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恋姫異聞録~Blade Storm~  作者: PON
第二章 立志建国
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第五十四幕

前回のあらすじ

人でなしの悪徳軍師はなんでもするんだってさ

 反董卓連合が虎狼関に到着したのとほぼ同時刻。

 洛陽の玉座の間では御簾越しの皇帝と、権力をほぼ掌握している十常侍全員が現在の状況を話し合っていた。もっとも、この場にいる人間、全員が全員危機感という物を抱いていない。それもそのはず、この洛陽にたどり着くためには二箇所の堅牢な関所があり、それを突破できたとしても、この地には十万を超える兵士たちが待機している。


「捨て石としては、ちと豪華すぎたのではありませんか?」


「華雄将軍に張遼将軍、呂布将軍の三名であれば、生き残ることなど造作もないことでしょう」


「だが、三名の将軍には不穏分子という噂もある」


「後顧の憂いを断つというのであれば、必要な犠牲と云えましょう」


「こちら側に董卓がいる限り、あやつらに手を出すという選択肢はありえませんからな」


「くっくく、そちらも悪よのう」


 汜水関に虎狼関。その二箇所には董卓配下の武将と部下だけを配置し、自分たちの兵には洛陽の護衛を申し付けている。彼らからしてみれば、二箇所の関所で相手を打倒できなくても何ら問題はない。むしろ、打倒してこの場所にたどり着いてくれた方が後にいい方向に持っていくことができる。


「失礼いたします」


 そんな中、肩で息をして一人の兵士が飛び込んでくる。


「何事かっ」


「はっ、申し上げます。華雄将軍、張遼将軍、呂布将軍の三名、率いし兵数およそ八万が洛陽に向けて進行中。あと一刻もすればたどり着くかと」


「なんだとっ」


 兵士の報告を聞いて、十常侍たちの表情に初めて焦りというものが混じる。

 彼らは主である董卓のことを第一として行動するがゆえ、彼女を人質として取り上げた時点で彼らとの勝負はついている。抗う術などありはしない。従わなければ、自分たちの首が飛ぶのではなく董卓の首が飛ぶ。その切り札があるからこそ、彼らはあぐらをかいて高みの見物が出来ていた。彼女のことを第一とし、己の誇りすら投げ打って十常侍立ちに従ってきた将軍たちが離反するという可能性などありはしないとタカをくくっていた。


「案ずるでない、董卓はこちら側にある」


「そうだ、董卓を連れてこい」


「奴らに自分たちの置かれている立場を再認識させるのだ」


「貴様、今すぐこの場に董卓を連れてこい」


「ですが、私には場所が」


「董卓であればこの宮の地下に幽閉している。すぐさま連れてくるのだ」


「御意に」


 そして、兵士は頭を垂れ室内を出ていく。その兵士が誰であったのか、慌てふためき正常な判断力を失った十常侍は理解していなかった。


「伊邪那岐の言った通りだったな。月、あとしばしの辛抱だ」


 兵士の服を脱ぎ捨てた布都は、今しがた聞いたばかりの場所へと向かって駆け出していた。

 伊邪那岐が彼へと下した命は至極簡単。自分たちが虎狼関を後にしてから一日ほど時間をおいて十常侍にそのことを報告すること。彼らは董卓という切り札を持っているがゆえに反乱は起きないと考えている。そして、実際に反乱を起こしたのであれば董卓を再び盾にすることも厭わない。


「布都、あいつらはこちらが反乱を起こせば必ず董卓を使おうとする。その時こそ、彼女を救う最大の好機となる」


「だが、肝心の居場所が分からずじまいでは」


「案ずるな。俺は言っただろう、あいつらは必ず使おうとする、っと。手放すことは考えず、かと言って遠すぎては目が届かない。自分たちの目が届き、かつ近過ぎもせず遠過ぎもしない。そういった場所に囚われていると俺は考える」


「だが、場所はお前でも特定できていないのだろう?」


「ああ。だがな、人間というものはどこかで必ずボロを出す。そういった状況ならば、俺にも作ることは可能だ。俺が三人の将軍と共にまず、離反する。そして、そこでお前が十常侍に反乱の報告を伝える。そうすれば、奴らは口にするだろうよ」


 伊邪那岐が汜水関に経つ前、布都に対して残していった言葉。

 そして、見事にその状況を作り出した伊邪那岐。彼は、心の中で何度も礼を口にしながら疾走する。目指すべき場所は決まっている。愛する人物が囚われている宮の地下室。この時を何度夢見て、その度に奥歯を噛み締めたことか。


