第四十三幕
前回のあらすじ
久しぶりに登場した孫呉の方々
「貴様、今の今まで、一体何をしていたのだ。確かに、あの裁きには、私も不満はあったが。脱獄など、言語道断。それに、孫策様と周瑜様からは、曹魏の軍師になったと聞きもした。その右目のことも含めて、私は貴様に聞きたいことが山ほどある。その全て、答えてもらうぞ」
「まったく、一度に多くのことを聞きすぎだ、思春。俺の耳も、口も、そんなに多くはついていない。見てわかるだろうに」
「当たり前だ」
伊邪那岐が剣をどけ、地面に突き刺すのとほとんど同時、甘寧は質問の嵐を彼に向けて放ってくる。
「主殿、お知り合い、ですか?」
「思春、知っているの?」
「当然です、蓮華様。こやつは、私と文台様を、武において子供扱いしただけでなく、黄蓋殿と夜刀殿を叩きのめした人間。それだけでは飽き足らず、孫策様と周瑜様を人質に取り、脱獄した大罪人」
趙雲と孫権、二人がそれぞれ、当事者に問いかけ、彼が口を開くよりも先に、甘寧が矢継ぎ早に言葉を口にする。
「この者の話、本当なのですか、主殿?」
「まぁ、瑣末な違いはあるが、大まかには間違っていない」
信じたくないと思い、口にした趙雲だったが、当の本人に認められてしまっては、それ以上、言葉を口にすることができない。孫権も、黄蓋に夜刀、二人と彼の戦いを思い出したため、目の前にいる人物に対して、警戒心を高めていく。
「事情があったと、言っても言い逃れにしかならん。そうだな、この後、お主ら、時間はあるか?」
「それがどうした?」
「なに、構えるなよ。俺に戦う意思はない。ただ、なにぶん、話すことが多い。食事でもしながら、ゆるりと話そうと思ってな」
彼の言葉を受け、視線を交わす孫権と甘寧。
「場所はお前らが決めていい。ただ、俺ともう一人。二人で行くことになる」
「もう一人、だと?」
「何度も言うが、事を構えるつもりはない。なんのことはない、俺が無茶ばかりすると、部下たちが、俺一人で行動することを許してくれないだけだ」
「場所、時間、こちらで決めていいというのだな?」
「ああ」
「わかった。後で使者を向かわせる」
「思春?」
勝手に話を進めてしまった甘寧を咎めるように、声を上げてしまう孫権。
「蓮華様、こやつは、嘘をつくような奴ではありません。それに、こやつが言葉を違え、この場で挑んできたなら、我々は、既に骸。ここは、場を設けたほうが得策かと」
「そうなの? 確かに、さっきの動きには驚いたけど。それほどの人物なの、彼?」
「外見に惑わされてはなりません。こやつは、蓮華様も一度、目にした通り、黄蓋殿の助力を得た、夜刀殿すら、倒した男。それに、戻られた孫策様、周瑜様ともに、こやつを認めている節があります」
「わかったわ。あなたがそこまで言うなら」
甘寧の、嘘偽りない言葉を聞いて、孫権も心を決める。
「話は纏まったようだな。俺たちは、この村に宿をとっている。いつでも訪ねてくるがいい。行くぞ、星」
「はっ」
色々聞きたいことはあったものの、趙雲は、己の主を信じると決めている。だからこそ、去っていく彼に追従するように、その場をあとにする。
「まさか、このような場所で、あやつと出会えるとは。蓮華様、天は、我らを見捨ててはいないようです」
◆◆◆◆◆◆◆◆
夕刻、甘寧の送ってきた使者に先導され、伊邪那岐と月読の二人は、この村には不釣合なほど、立派な屋敷へと通されていた。
「兄様、どうして獲物を宿に置いてきたのですか。無用心にも程があります」
「食事をする時に、刃など不要。それに、お前がいるのだから、俺が用心をする必要はないだろう。違うか?」
屋敷にいる兵の数、通された部屋の入り口だけでなく、室内にも武装した兵士が待機している。そんな場所に、獲物も持たずに来た彼を最初、咎めていたはずの月読だったが、自分のことを認めている。そんな彼の言葉を聞いて、怒りを置き去りにして、喜びへと飛びついてしまう。
「待たせてしまって、ごめんなさいね」
その言葉とともに、武器を手にしていない状態で現れる孫権、甘寧、周泰の三名。そして、料理が運び込まれるのと同時、室内にいた兵士たちが引き上げていく。
「獲物は、持ってこなかったのだな」
「はぁ、思春、お前も月読と同じように俺を咎めるのか。今日は食事に来たのだ。戦をしに来たのではない。刃は不要だ」
甘寧の問いにつまらなそうに、彼が答える。すると、先程までの警戒していた雰囲気が嘘のように消え、周泰は笑みを浮かべ、甘寧も肩の力を抜いていた。
「蓮華様、こやつはこういう奴です。ここに来る前も口にしましたが、気を張っているだけ無駄。疲れてしまいますよ?」
