佐男にいいようにしてやられていたということか?」
「愚直なだけでも、正しいだけでも物事の本質は見えぬといういい喩えだな。勉強になったではないか。授業料もきちんと取り戻せたのだから、今後に活かせ」
布都は他人を信じることから始める。伊邪那岐は他人を疑うことから始める。どちらが正しいともどちらが間違っているとも言いづらいが、須佐男に手玉に取られていた布都は奥歯をギュッと噛み締めてしまう。
「天照に関して言うならば、俺が呼び寄せた」
「呼び寄せた、だと? ここから馬騰の領地までどれほど距離があると思っているのだ」
「神楽に文を持たせたときちんと教えておいたはずだ。その文に天照をこちらに送るように指示しておいた。現状、付け焼刃程度とは言え歩法を使えるようになったのは、あやつだけだからな」
「お前が編み出したという、あの高速の移動法か?」
「さよう。歩法の一、伸脚。あれが使えるのであれば、どれほどここから離れていようが、そうだな、三刻程度でこの地に来ることは可能だ」
実際に布都は、伊邪那岐が孫権を抱えて歩法で洛陽まで二刻程の時間をかけてきたことを耳にしている。彼自身、習得もしていなければその技術の原理も知らないが、伊邪那岐が過去に見せてくれたことだけは鮮明に覚えている。
「俺よりも才能豊かな天照のことだ、あと少し修練を積めば歩法の二、鬼脚も歩法の三、飛脚も使えるようになることだろうよ」
伊邪那岐が編み出した歩法と呼ばれる高速の移動術は四段階存在する。
一の伸脚で縦の動き、直線のみしか移動できないがその速度は他の追随を許さない。そこから二の鬼脚で横の動き、縦横無尽に瞳に移ることなく移動する。そして、三の飛脚へと昇華すれば足場のない空中、水上であろうが高速での移動が可能となる。四段階目は彼自身、誰にも教えることも見せることもしていない切り札のようなもの。
「それで、どうしてお前ではなく天照が須佐男と戦っているのだ? お前もあいつの強さは知っているはずだろうが」
「あやつが戦うと言いだしたのだから仕方あるまい」
「そんな言葉で片付けようとするな。性格は悪いが須佐男は序列の三位。対して天照は五位。いくらお前が実力を水増ししたとしても、そう簡単に勝てる相手でないことはお前も理解しているはずだ」
布都が一番知りたい事はまさにそれ。
序列の六位以下は十位を除いて里長が適当に決めたものに過ぎない。だが、序列の五位以上は実力順に決められたもの。四位である咲耶であっても、三位である須佐男に勝つことはほとんど無理と言っていい。それを五位である天照がやろうというのだから、無謀と彼が判断してもおかしくない。むしろ、正しい判断と言える。
「なぁ、布都。お前は里長の判断を絶対的なものと言い切れるか?」
「話をすり替えるな、今は里長のことなど関係ない」
「関係あるから口にしたのだ、俺は。それで、結局のところお前はどうなのだ?」
「正しいはずだ。実力を見抜くこの一点に関しては確実に」
「なるほど、ならば天照が一枚上手だったということだな」
「わかるように説明してくれ。お前一人で理解しているだけでは会話というものが成り立たないと、頼むからいい加減理解してくれ」
「せめて自分で少しは考えろよ、お前」
ため息を一つついたあと、伊邪那岐は瞳を閉じる。
「序列を決める際、里長の前で試合をしたことをお前は覚えているか?」
「お前がわざと手を抜いて戦った試合のことか?」
「ああ」
「それならば覚えているが、それに何の関係がある?」
「全部勝ったお前が序列の一位、お前だけに負けた凶星が二位。勝ち星の数で序列の一位から五位までは決まったはずだ」
序列の順位を決めるため、里長の御前試合は開かれた。
六位から九位までは役職の重要度によって里長が決定し、一位から五位までは御前試合の勝ち星が多い順に高い順位が与えられた。そして、それによって相手の手の内を知ったことにより、序列に名を連ねる者たちは全て、己の力量を見つめ直すことになったのは過去の話。
「ひょっとしてですが、その、天照という方は狙ってその順位にいるということですか?」
「布都と違って鋭いな、月。まさにそのとおりだ。御前試合の前日に指示しておいたのだ、中間ぐらいを狙い、全力を決して出すなと」
「ちょっと待て、伊邪那岐。序列の順位をお前は操ったというのか?」
「意味合いは違うが、俺も須佐男同様に里長を嫌っている。そんな人間に手の内を晒す馬鹿がどこにいる?」
今代の里長は伊邪那岐の妻である鈿女を見捨てている。それだけでなく、彼から真龍刀を一時的にとは奪った張本人。
「お前はあの時から、里長を殺す手段を考えていたというのか?」
「当たらずとも遠からずっといたところだ」
「では、天照の本当の力は一体どれほどのものなのだ?」
「見ていればわかる。そう口にしたところで、お前は先ほどのように質問攻めをしてくるだろうから、特別に教えてやる。そうだな、俺の見立てで言えば御前試合をしたときは凶星と同格。そこに手を加えたから、今の天照は布都、お前と同格かもしれんな」
今回はちょっと短め。
だって、次回が長くなりそうなんで




