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恋姫異聞録~Blade Storm~  作者: PON
第二章 立志建国
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第五十幕

前回のあらすじ

主人公の登場で色々と思うことがある各陣営

「さて、あいつらはどこまでこちらの手を読み、対策を打ってくるか」


「楽しそうやねぇ、伊邪那岐」


 汜水関での攻撃から三刻後、虎狼関の城壁に立ち、満天の星空を見上げていた伊邪那岐を見つけ、ここぞとばかりに張遼が声をかけてくる。


「わかるか?」


「そらなぁ。いつもいつも、表情も声色も変えへん伊邪那岐の声が、変わっとったら気づくっちゅう~ねん」


「変わっていたか、意識はしていなかったのだがな」


 張遼の言葉通り、彼は確かに今、楽しんでいる。

 軍師としての技量をいかんなく発揮できる状況で、大陸にこれから覇を唱えようとしている者たちと知略を競い合う。心が踊らないと言ったほうが嘘になってしまう。しかも、大半が彼を知る人物。お互いの腹の中を読み合い、いかにして、相手を自分の思い通りに動かすか。剣をぶつけ合うのではなく、相手と思考を読み合う。そんな戦をこの地に来てからほとんどしたことがなかった彼は、意識せずとも喜びが声に現れていたらしい。


「それにしても、あんな策思いつくなんてなぁ。うちには、想像もつかんかった。まさか、汜水関を攻撃の手段として使うなんて」


「相手の意表を付くのは兵法の基本だ。それに、初撃とは大きければ大きいほど良い」


 心理的観点から見て、相手の意表をつくこと、そして、大きな初撃を相手に与えることは、心理的に相手の優位に立つことを意味する。加えて、その攻撃によって、相手が警戒心を強めたり、頭に血を登らせたり、仕掛けた側の有利に後の戦を運ぶことができる。


「主殿、霞、ここにいたのか」


 会話をしていた二人を見つけ、声をかけてきたのは華雄。

 そもそも、一撃で昏倒させられた相手に対して彼女が、ここまで忠義を尽くすのには理由がある。元々、董卓配下の勇将である華雄だが、その経歴は孫堅によって傷をつけられている。そのことを賈クから聞いた伊邪那岐は、傷につけ込み、言葉巧みに彼女をうまく誘導し、部下へと加えた。これが、張遼であればここまでうまくことは運べなかっただろう。


「火悲、準備は出来たのか」


「無論」


 彼が華雄へと下した命令は、部隊をすぐにでもこの場所から撤退させられるようにすること。張遼が先に現れたことを見れば、彼女の部隊も同様の準備は終了していると見ていいだろう。


「ふむ、重畳。後は、月読が孫権から俺の指示を記した竹簡を受け取っていると仮定した場合、動いたとなれば、おおよそ計画通りにことは運べそうだな。神楽はおるか」


「ここに」


 彼の言葉を受け、どこに潜んでいたのか、すぐに姿を現す神楽。そんな彼女を見て、彼は言葉を告げる。


「お前はこれより北方、馬騰のもとへと向かい、文を届けよ。それと、俺の指示を忘れるなよ、時は待ってくれんからな」


「御意に」


 返事するやいなや、すぐに姿を消してしまう神楽。それを確認した後、彼にしては珍しく、口の端を吊り上げて言葉を口にする。


「さて、待たせたな皆の者、機は熟した。今まで水面下での動きだけに、よく辛抱してくれた。これより、董卓救出作戦を開始する」


◆◆◆◆◆◆◆◆


 時間は二ヶ月程遡る。

 董卓の屋敷にて布都の願いを聞いた伊邪那岐は、早速、主だった者たちを集めて地図を広げ、右手で筆を回していた。


「では、董卓が圧政を行っているというのは、十常侍が流した誠しやかな嘘だというのだな?」


「そうだよ、僕らをいいように使うつもりなんだ」


「そや、ゆえを人質にして、うちらを体よく使うつもりなんよ」


 ここまで得た情報を整理するなら、董卓が圧政を敷いているというのは、十常侍が大陸中に流したデマ。董卓本人は、配下の武将たちが反乱を起こさないように幽閉されているということ。そして、その董卓にこの大陸に流れ着いた布都と神楽の二名が命を救われ、布都が彼女に惚れたということ。