「そうみたいね。緊張していた私が馬鹿みたい。雪蓮姉さまや冥淋同様、あなたや明命が気に入るのも、なんとなくだけどわかったわ」
ただひとり、室内に入っても緊張をといていなかった孫権だったが、甘寧の言葉を受けて、ようやく、敵愾心を内側にしまい込む。
「それで、何から聞きたいのだ。問われれば、俺が知っている範囲で答えるぞ?」
「では、初めに、どうしてあなたは脱獄なんて馬鹿な真似をしたの? 雪蓮姉さまと冥淋の二人を人質に取ってまで」
料理に箸を伸ばしながら、声をかけた彼に対し、孫権は硬い声で聞いてくる。敵愾心はしまったものの、まだ、目の前の人物を見定めているといったところだろう。
「ああ、そのことか」
「兄様、どういうことですか。僕も説明を要求します。兄様を投獄したなど、今すぐ、その者の名を教えてください。万死に値する行為を平然とやってのける愚物。僕がすぐにでも、首を取ってきます」
「落ち着け、月読。少し、手違いがあっただけだ。それに、俺はそんな小さなこと、気にもとめていない。怒りを静めろ」
「ですが、兄様」
「そういう反応をすることが、目に見えたから話さなかったのだ。俺が許していることを、お前が怒る必要などない」
なおも食い下がりたい月読。それでも、伊邪那岐本人が許しているというのだから、彼には、これ以上どうすることもできない。それに、先程は、感情に任せて口にしてしまったが、この場での彼の仕事は、伊邪那岐の護衛。その大役を放棄してまで、この場を動くことは、決して許されるものではない。たとえ、他の人間が同じような言葉を口にし、行動しようとしたとしても。
「落ち着いたようだな」
「申し訳ありません、兄様。取り乱しました」
「さて、なぜ、脱獄したか、だったな。口止めされているわけではないから、口にしても怒られはせんだろう。あれはな、雪蓮が、曹操に会いに行きたいから、俺を出す代わりに、連れて行けと言ってきたのだ」
「まさか、それで、人質として二人を連れ出したと言うの?」
「ああ。二人共、同意の上でのことだ。確かめたいのであれば、本人、いや、あいつは考えなしに行動するな。冥淋にでも聞いてみるといい」
彼の言葉に嘘はない。
それに、孫権は目の前の人物以上に、自分の姉である孫策の無謀さを知っている。周瑜が行動を共にしたのは、彼女に無茶をさせないため。彼が脱獄した際、死者は一人も出ていない。帰ってきた二人には、傷の一つもなかった。様々な証拠、それらを照らし合わせて考えれば、自ずと結果は出てきてしまう。
「他にもあるのだろう。遠慮していては、時間がもったいないぞ?」
「では、曹魏にいるはずの貴様が、どうしてここにいる?」
「そのことも話していないのか、あいつらは」
ため息をついたあと、酒を一気に煽る伊邪那岐。
「期間限定で、俺は曹操に仕えていたのだよ。もっとも、曹操の本陣で、名乗りをあげるような行為を、雪蓮の馬鹿がしなければ、仕えることもしなかっただろうが。その場に二人も同席していた。これは、どちらに聞いても同じ答えが返ってくるはずだ」
「では、貴様は、孫策様と周瑜様を無事に返すため、曹魏に仕えていたと。己を犠牲にしてくれたというのか?」
「あの場で、全員無傷で朝日を迎えるためにはその方法しか思いつかなかったからな。もっとも、曹操が俺を欲しがらなければ、どうなっていたか俺にもわからん」
声を上げた甘寧だけでなく、孫権、周泰の二名も絶句してしまう。彼は、自らを牢にぶち込んだ人間の娘を、自分の命と引き換えに助けたというのだから。罵倒することなどもってのほか。恩義を感じ、謝罪する言葉しか出てこない。
「その、右目はどうしたのだ?」
「これか、これは、自分で抉り出した」
「自分で、ですか?」
「ああ。皆を守る力が必要だったからな。その為の代償として失っただけだ。皆は、その後、俺を責め立てたが、俺には微塵も後悔はない」
声、表情からも、彼の考えをこの場にいる人間は、読み取ることができない。ただ、そこに至るまでの経緯、成したこと、それらを踏まえたうえで、彼の言葉は、真実だと、誰にも思わせてしまう力がある。
そこで、意を決したように、孫権は、この場に彼を招いた本当の目的を口にする。
「雪蓮姉さまに冥淋、二人を助けてくれたこと、改めて、礼を言わせてもらうわ、ありがとう」
「別に。牢から俺を出してくれた恩を返しただけだ。礼を言われるほどのことではない」
「そう、あなたはそういう人なのね。そんなあなたにだからこそ、図々しいとは思うけど、敢えて言うわ。力を、貸してもらえないかしら?」
孫権さんは、彼に何を求めているのでしょうか?




