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恋姫異聞録~Blade Storm~  作者: PON
第二章 立志建国
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第四十九幕

前回のあらすじ

華雄さんに勝手に真名をつけちゃいました

 茫然自失もいいところ。正面を任されたはずの劉備、それに助力を申し出た孫策、成り行きを見守っていた曹操。三名とも、心ここにあらず、否、抗いがたいほどの恐怖を感じていた。


 伊邪那岐。

 三人にとって、あるいは目標とする人物、あるいは命の恩人、あるいはともに有りたいと願った者。それが、敵として自分たちの目の前に現れた。その智謀、腕、どれをとっても彼女たちを凌駕する軍師。そして、最も恐ろしいところは、本心を誰にも明かさず、感情すら理性で制御しきって、自分たちのできない取捨選択をしてしまう冷酷さ、計算高さに他ならない。


「雪蓮姉さま」


「大丈夫よ、蓮華。もう二度と、あなたを一人にはしないから」


 孫権の涙を寂しさと判断した孫策は、彼女を強く、強く抱きしめる。決して、二度と離さないように。だが、その孫策の腕を振り払い、孫権は声を張り上げる。


「雪蓮姉さま、今すぐに兵を引いてください。ここでは、被害が大きすぎます」


「どういうこと?」


「説明をお願いできますか、蓮華様?」


 慌てている孫権があまりにも必死だったため、二人は兵士に命令を下し、部隊を下がらせる。それに習い、劉備の軍、曹操の軍も引いていく。それを好機と勘違いしたのか、それとも、自分たちに手柄を譲ろうとしたのか、どちらにせよ、目先のことしか考えていない袁紹、袁術が率いる軍隊は、汜水関へと急ぎ馬を進めていく。


 ちょうど、袁紹、袁術が率いる軍隊が汜水関へ到着しようとした瞬間、侵入者に牙をむくように汜水関が火を噴いた。否、爆発したと言い換えてもいい。壁は砕け散り、飛散したかけらが容赦なく兵士たちに突き刺さる。爆風は兵士たちを大地に押し倒し、爆発の直撃を受けた者たちの肉体は四散。先程までの静寂が嘘であったかのように、汜水関は阿鼻叫喚の絵図へと変貌を遂げていた。


「空城の計。まさか、ここで使ってくるとは。流石は兄様といったところでしょうか、容赦というものが一切ない」


 あまりの事態の急変に、己の思考回路がついていっていない劉備、孫策、孫権、周瑜四名の前へと姿を現したのは月読。


 空城の計。

 敵にわざと攻め入れさせ、城という餌に釣られた兵士たちを一撃のもとに粛清する策略にして、相手の思考を読みきった上でしか使うことのできない、伊邪那岐が得意とする心理攻撃。月読が知っている限り、この策を彼が用いた時、大抵の敵は全滅、もしくは戦意を完全に消失させられてしまっている。


「さて、感傷に浸っているところ悪いのですが、孫権殿。兄様から、僕、もしくは天照宛になにか預かってはいませんか?」


「これのこと?」


 思い当たる節があったのだろう、孫権は懐から薄い竹簡を取り出して月読へと渡す。それをすぐに開き、内容を受け取った彼は、他者に見られないように竹簡を火の中へと投げ入れて、この場にもう用はないと、背中を向けて去っていく。


「蓮華、こんなところで言うのもなんだけど、お帰り」


「うう、雪蓮姉さま」


 孫策の言葉を受け、緊張の糸が切れてしまったのだろう。その時初めて、孫権は人目を気にすることなく、大声を上げて涙を流した。


◆◆◆◆◆◆◆◆


「それにしても、流石はお兄さんといったところでしょうか。抜け目無いですねぇ~」


「風、伊邪那岐殿を褒めるのはもうやめて、これより先のことに知恵を絞りなさい」


「はいはい、稟ちゃんは頑張り屋さんですね~」


 汜水関が破壊され、反董卓連合に甚大な被害を与えられておよそ一刻。

 すんでのところで軍を引くことができた曹操、劉備、そして孫策の陣営の被害はほとんどない。だが、連合の中で主力となるはずだった袁紹、袁術の軍隊はこの地に来たおよそ半数まで減らされてしまっている。


 しかも、汜水関から虎狼関までは一本道。未だ火の手の収まらない汜水関を超えなくては先へは進めない。加えて、爆発で周囲まで巻き込んでいる為、火の手が収まったとしても、がれきの撤去作業が完了しない限り先に進めないという念の入れよう。別のルートを通るにしても、兵糧に限りもあるし、罠が仕掛けられていないとも限らない。兵力を削るだけでなく、残された者たちの戦意すら、真綿で首を絞めるように削いでいく。策略としては、えげつないにも程がある。


