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恋姫異聞録~Blade Storm~  作者: PON
第二章 立志建国
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第三十九幕

前回のあらすじ

いろんな人の思いを胸に、大きな胸を張った劉備

 袁紹と劉備の舌戦が繰り広げられ、それぞれが、それぞれの思いを胸に、剣を打ち鳴らし始めた頃。単身、袁紹が伏兵を忍ばせたであろう場所に向かった伊邪那岐。その時彼は、すでに肩で息をして、纏っている着物を赤黒く染めていた。


 奇襲。その意味では完全に成功。いきなり現れ、向かっていった者たちを、全て骸に変えていく、一人の少年に、大いに袁紹軍は振り回されていた。ただ、残念ながら、その数はおよそ二万。彼が、側面から襲いかかってくるだろうと、予想していた人数の倍。諸葛亮、鳳統に気づかれないように、伏兵の数を増やしていた袁紹側。彼らの方を、敵であっても褒めるべきだろう。責めるべきは、己自身の迂闊さ。


 数というのは、確実な力。それが、民衆ではなく、鍛え上げられた兵であるというのなら、なおさら。既に、二千は、血の海に沈んでいる。だが、残りは一万と八千。今は、まだ、切れ味を損なっていない獲物も、当初の予定である一万を斬れば、血、脂で、切れ味を失い、ただの鉄の塊と変わってしまうだろう。体力も、今は余裕がある。だが、切り捨てた数の九倍が、まだ残っているとなれば、話は別。精神的なダメージはそこまで負っていないが、疲労という名の蛇は、彼の予想よりも早く、四肢にまとわりつき、体力を絡め取っていくことだろう。


 そもそも、一万という数は、彼が一人で相手取って、ギリギリ生還できる。そう、予測している数よりも、若干多い。それの倍を相手取ってしまうことになったのだから、ため息の一つも付きたくなってくる。


「まったく、ここで死ぬわけにはいかないというのに。どうも最近、疫病神が近くにいるような気がしてならんな」


 それでも、彼には死ぬ気もなければ、逃げる気もない。

 彼がここで死んでしまえば、残った兵士たちは、本隊に合流してしまう。それでは本末転倒もいいところ。逃げてしまっても同じこと。ただ、逃げてしまえば、自責の念に耐えられず、彼はすぐにでも、自害することだろう。


 殺戮技巧、乱の巻、円環。

 かつて、敵として戦った凶星の技。その技を用い、周囲を取り囲んでいる敵兵の首を落とす。それでも、敵の数の減少は微々たるもの。


 殺戮技巧。

 それは、相手の体制を崩す技を中心とした序の巻。多人数を相手取るための技を記した乱の巻。自身と同格、それ以上の相手を打ち破るための、一騎打ちの技である座。そして、それらを収め、なお、精進することをやめなかったものだけがたどり着ける極みの四種。


 それらを駆使したとしても、目の前の人の海は、彼に対して押し寄せてくる。荒波、または怒号となって。


「俺は、無力だな。いくら、技を磨いても、知恵を研鑽しても。大切な人間を、失ったあの頃と、何も変わっていないではないか」


 彼の技、智謀が、決して誰かに劣っているわけではない。事実として、彼の技量も、智謀も認めていない人間など、一人もいないだろう。それでも、いざ一人で戦ってみれば、圧倒的な物量を跳ね返すことができず、飲み込まれてしまう。


「力が欲しい。戦うことなく、相手を屈服させるほどの、圧倒的なまでの。力が欲しい。大切な人間すべてを守れるほどの、途方もない。力が欲しい。敗北、挫折、不可能、それらをすべて覆すことのできるほどの。聞こえているか」


 彼は、刀を振るいながら、声を張り上げる。その声に応えるものは、この戦場には誰ひとりとしていない。それでも、遠い誰かに訴えるように、彼は、声を発することをやめはしない。それに呼応するように、空は曇り始め、風が強くなってくる。


「兆しは、見えた」


 その言葉とほぼ同時、彼は刀を鞘へと収め、代わりに、右手を自分の右目へと突っ込んだ。そして、血管が、筋肉がちぎれていく音を無視して、血潮を噴出させながら、己の右目を抉り出した。


 剣の一族において、禁じられた呪法、時空歪曲ときまたぎ

 千を超える人間の魂、血肉と、術を行使するもの、本人の肉体の一部を捧げることによって、時空の扉を一時的に開き、世界をつなげる。術を行使している間、術者すらも、時空の扉に巻き込まれてしまう危険性、大量の贄だけでなく、術者の体の一部を必要とするため、この呪法は禁じられ、長いこと行使されることなく、封印されてきた。


