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恋姫異聞録~Blade Storm~  作者: PON
第二章 立志建国
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第三十八幕

前回のあらすじ

ツンデレ義妹って素晴らしいと思う

 朝日が昇るのとほぼ同時、万全の状態で陣を敷き、劉備率いる義勇軍と、公孫賛の軍勢は、ゆっくりと近づいてきている、袁紹の大軍勢を待ち構えていた。今はまだ互いに様子見。距離は縮まっていくものの、剣戟の音も、馬の嘶きもなく、静寂が支配している。だが、この先、劉備か、袁紹。どちらかが口火を切れば、その瞬間、多くの血を流す戦が始まってしまう。


「伊邪那岐殿は、大丈夫だろうか?」


「あんがい、逃げてたりしてな」


「公孫賛殿、我が主への侮辱は、代価として首を頂きますぞ?」


 正面で袁紹軍を食い止める役目を言い渡された関羽、公孫賛、趙雲の三人。その話題は、この先に待ち受ける戦ではなく、単身、側面から襲いかかってくると予測される、袁紹軍に向かっていった伊邪那岐。


「ちょっと、趙雲。冗談だって」


「ふん、どうだか」


「だが、趙雲。白蓮殿の言葉を重ねるわけではないが、どうして、お主ほどの人物が、あのような人物をそこまで信じられる?」


 関羽の言葉に、馬上で槍を携えながら、趙雲は一度瞳を閉じ、


「女の勘、っというやつですな」


「「勘?」」


 彼女の根拠のない自信に、二人は大声を上げてしまう。


「冗談が過ぎましたな。確かに、私は、主殿と付き合いが長いわけでも、直接、主殿の戦いぶりを見たわけでもない」


「ならば、どうして?」


「お主らが、信じるかどうかは別だが。主殿の参加した戦で、味方側に、傷を負ったものはいても、死んだものは、一人もいないのだよ。黄巾賊の時も、袁紹軍と戦った時も」


 それは、戦を経験している人間が聞けば、眉唾物。素直に信じられるはずがない。それも、彼女が口にしたのは、両方共、相手が万を超える兵力を有している。そんな大規模な戦で、死者が出ないわけがない。それでも、二人は、笑うことも嘲ることもせず、彼女の次の言葉を待つ。


「それに、今回も、一番危うい場所を進んで引き受けた。己が、危険に巻き込まれることを、理解していないわけではない。主殿は、聡明なる方。それでも、決断なされた。自分のことよりも、我々のことを考え、兵を割くこともせず。単身で向かわれた。そのような方を疑うなど、臣下として恥ずべきこと」


 その姿は、正しく武将の鏡といえよう。


「そして、私は純粋に嬉しい。そのような方を主と出来たことが。この場所に、私を配置していただけたことが。我が武を、主殿のために、存分に振るうことができる。我が武が、さらに広まることになる。それ即ち、主殿の器を知らしめる任を、頂けたのと、同じなのだから」


◆◆◆◆◆◆◆◆


「ねぇ、凶星。あんたは、知ってたの? あいつが、真龍刀をこの世界に引っ張ってくること」


「へぇ、なるほどね。それなら、あいつの単独行動にも納得がいくわね」


「知らなかったの?」


 右翼を任された咲耶と凶星。昨日の夜、告げられたことを、凶星なら知っているのではないかと、咲耶は口にしたのだが、どうやらそれは彼女の勘違いだったらしい。


「まぁ、曹魏を出てから、少し悩んでるみたいだったから。何かしら、考えてるとは思ってたけど。私たちの予想を平然と裏切って、無茶をしてくれるわ」


「ちょっと待って。知らなかったのに、あいつが一万と戦うって言ったとき、止めようとしなかったの? おかしいでしょ、それ」


「なんで?」


「なんでって、自殺行為でしょ、どう見たって」


「そう?」


 凶星が、彼の心配をしていないことに対して、激昂する咲耶だったが、柳に風。彼女は、涼しい顔のまま。


「死ぬわけないじゃない、あいつが」


「どんな確信があって、そんなことを」


「死なないわよ、あいつは。伊邪那岐は、部下を迎え入れるとき、必ず、こう、口にするのよ。共に歩み、共に傷つけって。その言葉を、聞いた人間だったら、誰でも、あいつを信じられるわ。一人では決して、死なない。たとえ、死ぬとしても、その時は、私たちと同じ場所、同じ時だって」


 その言葉を聞いて、咲耶は絶句してしまう。

 伊邪那岐は、他人を簡単に信用しない。自分の心の内を、おいそれと見せたりはしない。だが、それは彼がそうしているだけであって、彼を信用できない理由にはならない。彼は確かに、他人を拒絶し、距離を置いてしまう節がある。それでも、その背中を見たもの、その手を握ったものが、彼を信じられないと考えるのは、大きな間違い。心を閉ざしていたとしても、伝わってくるものは、確かに存在するのだから。