「桂花、このまま進むのと、別の道を行く場合、どちらが先に洛陽につくかしら?」


「今、負傷していないもの、総出で消火作業に当たっていますが、正直、別の道を使ったほうが早く着けるかと」


「引き返したほうがいいと、あなたはそう考えるわけね?」


「はい」


 荀彧の意見に概ね曹操も賛同している。ただ、無事に引き返すことができるかということが大きな問題。関所を爆破するなど前代未聞。ましてや、守るはずのために設けた場所を攻撃の手段として使う策略など聞いたこともない。そんな策略を使う人間が、引き返すという選択を見過ごすはずがない。だからこそ、動くに動けない。下手に動けば、被害は増える一方だと、そう思わせるには十分すぎる初撃を連合の全員が受けたのだから。


「動いてもダメ、動かなくてもダメ。まさに手詰まりね」


「それも、蜘蛛の巣にかかった獲物状態にした上での策略。敵ながら、いえ、敵としてあいまみえたからこそ、あの男が余計に恐ろしく感じます」


「でしょうね。多少、手心を加えてくれると思っていた私が浅はかだったわ」


 顔見知りであれば、こちら側に部下がいれば、どこかで手を抜く。敵として現れた場合、その状況を想定していなかったわけではない。だが、曹操は伊邪那岐のことを見誤っていた。あれは、徹底的なまでに軍師という生き物。人間であって軍師なのではない。軍師であって人間。他人と順序が逆。だからこそ、たとえ顔見知りであっても、一度敵対すれば、容赦なく命を刈り取りに来る。彼は感情を優先させることを滅多にしない。理性において完全に感情を制御下に置いている、軍師の鑑のような人物。


「大蛇。確かにそうかもしれないわね」


「どういうことですか?」


「なまじ、手が届くから勘違いしてしまう。龍のように天空を舞い、触れられないのであれば、ここまで怖いとは感じなかったでしょうね。でもあいつは、地面を這い、手の届く場所で、いつだって息を潜めて機会を窺ってくる。よくもまぁ、あれをひと月とは言え、従えられていたと、自分で自分を褒めたくなるわ」


 あの時、月読が残して言った言葉が今の曹操には理解できる。そう、理解できてしまう。見せつけられたと言い換えてもいいぐらいに。


「でも、あなたたちは、私曹操の軍師。引けをとっているとは思っていないわ。なんとしてでも、あいつに、伊邪那岐に勝つわよ」


「「「はい」」」


◆◆◆◆◆◆◆◆


「まさか、そんなことがあったなんてね」


「大体の事情は理解できましたが」


 孫呉の陣営にて、孫権が甘寧、周泰の二名と別れてからの顛末を聞かされた孫策と周瑜の二人は、ため息混じりに言葉を吐き出す。


 孫権の言葉を真実だとするなら、本当の敵は皇帝を傀儡として政権を握っている十常侍で、董卓は救うべき存在。そして、董卓を救うために洛陽に残った伊邪那岐。


「事情はわかったが、今更、どうしようもあるまい」


「そうよねぇ」


 黄蓋の言うとおり、最早、反董卓連合は止まらない。先の汜水関で被害を被った袁紹、袁術の二名は、頭に血が上っているだろうし、曹操は曹操で人材を欲しているし、劉備は名声を欲している。互いが互いに目的があるため、相手が誰であろうと、一度動き出してしまった戦は止めようがない。


「一つ聞いておきたいのだが、孫権殿。刀傷を持つ男は確かに、布都と名乗ったのだな?」


「ええ」


「これはまずいことになったな。下手をすれば、大義はこちらにあっても、根絶やしにされかねない」


 孫権の返答を聞いて、大きく肩を落としたのは夜刀。彼自身、序列に名を連ねているため、序列一位である布都の実力を、自分自身の肉体で理解している。そして、やはり、警戒するべき存在である伊邪那岐。


「それは、いささか言い過ぎではないのか、夜刀」


「いや、最悪の事態だ。敵側にあの二人がいるという時点で、こちら側にほとんどの勝ち目がない」


「どういうことだ?」


 問いかけてくる周瑜に対し、重い口調で夜刀は口を開く。


「布都は、序列の一位。正直、単体であろうと軍であろうと、あれに勝てる見込みのあるものはこの地にいない。それに、伊邪那岐が兵を得た。このことが非常に大きい」


 孫呉の面々は、茶化すことも質問することもせずに、彼の言葉に耳を傾ける。


「伊邪那岐個人であれば、対処できなくもない。ただ、あれが兵を得たとなれば、話は大きく変わってくる。やつを殺すのであれば、動かせる兵がいないとき。そのことを、里の連中は重々承知していた。なにせ、過去にやつは、わずか百足らずの農民たちだけで、万を超える軍勢を殲滅している」


「百足らずで?」


「ああ、それに、布都という絶大な力、こちらよりも多い兵。あいつが本気になったことなど、過去一度しかないが、もし、本気になったのだとすれば、この地にいる兵力では有象無象。殺されて終わりだ」




史実の空城の計とは違いますけど、まぁいいか。

ちなみに、この空城の計、これだけではすみません。

なにせ、悪徳軍師の策略ですから

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