第三幕
前回のあらすじ
なぜだが、追ってと出会ってしまった主人公
二人の距離はおよそ五メートル。
踏み込みの速度、獲物の殺傷範囲を考えれば、ほとんど無いに等しい距離。
「それにしても、随分と悠長に構えているな、夜刀。俺を殺すための策でも練ってきたのか?」
「はっ、序列七位である俺が、十位、末席たるお前に対して、策を弄する必要があるとは思えんが」
序列。
それは剣の一族において、絶対視され続けている力量。故に、この序列に名を連ねるものは、里長に次ぐ権限を持つ。序列は一から始まり、末席である十で終わる。里において十本の指に入る使い手に与えられる称号。
「そうか、お前はそういう奴だったな」
その言葉を吐き捨て、伊邪那岐はこともあろうに刀を鞘へと戻す。
「殺しては聞けないからな。先に用件を済ませておく。お前、どうやってこの場所に来た?」
「ふっ、俺としては、お前こそどうやって来たのか、知りたいものなのだがな。大方、ホオトリあたりに送られてきたのだろうが」
「ホオトリなら、斬ったぞ」
予想していた答えと違っていた伊邪那岐は、つまらなそうにため息を吐く。それとは対照的に、夜刀は激しく動揺している。彼としては、それを隠しているつもりなのだろうが、伊邪那岐からしてみれば、そんなもの、隠しているうちには入らない。
「序列六位を斬った。そのことが、それほどおかしいか?」
序列は、一つ上がるごとに、その力量差も跳ね上がる。末席である彼が、九位を斬ったといったところで、驚いてしまうが、それを飛び越えて、六位を斬ったというのであれば、悪い冗談、もしくは戯言以外の何者でもない。
「お前が、ホオトリを斬った、だと?」
「そう言っている。それとも、あいつの死体は確認できなかったのか?」
二人の距離は変わっていない。
今、飛び込んで斬りかかれば、伊邪那岐の反応は確実に遅れると、夜刀自身、十二分に理解している。それでも、彼の言葉を聞いて、少なからず動揺を読み取られてしまっている夜刀は、動くに動けずにいる。
そんな時、一本の矢が関白した空気を打ち破るように、伊邪那岐へと向かって放たれ、体を少しだけずらし、矢を掴み取った彼は、その先にいる人物へと視線を移動させる。
視線の先には、穢れを知らない銀色の髪を後ろで団子状にまとめ、弓を構え、矢を継がえている妙齢の女性。
「この場で、命を狙われる覚えは、里の連中以外に心当たりはないのだが?」
「儂の夫に手は出させぬ」
問いかけた伊邪那岐に対し、怒気も顕に、新たな矢を放ってくる女性。その矢を、掴んだ矢で絡め取り、彼は思考する。この場にいる男性は、伊邪那岐と夜刀の二人。それ以外にもいるだろうが、争いをしているのは、二人以外にはいない。そうすると、
「夜刀、お前、アレを娶ったのか?」
「貴様に、そのことに関して答える必要があるのか?」
「いや、必要はないが」
「お前の瞳にも、しかと写ったはずだ。あの美貌、乳、そして尻が」
男の欲望全開にして答える夜刀に対し、伊邪那岐は聞かなければ良かったと、今更ながらに後悔してしまう。
「俺の嫁は、この国一、否、この大陸一といっていいだろう」
「どうでもいい」
「なんだとっ」
「俺が聞きたいのは、アレも、俺の敵として認識していいかの一点に尽きる」
二本の矢を左手の指で弄びながら、伊邪那岐は問いかける。それは、殺す相手に含めていいのかという、問いかけ。それに対し、夜刀は首を横に振る。
「そうか」
短く答えた返答を聞いて、夜刀は安心してしまう。しかし、次の瞬間、矢を捨てた伊邪那岐の姿は女性の目の前に出現していた。
「あいつの、馬鹿さ加減にはうんざりする。俺が、なんと答えようと、敵対する相手が、命を狙ってくる相手が、信用に値すると考えてはいけない。だから、先に、射程距離の長い方を潰しておく」
刃よりも鋭く、殺気よりも尚冷たい声音で口にした伊邪那岐。
それを受けて、反射的に女性はその身を翻し、逃走しようとするが、それを許す彼ではない。腕をつかみ、それを支点として引き寄せ、自分の体を女性の前へと割り込ませる。流れるような動作で、顎を払い、焦点がずれたところを狙って鳩尾に拳を叩き込む。数秒遅れて、怒りに身をゆだねた夜刀の刀が襲いかかってくるものの、それすら、女性を彼に対して投げつけるという行為で、あしらってしまう。
「安心しろ、殺しはしていない」
「貴様っ」
伊邪那岐に言われるまでもなく、女性の安否を確認した夜刀は、女性を横たわらせ、刀を抜き放ち、二刀で構える。
「お前は、この場で殺す」
悪役に徹します




