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恋姫異聞録~Blade Storm~  作者: PON
第二章 立志建国
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第三十七幕

前回のあらすじ

ガールズトーク。生々しいだけに恐ろしい

 袁紹との戦を明日に控えた日の夜。

 戦のための準備を終え、公孫賛の本拠地に全員を集めた伊邪那岐は地図を広げ、次々と石を置いていく。


「これから、明日の戦の布陣を告げる」


 その言葉を聞き、全員が全員、顔をひしきめ、彼の次の言葉を待つ。


「まず、正面に当たるのは、公孫賛、関羽、趙雲の部隊。お主らの相手は袁紹となる。気を引き締めてかかれ」


「「「応っ」」」


「次に左翼、ここには、張飛、火具土の部隊あたってもらう。お主らの相手は、おそらく、文醜、忘れるなよ?」


「「応っ」」


「続けて右翼、ここには凶星、咲耶の部隊にあたってもらう。お主らの相手は、一番の難敵となる顔良だ。頼むぞ」


「「はっ」」


「最後に、本陣には劉備、諸葛亮、鳳統、天照、月読の五名。軍師三名は、片時も戦の流れから目を離すな。そして、天照、お主は頃合を見計らって、部隊を引かせるため、伝令という一番危険な場所にあたってもらう。よいな?」


「「「「「はっ」」」」」


 それぞれに指示を飛ばし、皆、士気を高めていく。だが、そんな中、一人だけ、役割を告げられていなかった人物は、


「あの、私はどうすればいいのかな?」


「劉備、お前には、袁紹と舌戦をしてもらう」


 彼の言葉を聞いて、しきりに首を横に振る。


「むっ、無理だよ、私なんかじゃ。白蓮ちゃんか、愛紗ちゃんに変わってもらえないの?」


「ならぬ」


 そんな彼女の言葉を、彼は一言で切り捨てる。


「二人には正面で、敵を食い止めてもらう役目がある。お前では代わりはできぬ。なに、この地の民を守りたい気持ちを、ただ、ありのままぶつけてやればいい。その気持ちは、この場にいる誰にもお前は、負けていないと俺はみた。だからこそ、舌戦にはお前がふさわしい。違うか?」


 そこまで言われてしまえば、断ることができるはずがない。

 実際、理想を追い求めるだけで、まだ、ほとんど力を有していない劉備。だが、彼は、公孫賛ではなく、彼女の方が、王にふさわしいと見ている。彼女の中には、覚悟と同じく、王が持っていなくてはならない、大望がある。だからこそ、彼は、この地の領主である公孫賛を差し置いて、彼女を総大将として本陣に置いたのだ。


「異論はないようだな。では、これにて軍議を終了とする。明日は戦だ。しっかりと体を休めておけ」


 そう口にして、その場を去ろうとした伊邪那岐だったが、一言。放たれた言葉によって、彼は歩みを止める。


「あのさ、伊邪那岐。あんたの名前がどこにも上がらなかったんだけど?」


 その言葉を聞いて、全員にどよめきが走る。たしかに、咲耶が口にしたとおり、彼は、自分の配置を口にしてはいない。


「あんたまさか、自分だけ何もしないなんて、そんなことしないわよね?」


「俺が当たるのは、側面の防衛だ」


 咎めるような彼女の言葉に、なんの感情も見せない声で彼は答える。


「「えっと、それは?」」


 彼の言葉に二人の軍師、諸葛亮、鳳統から疑問の声が上がる。


「敵が、正面からだけ、来てくれるとでも思っているのか? 愚直だな、お前ら。俺の考え通りなら、相手の布陣は、正面に四万、側面に一万を振り分ける。勢いを付ける、もしくは増す為に、戦の途中に、側面で奇襲をかけるために」


 確かに、彼の言うとおり、正面から相手が攻め込んでくるからといって、そこにだけ、戦力を集中させている保証は、どこにもない。伏兵、増援は戦の基本。それを知っているからこそ、あえて彼は、自分の役割を口にしなかったのだ。


「まさか、貴公、一人で一万を相手取るというのか?」


「無謀なのだ」


 確かに、関羽や張飛が言うように、一万を一人で相手にするのは、自殺行為。それでも、彼は一切、表情を崩しはしない。


「なら、側面に少し兵を割けば」


「二千ぐらいであれば可能かと」


「ならん」


 諸葛亮、鳳統の提案すら、一言で切って捨てる。


「一万という兵力は、四万を相手取るには少ない。それをさらに減らせば、お前たちは、この戦の目的を果たすことなく、死ぬことになるぞ」


「ですが、主殿」


「でも、伊邪那岐さん」


「くどい。もし、明日の戦で、俺の方へと兵をよこしたのであれば、その瞬間、俺が敵に回ってやるぞ、お前ら」


 その言葉に込められているのは、完全なる拒絶。彼は、誰かと共に戦うことをしない。それが、部下であっても。その心を示すかのように、伊邪那岐は、室内の誰とも、視線を合わせることなく、出て行った。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 軍議を終え、一人、小高い丘で伊邪那岐は平原に視線を向ける。その先には、袁紹の大軍勢。そして、袁紹が収める国がある。


