第四十八幕
前回のあらすじ
やる気になった主人公
二月後。
大陸の各地では、朝廷の腐敗、そして、董卓の圧政を許すまいと諸侯たちが立ち上がり、反董卓連合を結成。その場には、曹操、袁紹、袁術、馬騰の代理である馬超だけでなく、義勇軍という兵たちを付き従えた公孫賛と劉備一行の姿もあり、いずれ、この大陸に覇を唱えるものたちが一堂にあいまみえていた。
「華琳様、首尾はどのように?」
「あれが会議と呼べるものなのか、私には甚だ疑問でならないわ」
反董卓連合の盟主を決めるという今回の会議。汜水関、虎狼関の二ヶ所をどうやって攻略するべきか。その方法を決めるものだと、そう考えて会議へと望んだ曹操だったが、内容はお粗末すぎて割愛するしかない。口に出してしまえば、今でも失笑してしまう。あれではまるで、子供の発表会で誰が主役を演じるか。その議題を当人ではなく、親たちが決めるようなもの。趣旨を履き違え、結論にもいたらない。完全に時間の無駄。
「でも、すこしだけ、収穫と呼べるものがあったわ。ねぇ、秋蘭、桂花」
「「はい」」
曹操の言葉に、会議という名の袁紹の一人芝居を見せつけられた夏侯淵、荀彧は答える。義勇軍を代表して現れた公孫賛と劉備の配下にいた、関羽という名の、磨けばこの上ないほど輝くであろう武将。袁術の客将として身分を落とした孫策の姿。馬騰の代理として、現れた娘の馬超。そしてなにより、馬超と共に現れた一人の少年軍師、月読の姿。
「秋蘭、桂花、少し付き合いなさい。馬超の天幕へ行くわ」
「「仰せのままに」」
月読の姿があるというのであれば、必然的に彼の主である伊邪那岐もこの場にいるはず。三ヶ月前の自身の失態。そのことを謝罪することすらできずに分かれてしまった彼女。顔を合わせてしまえば、どれほど罵詈雑言を浴びせられるか、それとも、無視されてしまうか。どのような結果が彼女に与えられるかは、まだわからない。ただ、袂を分かつ原因を作ってしまったのは、他ならぬ自分自身の甘さ。それ故、彼女は彼に一言でもいいから、謝りたかった。王としてではなく、曹操個人として。
「失礼するわよ」
その言葉のあと、馬超の天幕に足を踏み入れる曹操。ただ、その場ですぐに足を止めてしまう。予想外にも程がある。その場所には、馬超だけでなく、孫策に周瑜、劉備に公孫賛の四名もいたのだから。
「曹操さん」
「曹操?」
曹操の存在に気づき、早速声をかけてくる劉備と孫策。そんな二人に挨拶を口にするよりも早く、一人の人物の声が彼女の喉元へと添えられる。
「兄様にあれほどのことをしておいて、よくぞまあ、この場に顔を出せたものです。その顔の皮の厚さには感心しますよ、曹操殿」
敵意を隠すこともなく、殺意に染まった声をかけてきたのは、曹操が訪ねた理由でもある月読。これが伊邪那岐であれば、周囲に人の目がある、その意識を優先させて感情を表に出すことは決してしないだろう。
「そのことで、伊邪那岐に会いに来たのよ」
言葉を搾り出すのに、ここまで勇気を必要としたことを今まで、曹操はなかった。だが、それに対する月読の反応は、ため息を付くだけ。嫌なところだけ主に似ている。
「はぁ、あなたもそのために来たのですか」
彼の口ぶりから察するに、他の四人も伊邪那岐を訪ねてこの場所へと現れたらしい。だが、当の本人の姿はない。そこで、彼女は違和感を覚える。自分が馬超の立場であれば、軍師の筆頭を会議には必ず同席させる。だが、その場に来たのは月読。ならば何故、彼は姿を現さないのか。それとも、姿を現すことができない理由が別にあるのか。思考するものの、答えは一向にまとまらない。そんな彼女の胸中を代弁するかのように、月読が言葉を紡ぐ。
「兄様は、二月ほど前、消息を絶っています。そこにおられる孫策殿の妹君、孫権殿を救うため、荒波の中、消えました」
その言葉を聞いて、曹魏の面々は絶句してしまう。目的が果たせなかったからではない。あの伊邪那岐が、他人を救うために自分の命を省みない行動をしたことを伝えられたことによって。そして、その言葉は曹操の心に抜けない棘となって残る。自分の命よりも、孫権を救うことを優先した彼の行動が。
「劉備殿、孫策殿、すみませんが先ほど告げた事以外、僕の耳にも入ってきてはおりません。そろそろ、お引き取り願います」
そう口にして、有無を言わさず、天幕から自分たち以外を追い出した月読。そんな彼を見ながら、馬超は腕組みしながら唸り声を上げていた。
