第四十七幕
前回のあらすじ
洛陽までやってきたお二人さん
華雄を下し、孫権と合流したのも束の間、報奨金を与えるという名目で、伊邪那岐は董卓の屋敷へと招かれていた。
「これは、明らかに罠よ」
「ああ、だろうな」
「それにしては、随分と落ち着いているのね」
「予想通りに進んでいるからな。このような事態、想定の範囲内。別段、慌てる必要も、焦るほどでもない。それに、たとえ罠であろうと、俺とお前で脱出するぐらいは可能だ」
孫権は、彼の言葉を聞いて不思議と安心してしまう。本来であれば、部下でもない人物に命を預けることも、真名を許すこともしなかったはず。どうやら、彼女も彼女で、多少なり、彼と関わることで心境が変化したらしい。
「随分待たせてしまったみたいで申し訳ないわね。僕は賈ク。こっちは張遼」
「ほえぇ、あんさんが華雄をぶん殴って勝ったお人かいな。人は見かけによらへんなぁ」
二人の前に現れたのは、賈クと名乗るメガネをかけた少女と、張遼と名乗る胸にサラシを巻いた長身の女性の二人。屋敷の主であるはずの董卓は未だに姿を見せてはいない。
「報奨金を頂きに来たのだが?」
「まぁ、そないに急がんでもええやないか。ちぃっとばっかし、会わせたい人間もおるんよ」
「「会わせたい人間?」」
張遼の言葉に顔を見合わせてしまう二人。そんな時、室内に一組みの男女が入ってくる。小柄でありながら、その体躯に不釣合いなほどの殺気を放つ女性。そして、長い髪を後ろで一つにまとめ、右頬に深い刀傷を刻んだ男性。その男性を見た瞬間、伊邪那岐が体を硬くしたことは、隣に座っている孫権にはっきりと伝わってきた。
「やはりな。武闘大会の参加者に見覚えのある名があったから、まさかとは思っていたが。このような場で会えること、嬉しく思うぞ、伊邪那岐」
「布都、なのか?」
「ああ。それに、副官の神楽。二人とも健在だ」
そう、目の前に現れた男性こそ、伊邪那岐がかつて心を許していた無二の親友。里において序列一位の座につき、龍の役職を与えられし豪傑、布都であった。
「どうしてお前が、このような場所に?」
「いささか事情があってな。それにしても、無事でなによりだ。火具土のやつは大層心配していたからな。もう、出会えたか?」
「ああ、出会えたことは出会えたのだが」
「なにやら、込み入った事情がありそうだな。そちらの女性も含め、俺もお前に聞きたいことがある。ここは、酒を交え、語り合いたいのだが、どうだろうか?」
「是非もない」
そして酒宴が開始された。
時刻が夜半に差し掛かった頃、大半の人間は酔いつぶれ、意識を手放している。
それでも、伊邪那岐と布都の二人は、縁側に腰掛け、まだお互いに今まで起きたことを語り合いながら、盃を傾けていた。
「なるほど、では、須佐男以外にはもう出会ったということか」
「ああ。あいつらが俺のことを信じているのなら、予定通り馬騰のもとへと向かっていることだろう」
この世界に来た剣の一族は、伊邪那岐を含めて十名。会っていないのは、序列三位である須佐男ただ一人。同じく序列七位である夜刀が孫呉に滞在していることを考えれば、ほとんどの人間が彼の部下として、身を寄せてきたことになる。
「変わったな、お前は」
「自分から、変わろうと思っただけのこと。まだまだ、臆病なままだよ、俺は」
形見の品を誰かに預けたこと、知り合い程度の人間を助けるために荒れ狂う長江に飛び込んだこと。彼の過去を知っている布都としては、彼の心境の変化を嬉しく思っていた。自分と火具土、その二人以外に決して心を許そうとしなかった男が、今、新しい一歩を踏み出しているのだ。親友として、これ以上喜ばしいことはない。
「それにしても、久しぶりに会ったが、神楽のやつはどうしてあんなにピリピリしていたのだ?」