「咲耶、俺は休めと言った。何用でこの場所まで来た?」


「えっと、その」


 近寄ってきた彼女を、振り返ることなく言葉を口にした伊邪那岐。そんな彼に対して、咲耶は、どう、自分の考えを彼に伝えればいいものか、うまく言葉にすることができずにいた。


「さっきの布陣の話なんだけど、私が側面にあたって、あんたが右翼をあたるって、できない、かな? ほら、私、あんたと違って、真龍刀持ってるし。私の真龍刀だったら、周囲に誰もいなかったら、全力出せるし」


 咲耶に与えられた真龍刀の銘は、此花咲耶姫このはなさくやひめ

 琵琶の形をした真龍刀で、その奏でる音が、対象を音の波、振動によって破壊し、死に至らしめる。それは、彼女以外を、見境なく襲うため、彼女自身、周りに誰かいるときは、使おうにも使えない。


「布陣に変更はない」


「でも、いくらあんただって。真龍刀もなしに、一人で一万を相手取るなんて、無茶でしかないじゃない」


 懇願するように声を張り上げるものの、伊邪那岐の鉄の声に変化はない。


「お前の言うとおりだ。だからこそ、俺は、力を手に入れなければならない」


「力を手に入れるって?」


「真龍刀を、この地に招く。袁紹軍の血を捧げ、禁じられた呪法を用いて」


 真龍刀は独自の意思を持つ。

 確かに彼の言うとおり、所持者である彼であれば、真龍刀をこの地に招くことは可能かもしれない。だが、この地が、どこかもわかっていない状態で、真龍刀を招くのは、あまりにも不確定要素が多過ぎる。それに、彼は禁じられた呪法を使うと口にした。どれほど、彼の体に負荷がかかるかもしれない方法を使うと。彼は口にしたのだ。分が悪すぎる賭けでしかない。そのことを知っているにも関わらず。


「俺は、共に傷つき、共に歩むという、誓いを己に立てた。だが、今の俺では、力が足りない。共に歩むことも、傷つくこともできない。それに、皆が俺を大将として、担ぎ上げるのなら、なおさら」


 彼だって、怖くないわけがない。

 それでも、それよりも怖いのは、自分の大切な者たちを守ることができず、守られ続けるということ。ともに傷つくことも、歩むこともできず、ただ、傷を負う仲間たちを見ることしかできない。恐怖よりも、そんな、自分の弱さが彼は許せずにいる。


「誰よりも、強く、賢くならねばならない。それが、命を預けられたものの責任であり、俺が果たすべき、誓い。誰ひとりとして、俺のそばにいるものを、死なせるわけには、いかぬ。弱くてもいい、愚かでもいい。俺が、俺の元に集ってきた者たちを、守る力を持っていれば」


 咲耶は、その言葉を笑えない。覆せない。

 そして、その背中が、自分の見てきた彼の背中と、明らかに違うことに気づく。その背中は、彼女の見てきたものよりも、大きく、とてつもなく、遠い。自分が、どれほど、止まっていたのか。そう、錯覚をしてしまうほどに、彼女と彼の距離は遠く離れている。追いかけても、届かないほどに。


「天照の言ってたこと、ようやく、私も理解できた」


「なにか、言ったか?」


 風呂での彼女たちの会話を知らない彼は、首をかしげ、問いかけるが、咲耶は、その言葉に答えるつもりはない。


「なんでもないわよ、馬鹿。それより、ひとつだけ答えて。あんた、今でもおねえちゃんのこと、好きなの?」


「いきなり恥ずかしいことをくちにするな、お前」


「いいから答えなさいよ、キリキリと」


「愛しているよ、今でも」


 咲耶の言葉に、小さな声で答える伊邪那岐。だが、その顔が、彼にしては珍しく、朱を帯び、微笑していることが、彼女には、面白くない。とても、面白くないのだ。だからこそ、精一杯の自分の気持ちを、彼に聞こえないように、小さく口にしてしまう。


「ふ~んだ、この朴念仁。大馬鹿。死んだ人間を愛し続けるんじゃなくって、身近に、もっと、いい女がいるってことに気づきなさいよ」




やべぇ、作者も、

こんな義理の妹が欲しいです

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