「布都、董卓が幽閉されている場所の目星はついているのか?」


「いや。何度か彼女を救おうと動いたものの、既に場所を移されたあとだった」


「なるほど、相手も馬鹿ではないということか」


 幽閉している董卓を一箇所にとどめておくのではなく、各地に転々と移動させることにより、救出の難易度を上げているのだろう。相手の思考パターンが読めるのであれば、先手を打つことも可能だが、十人の思考を読みきることは容易なことではない。


「賈ク、お前たちが動かせる兵力はどの程度だ?」


「大体八万ぐらいだと思う。ほかにも兵はいるけど、十常侍の息がかかってるから信用できない」


「張遼、お前と同等、もしくはそれ以上の将は何名ほどいる?」


「うちと同等、もしくはそれ以上かぁ。れんに火悲の二人ぐらいやな」


「お前を含めて三名、それで間違いないのだな?」


「そやけど?」


 張遼の言葉を聞き、地図を眺めていた伊邪那岐の右手の筆が止まる。それ即ち、彼の思考がほとんどまとまったということ。そして、一度瞳を閉じた彼は、瞳を開いたあと、室内にいる武将、軍師を一瞥して告げる。


「策はできた。これより、董卓救出作戦の内容を説明する。各々、心して聞け」


 彼の言葉を受け、その場にいる全員が生唾を飲み込む。


「まずは、賈ク」


「僕?」


「ああ、兵の一割程度を使って、大陸中に噂を流せ。董卓の悪名を広めるものならなんでもいい」


「なっ。そんなことをしたら、各地の諸侯たちが一斉に洛陽に攻めてくるじゃないか」


「遅かれ早かれ、奴らは攻めてくる。それを、噂によって加速させる。そうすれば、奴らは、重い腰を上げて我先にと、動き出す」


「だから、それを迎え撃てっていうの?」


「否。目的は奴らをまとめることだ。四方八方から攻め立てられては、こちらとしても対処が遅れる。だが、一方からなら。それも、こちら側の思惑通りの道を通ってくるのであれば、御することは容易い」


「まさか、その戦を利用するとでも?」


「頭の回転が早くて助かる。その通り、連合を組んで攻めてくる各地の諸侯、それを迎え撃つ王朝の兵たち。奴らがぶつかる時期を見計らって行動を起こす」


「そんなことをすれば、何人の人間が犠牲になると思ってるんだ」


 伊邪那岐の言葉に、ついに我慢しきれなくなって声を荒立たせる賈ク。声には出していないものの、張遼、布都、神楽の考えもおおよそ彼女と同じだろう。だが、


「何人の犠牲? その程度で済むわけがない。何千、何万と犠牲は出る」


 そんな彼女の言葉を鼻で笑い、彼は言葉を続ける。


「救いたいが、犠牲は出せない。よもや、そんな生ぬるいことを口にするわけではあるまいな、貴様ら。お前たちもわかっているはずだ。理解しているはずだ。無関係な他人、何万の命と、大切な人間一人の命。命の価値が等価値ではないということを」


「でもなぁ。流石にそれは」


「それとも何か、お前らにとって董卓の命とはそんなにも軽いものなのか?」


「んなわけあるかい」


「ならば選べ。董卓の命か、これから死に行く兵たちの命か」


「だからって」


「迷っている余裕などない。いつなんどきだろうと、時間というものは残酷なまでに正確。待つことを覚えてはくれない。手を汚すことを躊躇うのであれば、己の望みを捨てろ。これは現実だ、夢物語ではない。願っただけで誰かが望みを叶えてくれると思い違えるな。いつでも、自分の願いを叶えるのは、己自身だ」



正論というものは、時として正しいからこそ残酷

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