第四幕
前回のあらすじ
追っ手を怒らせて、悪役に徹した主人公
「その言葉は聞き飽きた。里長の言葉を借りるなら、言葉ではなく、刃で己の意思を示して見せよ」
二刀を振るう夜刀に対し、伊邪那岐は未だに刀を抜いていない。されど、そのことを考慮して、相手に時間を与えることなど愚の骨頂。彼の方は容赦なく伊邪那岐へと襲い掛かる。
通常、刀というものは、片手で振るうには向いていない。西洋の刀剣と同じく、両手で振るい、相手の攻撃を受け、あるいは受け流し、そこから攻勢へと転じる。二刀になれば、本来、両手で支える刀の重量を片手で支え、なおかつ、体を流されないようにするために、己の体を完全に支配下に置くことが前提。それ故に、一本の時よりも、二本の時の方が動きは鈍重。それを知ってもなお、二刀流という戦い方が廃れなかったのは、その欠点を補って余りある攻め。
それでも、完全に伊邪那岐を捉えることはできず、彼の頬、腕、脚に、うっすらと赤い軌跡を残しているだけ。対して、伊邪那岐はまだ、刀を抜いていない。取り方によっては、伊邪那岐が刀を抜く暇がないほど、夜刀が彼を追い詰めているように、見えなくもない。
「これで、終いか?」
「戯言を、俺は、序列七位。貴様は末席。俺が、この夜刀が、お前に負ける可能性は万に一つもない」
「他人が決めた評価に、そこまで依存できるお前の考えが、俺には理解できん」
「理解などされなくて結構。俺は、今、里の追っ手としてではなく、一人の女を愛した男として、貴様を斬る」
夜刀のその言葉を聞いた瞬間、関を切ったように伊邪那岐は大声で笑いだし、こともあろうに、腰に差していた刀を一振り、その場に投げ捨てる。
「そのような啖呵を切られるとは、俺も正直、思っていなかった。すまん、先に笑ったことは詫びておく」
「なら、これはどういうつもりだ」
「見ての通りだ。里の傀儡として、俺を斬りに来たというのなら、情報を聞き出してから殺すつもりだった」
挑発としか取れない行為をして、伊邪那岐はなおも言葉を続ける。
「だが、好いた女のために戦うというなら、この場で斬るのは、いささか無粋。お前を打ち負かすことにしよう」
ニヤリと、口の端を釣り上げ、彼は笑う。
「やれるものならば、やってみるがいい」
言葉とともに駆け出す夜刀。刀を拾う暇など与えない。相手がやる気になったことは、不安要素の一つとして含まれるが、それがどうしたというのか。自分の女を傷つけられ、男として黙っているのは、男にあらず。
「獲った」
殺戮技巧、漆の座、大蟹。
剣の一族に代々伝わる、戦場において人を殺すためだけに洗練され続けてきた技。伊邪那岐の右を取った夜刀の両刀。その刃は前後から同時に襲いかかる。まさに、鋏のように相手の首、もしくは胴体を切断する。
「阿呆」
その言葉と同時、夜刀の眼前に二本の矢が出現する。伊邪那岐は矢など持っていない。なら、この矢はどこから来たのか。思考してみれば至極簡単。彼が夜刀に対して投げつけた矢は、先ほど、女性が夜刀の身を案じ、放った矢に他ならない。
如何に夜刀といえど、至近距離から放たれた矢を回避することは非常に困難を極める。当然、体を後ろへとずらす。それが、伊邪那岐の描いていた終了図であることを彼が知る由もない。
「しばしの間、寝ておけ」
殺戮技巧、陸の座、破砕。
先ほど投げすてた刀を拾い上げ、左手は鞘へ、右手は柄へ。握ったまま抜刀することなく、柄頭で相手の鳩尾へと衝撃を叩き込む。本来の使い方であれば、体を捻り、相手の武器を柄頭で弾く、もしくはへし折る武器破壊の技。それを、夜刀の足を踏みつけ、逃げられないようにして、衝撃のみを彼は叩き込んだ。
「まったく、人殺しの技をこんなふうに使う日が来るとは、な」
勝負アリ