「どうかしましたか、翠殿。あまり、頭はよくないのですから、悩むと知恵熱を出しますよ?」
「失礼なこと口にするなよ、月読」
「ふふっ、だが、月読の言うとおりだと私も思うぞ、翠」
馬超を心配するのではなく、その事態を楽しむように趙雲が声を上げる。
「でも、それほど何を悩んでいたのですか?」
「いや、その伊邪那岐って人のことだよ。あたいは、月読や星、他の人からしか聞いたことがないから。どんな人なのか、よくわかんなくってさ」
「会えば、すぐにでもわかると思いますが?」
「ほら、月読はすぐこれだ。なぁ、星、各地の諸侯がこぞって会いに来る伊邪那岐って、どんな人なんだよ」
「会えば、すぐにでもわかると思いますが?」
「星~」
返し言葉まで月読と同じ趙雲を恨みがましく見つめる馬超。そんな彼女を見て、徐々に興が乗ってきた趙雲は、少しだけ彼女に教えてあげることにする。
「我が主である伊邪那岐殿は、いい意味でも悪い意味でも人を魅了するお方。心を強く持たねば、すぐにでもひれ伏すことになるでしょうな」
「うへぇ、伊邪那岐って人は、化物か何かかよ」
「極端に言ってしまえば、その類に入るでしょうな」
そこで一度言葉を区切った趙雲は、メンマを軽く口に運んで咀嚼したあと、視線を合わすことなく口にする。
「ただ、心を強く持っていたとしても、惚れてしまうでしょうな。あの方は、老弱男女問わず、魅了してしまう罪深き方ですから」
◆◆◆◆◆◆◆◆
袁紹を盟主とした反董卓連合が結成されて、およそ一週間。
一行は、董卓配下の勇将、華雄、張遼が守護すると情報の得た汜水関にようやくたどり着くことができた。
「孫策さん、本当にうまくいくんですか?」
「大丈夫だって、本当に劉備は心配しょうね。どこかの誰かさんと同じで」
「それは、私のことかしら、雪蓮?」
正面で敵を迎え撃つ役目を半ば強引に押し付けられてしまった劉備率いる義勇軍。そんな彼女たちに助力を申し出た孫策の提案に乗り、昔、彼女の母親である孫堅に敗北したことを引き合いに出し、籠城を破ろうとする孫策の策。ただ、不安要素が多過ぎるため、劉備の不安は拭いきれていない。
「大丈夫だって、相手、おバカさんって情報だから」
劉備と違ってあくまで楽天的に構えている孫策。その彼女の隣でため息を付き、右手で頭を抱えている周瑜の苦労は相当なものだと、鈍い劉備であっても、すぐに察することができた。ただ、悩んだとしてもいい解決案が出てくるわけでもなく、孫策の策に乗ったのは劉備自身の決断。
そして、いよいよ声を孫策が張り上げようとした瞬間、全員の予想を裏切って、華雄が一人の女性を伴って門から出てきた。その女性の顔を見て、唇を嚼み切り血を流しながら耐える孫策と、顔を一層険しくする周瑜の二人。二人は、その女性のことを知っている。否、この場にいる今でも、部下に探索を命じている人物。孫権がいたのだから。
「孫策、こやつは、お前の妹らしいな」
右手に槍を、左手に縛られた孫権を携え、華雄が口を開く。孫策自身、この場で決断を迫られてしまっているため、いつものように口を開くことができない。彼女は今、大きな決断をくださなければならない。妹を取るか、華雄の首を取るか。
「我が主に感謝するがいい。貴様の血族、否、孫堅の親族と聞いたとき、私はなんとしてでも殺したいと思ったのだから」
「へぇ。なら、なんで殺さなかったの?」
「我が主の命令は貴様らの命よりもはるかに重い。それ以外の理由など必要ない」
その言葉とともに、人質に使うでもなく、孫権を孫策へと引渡し、去っていく華雄。逆上させるための孫策の挑発を軽くいなすその姿は、以前までの噂されていた猪武者のそれではない。そして、背中を向けた相手を切り捨てられるほど、彼女たちの誇りは安く捨てられるものでもない。
「火悲、手はず通りに事は進めたようだな。ならば、急ぎ兵を連れて引くぞ。既に霞は虎狼関に向かわせた」
「仰せのままに、我が主殿」
門のすぐそば、戻ってきた華雄が恭しく頭を垂れた人物。その人物を見て、その場にいた王、武将、軍師、全員が全員言葉を失ってしまう。見間違うはずなどない。短めの黒髪に、固く閉ざされた右目。表情にも声にも、ほとんど感情も温度も感じさせないほど、徹底して自分を律することのできる軍師。
図らずとも、孫策、劉備、曹操の三人の声は、それぞれが載せた感情以外は同じ。その人物の名前を口にしていた。
「「「伊邪那岐」」」
さあ、いよいよ反董卓連合VS主人公の開戦です