「真龍刀よ、俺の声が聞こえるのなら、俺の願いに興味を示したのなら。この地へと来い。二度と、俺はお前を手放したりはしない」


 その呪法を用い、雲を雷雲へと変えた伊邪那岐は、天へ血まみれの右腕を突き上げて吠える。

 そもそも、序列に名を連ねていながら、彼が真龍刀を有していないのには、大きなわけがある。真龍刀は、里の秘宝。そして、絶大なる力を持つ兵器。それを、里に害なす恐れのある、大蛇の称号を与えられたものの、手元に置いておくわけには行かない。そう、危惧した者たちの手によって、彼は、真龍刀を手放し、封印されることになった。


 そして、起きてしまった、彼の最愛の妻である鈿女の死。その時、彼のもとに真龍刀があったのであれば、彼女が死ぬこともなかったかもしれない。彼の慟哭、それを受け、封印を自力で解除し、彼の手元に戻ってきた真龍刀。それを、己の怒りのままに振るい、里に住む者たち、半数を殺し、全員を恐怖のどん底へと叩き落とす結果。


 後に、彼は真龍刀を取り上げられ、前よりも厳重に封印。序列六位である犬遠理ほおとりを監視に付けられ、行動を制限されるようになった。だが、彼にしてみれば、それは小さなこと。許せなかったのは自身の力のなさ、救援を送ることなく、彼女を見殺しにした里。そのことが原因となって、他人を信じられなくなり、心に強固な檻を作り、己を守り続けた。


「俺は、もう二度と、あんな思いをしたくない。だから、応えてくれ」


 その言葉は、彼めがけて降ってきた落雷によって、誰一人、聞こえることなく、葬られたかのように思えた。


 だが、落雷によって、一時的に奪われた視力を取り戻した、袁紹軍が見たとき、その場所には、帯電したまま大地へと突き刺さった、ひと振りの、鍔のない、刀身がやけに長く、薄氷のように薄い刀。それと、対峙している一人の少年。


「黄泉路まで共に、逝こう」


 言葉とともに、刀を握る少年。そこにまた、雷が容赦なく落ちてくる。

 一度目は奇跡であったとしても、二度目はない。落雷を受け、人間が無事でいること自体、おかしいのだから。黒焦げになり、焼死体が一つ出来上がる。それが自然の摂理。


 そう、誰もが考えていた。

 ゆっくりと、戻ってくる視界。もはやこの地に用はないと、本体に合流するべく、馬に鞭を入れる袁紹軍の兵士たち。それが、一瞬で、消し炭と化した。その数、およそ五千。驚愕で、声も出せない兵士たちは、知らず知らずのうちに、一点に視点を集中させる。


 そこには、一人の少年が立っていた。

 先ほど、落雷と共に現れた刀を右手で握り、黒の衣を纏い、顔の左半面に髑髏の仮面をつけた一人の少年。先程まで、出血していた右目の出血は止まり、固く閉ざされている。しかし、残った左の瞳を見たとき、彼らは、体の自由を、恐怖という鎖で奪い去られ、息をすることも、瞬きすることさえ忘れて、たった、一人の少年に魅入られてしまった。


「あまり、時間ときはかけていられないな。あちら側が気になる」


 真龍刀の銘は、伊邪那岐伊佐那海いざなぎいざなみ

 全ての真龍刀の原型であり、始まりの真龍刀。雷、風を操るのではなく、自然界に存在するもの、その全てを使役することができる。星の意思を具現化したと言える、代行者。剣の一族、始祖以外、誰ひとりとして主と認められることなく、振るわれることのなかった、里の秘宝。


 それを右手一本で握り、地面へと突き刺す伊邪那岐。


「貴様らは、この大地の糧となれ」


 その言葉に応えるように、本来、このような平原で起きるはずのない、地割れが袁紹軍の兵士達を襲う。完全に予想外の、それでいて規格外の攻撃。それを防ぐ術を彼らは持っていない。悲鳴を、嘆きを上げながら、普段、何気なく踏みしめている大地に牙を剥かれ、その命を散らす。


「ふむ、久方ぶりにしては、上出来か」


 最初に、自分自身で奪った命、およそ二千四百程度。真龍刀を用いて奪った命を合わせて二万。袁紹軍を、たった一人で、殲滅したというのに、そこには、目的を達成した喜びもなければ、歪んだ愉悦や凶気もない。


「さて、あちら側は、どうなっていることやら」


 奪い去った命を振り返ることなく、背中だけで答え、歩を進める伊邪那岐。

 数多の屍、血潮、臓物を踏みしめ、汚れた道を歩む。罪と罰を背負い、非道なまでの悪を成し、侮蔑と嘲笑を受け取る。その代わり、己の部下には、賞賛と名誉を与え、民たちの笑みを絶やさない。自分が罵られることも、傷つくことも恐れない。


 この時、乱世に覇を唱える、一人の血塗られた王が、目覚めた。



ヤバい、

なんか、主人公が若干チート気味になってきてしまった

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