「ああ、ちょっとしたことがあってな」
「はは~ん、布都、お前、好きな女でもできたな。それに、神楽が嫉妬しているといったところか」
「相変わらず人のこととなると鋭いな。自分のことは鈍すぎるくせに」
布都の言うことはもっとも。伊邪那岐自身、他人の心理や思考を読むことに長けているものの、自分に向けられる感情には疎い。それは、人の眼差しを気にしないという彼の長所であり、同時に短所でもある。
「こんな気持ちになったのは、生まれて初めてだ。そばにいるだけで幸せを感じることができる人間など、俺は今まで出会ったことがなかった」
「はぁ。夜刀といい、お前といい、惚気話をお前らは俺に聞かせたいのか?」
「お前が振ってきた話だろうに」
「そう言われると弱いな」
そうして彼が盃を何気なく傾けた時だった。彼の隣に座っていた布都が、姿勢を変え、土下座をして頭を垂れてきたのだ。
「伊邪那岐、都合のいい話だとお前は笑うだろう。だが、聞いて欲しいのだ。俺の大切な人を救い出すために、手を貸して欲しい。俺ひとりでは、もはやどうにもならない。恥を忍んで口にする。俺を助けてくれ」
「布都、話はわかった。とりあえず、面をあげ、立ち上がれ」
言われたとおり、立ち上がった布都。そんな彼の正面に伊邪那岐は立ち、彼が反応するよりも早く、その左拳を顔面へと叩き込んだ。突然の事態、拳を受け、背中から床に倒れ込んだ布都の視界に入ってきたのは、その瞳に紅蓮の怒りを灯し、拳を震わせている伊邪那岐の姿。
「貴様、言う事かいて、助けてくれだと。ふざけたことを口にするでない」
「お前、何をそんなに怒って」
「分からぬのか、この大馬鹿者め。良いか、お前は今、俺に助けを求めた。それ即ち、俺より、お前のことを下だと口にしたのだ。親友とは、対等な関係でこそ成り立つものだと、俺に昔説いたお前が、だ」
伊邪那岐が怒っている原因は、布都が助けを求めてきたからではない。彼が頭を下げ、願い出たことにより、親友という立場を捨て去ってしまったことに関して、彼は怒っているのだ。
「だが、俺は」
「くどいぞ、布都。お前は、俺が逆の立場であれば、俺と同じように殴りつけていたはずだ。それがわからぬほど、お前は愚か者だったのか」
倒れたまま、顔を抑える布都の着物の襟をつかみ、強引に自分の方へと顔を向けさせた伊邪那岐。
「それに、助けてくれだと? 余計なことを口にしおって。俺が、お前の頼みを断るとでも思っていたのだろう。そのことが余計に腹立たしい。よいか、お前は俺の部下ではなく、親友なのだ。俺の後ろを歩むものではない。同じ場所に立つものだ。それが、このような無様な姿を見せよって。力を借りたい、助けて欲しい。そう思っていたとしても、手を貸せ。その一言だけで良いのだ」
その言葉を受け、布都は自分がどれほど浅はかであったかを思い知る。目の前にいる人物は、もはや彼の知る伊邪那岐ではない。心を閉ざしていただけの少年ではない。自分のことを認め、正面から臆することなくぶつかってきてくれる。里の連中と違い、自分とあくまでも対等だと、思ってくれている。
「神楽、おるか?」
「ここに」
彼の言葉受け、すぐさま片膝つく格好で姿を現す神楽。
「時間が惜しい。皆には悪いと思うが、全員叩き起こせ」
「仰せのままに」
「伊邪那岐、お前、何を?」
「俺が何を為すかなど、決まっている。話せ、布都。お前ほどの男でも救えず、そこに神楽の力を加えても無理だという問題を。俺が策を練る」
「すまない」
「布都、次に謝罪の言葉を口にしたら、もう一度叩き伏せるぞ。俺は、いついかなる時であろうと、お前の味方だ。事情はまだわからん。だが、お前が力を欲しがっている。そこに俺がいる。ならば、俺が動く理由としては十分すぎる」
親友って関係は凄いことだと思う