「なんか、大人の余裕を見せつけられたみたいで、若干ムカつく」


「ふふっ、早く大人にならないと、あいつに振り向いてもらうどころか、その背中さえ、見られなくなっちゃうわよ。もっとも、それはそれで、私としては、ライバルが減ってくれて嬉しいけど」


「ちょっと、それは聞き捨てならないんですけど」


◆◆◆◆◆◆◆◆


「うう、緊張してきた」


「大丈夫ですか、桃香様?」


「お水、いりますか?」


 本陣にて、これより、袁紹と舌戦を繰り広げなければならない劉備。そのせいか、緊張で喉は渇き、心臓の鼓動がやけに早く感じている。この場から、今すぐ逃げ出してしまいたい。そんな欲求に逆らうのが精一杯の状態。


「情けない。天照、本当に、兄様はこのような人間に、この場を任せたというのですか?」


「はい。間違いなく」


 そんな彼女の前に現れたのは、体調を回復させた月読と、天照の二人。


「戦とは、弁を交えるまでの間に、いかにして策を巡らし、準備に費やすか。戦の結果は、いかに相手よりも、そのことに時間を費やすことができたか。そのことにかかっている」


「それって、ひょっとして」


「流石に、軍師のお二人は理解できたようですね。まごうことなく、兄様の言葉です」


 月読は、少しだけ楽しげな表情を覗かせ、


「これまでの間、聞けば、兄様が策を巡らせ、準備をさせたと。ならば、これはいわば、消化試合。あなたが、どのような弁を振るったところで、既に、結果は与えられているのです」


「劉備殿。遠まわしな言い方で、わかりづらいかと思いますが、月読はこう言っているのです。気楽にやれと」


「なっ」


 天照に心の内をバラされ、絶句してしまう。


「そうだよね。あんなに凄い人に、作戦も練ってもらったし、準備もしてもらったんだもん。それに、ここには皆がいる。伊邪那岐さんだけじゃなくって、力を貸してくれてるたくさんの人がいる。何も、恐れる必要なんてないんだよね」


「その意気です、桃香様」


 月読だけでなく、諸葛亮にも励まされ、彼女は足を踏み出す。


 本当は、前に進めば、倒れてしまうぐらい、不安が圧し掛かってきている。それでも、背中を押してくれる人がいる。共に戦ってくれる人がいる。支えてくれる人がいる。その事実が、彼女の足を、しっかりと、大地を踏みしめて前へと進ませる。


「あらっ? この地の領主は公孫賛さんだったはず。あなたはどなたかしら?」


「私は、劉備というものです」


 たからかに笑いながら、前へと進んできた袁紹だったが、前へと進み出てきた人物が、彼女の予想していた人物と違い、首をかしげる。


「まぁ、どちらでもいいですわ。それで、戦うつもりなのかしら。今なら、降伏することを許してあげても、よくってよ?」


「私たちは、降伏なんてしません」


「では、戦うと。その程度の戦力で?」


 袁紹の周囲を見れば、その言葉が意味することは明白。視界に収まらないほどの大軍勢。それと、これから戦う。戦わなければならない。物凄い重圧が圧し掛かってきて、言葉が口から出てこない。そんな時、彼女の脳裏に、彼の言葉がよぎる。自分を、この場所にたたせてくれた人物の言葉が。


「この地の民を守りたい気持ちを、ただ、ありのままぶつけてやればいい。その気持ちは、この場にいる誰にもお前は、負けていないと俺はみた。だからこそ、舌戦にはお前がふさわしい。違うか?」


 彼は、自分のことを認めてくれた。領主である公孫賛でもなく、武に秀でている関羽でもなく、ありのままの劉備という人物を。その言葉を聞いて、皆が、一時だけとはいえ、彼女を大将としてふさわしいと、認めてくれたのだ。分不相応なことは重々承知。それでも、その言葉に、背中を向けたくないという、彼女の心が、言葉となって、剣の代わりに打ち鳴らされる。


「私は、弱いです。この期に及んで、臆してしまうぐらいに」


「なら、戦わない。それも一つの選択ではなくって?」


「でも、逃げません。ここで、袁紹さんに降伏してしまったら、私は、私を信じてくれた人達、全員を裏切ってしまうから。戦います。たとえ、こちらの戦力が、袁紹さんに劣っていたとしても。決して、負けません。私の、私たちの、この場所に住む人たちを守りたいという、願いだけは、袁紹さんの大軍勢にも、決して負けてなんかいません」


 そして、この言葉を皮切りに、戦は開始される。


 だが、この時、何人の人間が理解していたことだろう。劉備が踏み出した一歩、絞り出した言葉。それが、彼女が、王になる決意と共に放たれたことに。本人自身も気づいてはいなかったかもしれない。


劉備さんが、玉座へと進む第一歩を踏み出しました

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