「邪魔だ、貴様ら」


 地下室を警護する者たちを刀で斬捨て、布都は歩みを加速させる。誰であろうと彼の歩みを止めることなどできない。それほどまでに圧倒的な力量差。


「月っ」


「布都殿?」


 叫んだ布都の声に答えるようにか細い声が返ってくる。その声を捉えた彼の耳はすぐさま体をそちらへと向け、疾走する。


 地下室とは名ばかりの地下牢。その中で白銀の髪を持つ一人の少女が鎖につながれ、苦しげに息をしていた。体は痩せ細り、何度も拷問を受けたのだろう、体中に青あざがいくつもできている状態。


「月、今出してやるからな」


「布都殿、どうしてここに」


 布都の姿を見て、瞳から止めどなく涙を流す少女。そんな少女を、刀のひと振りで牢を切り裂いて中へと足を踏み入れた布都は抱きしめる。


「遅くなってすまない。俺のせいで君をこんな目に遭わせてしまった」


「謝らないでください。再びあなたに会えただけで、私は十分幸せです。それよりも、どうしてこの場所が?」


「親友が、力を貸してくれたのだ。張遼も賈クも、呂布も陳宮も華雄も神楽も皆無事だ」


「そうですか」


「もっとこの幸せに浸っていたいが、この場ではいささか雰囲気にかける。それに、この場に長くとどまっていては、また君の身に危険が迫ってこないとは限らない」


 董卓から離れ、鎖を刀で切断した布都は彼女を抱き上げてその場をあとにする。このような場所にもう、用はない。


「私も、その方にお礼を言わせて頂きたいです。どのような方なのですか?」


「あいつの名は伊邪那岐。誰かを救うためであれば、自分の名誉も誇りすら捨て去り、悪をなすことすら一切躊躇わない。自慢の、親友だ」


◆◆◆◆◆◆◆◆


「さて、布都のやつはうまくやっただろうか」


 呂布と陳宮、その部隊に洛陽に向かうのではなく先に移動させた張遼、華雄の部隊へ合流するように指示を飛ばし、単身で洛陽へと戻ってきた伊邪那岐は玉座の間のすぐそばで体をほぐしていた。


「まぁ、あやつ次第といったところか。俺は俺の成すべきことをするだけ。それだけで良い」


 その言葉と同時に扉を蹴破り、玉座の間に姿を現す伊邪那岐。突然の侵入者。当然のように十常侍は兵を呼ぶものの、その全ては反乱鎮圧のために外へと出してしまっている。故に、今彼らを守る力はこの場に存在していない。


「お主らが十常侍か?」


「そうだ、貴様、この場にいる我らに敬意を示せ」


「頭が高いぞ」


「五月蝿いぞ、塵芥くずども


 その言葉とほぼ同時、十常侍の首が二つほど飛び、音を立てて床に転がる。よくよく見てみれば、伊邪那岐の着物は付着した血液で汚れている。それも、今の二人の血液で汚れたとは考えづらい程に。


「兵をすぐに呼び戻せ」


「来るわけなかろうが」


「まさか、貴様」


「ご名答。運悪く鉢合わせてしまった者たちは全て斬った。あとのやつらのことは知らん」


 刀についた血液を振り払い、鞘へと収め、何気ない口調で口にするものの、彼の言葉は狂気に染まっている。触れればすぐにでも火傷しそうなほどに熱く、その佇まいは悪鬼羅刹を連想せずにはいられないほど。


「我らをどうするつもりだ?」


「自分たちで予測できている答えを、俺が答えやる道理がどこにある?」


「金か、それとも、名誉か、女か? 欲しいものを言ってみよ。すぐにでも与えてやるぞ。なんでも申してみよ」


「少なからず知恵が回ると思っていたが、期待はずれもいいところだ。まさか、三下以下の命乞いのセリフしか吐けぬとは」


 ため息一つ、その言葉とともに、十常侍八人の体が全て切り裂かれる。


 殺戮技巧の極み、六閃さんずわたし

 対象を六度の連撃によって体を切り刻み、確実に殺すための技。その速度は瞳に捉えることかなわず、抜き打ちの速度を極限まで高めた者がようやく到達できる。ほとんど同時に六回、相手を居合にて斬りつけるが故、三途の川の船賃と同じ名をこの技に与えられたと言われている。


「俺が欲しいものは、布都とその女(あいつら)が笑える場所だ。そこに貴様らは不要。それぐらい口にせずとも察しろ。まぁ、もう口を開くことすら出来ぬだろうが」



後顧の憂いは絶っておくに限ります

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