第三十五幕
前回のあらすじ
袁紹軍と戦うことになった主人公たち
「えっと、これって、結果オーライってやつなのかな?」
「多分ですが」
周囲に指示を飛ばしていく伊邪那岐。そんな彼を見て、獲物を奪われたままの関羽を気遣い、近くまで寄って小声で話しかける劉備。
「諸葛亮」
「はい」
「今回の袁紹軍について、知り得ていることを述べよ」
「袁紹さんの兵力はおよそ五万。主だった将は、副将として彼女に付き添う、顔良、文醜の二名。このままの速度で行軍してくると仮定した場合、三日後の朝には、この場所にたどり着くかと」
その言葉は、この場にいる人間の心に、深く浸透していく。五万の兵力。黄巾賊を己の傘下に加えた曹操の軍でも、まだ、三万に届いていない。それのおよそ倍。その数はまさに圧倒的と言える。
「鳳統」
「はい」
「こちらの兵力と将は?」
「兵力は、義勇軍を合わせて一万程度。将は、ここにいる人間で全部です」
「なるほど」
情報を整理するため、一度瞳を閉じた彼は、次に瞳を開いたとき、この場にいる全員が予想していなかった言葉を、平然と口にする。
「この戦、勝てぬな」
「なっ、ちょっと伊邪那岐。どういうことよ」
「主殿、私も説明願いたい」
彼の言葉を信じられない、咲耶と趙雲。二人の口から、非難の声があがる。
「敵は五万の大軍勢。それに加えて、こちらは一万程度。冷静に判断を下せば、誰の目にも結果は明らかだ」
「でも」
「お待たせいたしました。伊邪那岐様」
「伊邪那岐、事情は大体把握したけど、また、あなたは無茶な戦をしようとしてるみたいね。まぁ、私は退屈しないからいいけど」
なおも食い下がろうとする咲耶だったが、その言葉は、戻ってきた天照と凶星に邪魔されてしまう。
「さて、全員揃ったな。これより、軍議を行う」
「あの、伊邪那岐さん?」
「どうかしたか、劉備?」
「勝てないってわかってるのに、軍議をする必要ってあるのかな?」
「そうよ、桃香の言うとおりよ」
彼に対して疑問を投げかけてくる劉備。それに追従するように声を上げる咲耶。そんな二人に対しての彼の返答は、ため息だけ。
「お前らは、軍師ではない。問われるまで、黙って聞いていろ」
「「なっ」」
「この地は、騎馬が有名と聞いているが、どの程度の数があるか、わかるものはいるか?」
「大体、二千前後でしゅ」
完全に二人を視界の外へと追いやり、質問を投げかけた彼に、言葉を返してきたのは鳳統。それを聞いて、彼は、懐から筆を取り出して回し始める。
「凶星、袁紹の下に、まともな軍師は、残っていたか?」
「田豊が離反したから、多分、目立った人間はいないはず。大まかな策を練るのは、顔良だと思う」
「なるほど。あいつか」
筆を回す速度は、緩むことなく上がり続け、
「公孫賛」
「えっ、あたし?」
「枯れ草と油、この部屋に入る量を集めるとしたら、どれぐらい時間がかかる?」
「この部屋ぐらいの量だったら、一日もあれば集められると、思うけど」
「一日、なら、作業に一日かけられる計算になる。よし」
そこで彼は筆を右手で握り、懐へとしまい込む。
「これより、戦のための準備に取り掛かる」
「戦って、いうけど、さぁ」
「この戦、勝てないんでしょ?」
彼の言葉に非難の声を上げる公孫賛と、先程まで完全に相手にされていなかった咲耶。そんな二人を見て、ため息をついたあと、彼は告げる。
「俺は、確かに、勝てないと口にしたが、負けると、口にした覚えはないぞ?」
「「「「「「えっ?」」」」」」
彼の言葉に、劉備、公孫賛、関羽、張飛、咲耶、趙雲の声が重なる。間抜けな声を上げずに済んだのは、軍師である諸葛亮、鳳統の二人と、天照、凶星だけ。
「諸葛亮、鳳統。お前らは、少なからずわかっているようだ。俺の代わりに、こいつらに間違いを教えてやってくれ」
「はい。伊邪那岐さんの言うとおり、この戦、袁紹さんの軍に勝つことは、多分不可能です」
「だったら」
「でも、私たちの目的は、戦に勝つことではなく、この地にいる民を守ること。それなら、伊邪那岐さんは、可能だと言っているんです」
諸葛亮、鳳統の言葉を聞いて、彼は首を縦に振る。
「言ってることが、よく、わからないんだけど。それって、どういうことなの?」
首をかしげ、疑問を口にしてしまう劉備。だが、口には出さなかったが、この場にいる大半の人間は、彼女と同じ考えだろう。
「戦で勝つことだけが、勝利ではない。戦に勝てずとも、目的を果たし、勝利を得ることはできるということ、ですか、主殿?」
「その通りだ」
自分で考え、意見を口にした趙雲。そんな彼女に対して、彼は肯定の意思を示す。
「言ってることがよくわかんないのだ」
「ちょっと伊邪那岐、わかりやすく言いなさいよ」
「仕方ない奴らだ」
ため息を一つ付き、全員に聞こえるように、伊邪那岐は声を張り上げる。
「この戦の目的は、この地にいる民を守ること。それは、わかるな?」
彼の言葉を受け、全員が首を縦に降る。
「今回の戦、俺らが手を貸せば、五万の大軍勢であっても、勝つことは可能だろう。だが、それでは、こちら側にしてみれば、敗北なのだ」
「どうしてなのだ?」
彼の言葉が理解できない張飛は、すぐさま疑問の声を上げてくる。ただ、ほかの人間も、ほとんどが彼女と同じ疑問を抱えていることだろう。
「袁紹と戦い、今回、勝ちを収めたとしよう。だが、奴らが、一度の敗北で諦めると思うか? 次に攻めて来ないと誰が言い切れる。あの女のことだ、今回の戦で負ければ、次は、倍ぐらいの兵力をつれてくる可能性が高い」
五万以上の兵力を、袁紹は確かに有している。そして、彼女の性格上、敗北を喫したとなれば、確実に、もう一度攻めてくることだろう。
「そうなれば、この地は、確実に滅ぼされる。だから、今回の戦、勝つことはできない。民を守ろうとするなら、なおさらだ」
今回の戦は勝ってはいけない。もし、勝ってしまえば、傷つき、消耗した状態で、袁紹の大軍勢とやりあう結果が、待ち受けている。
「だから、退ける。勝ちもしないが、負けもしない。あいつらに、この場所は攻め落とすのに、時間がかかる。そう思わせれば、よい」
「袁紹さんの領地は、ここだけでなく、曹操さんの領地とも近い。下手に時間をかければ、袁紹さんは、曹操さんに滅ぼされてしまいます」
「それに、袁紹さんの軍勢が、攻めあぐねいたと聞けば、曹操さんも、この領地に、おいそれと軍を向かわせることはしないでしょう」
伊邪那岐の言葉に続くように、言葉を口にする諸葛亮と鳳統。
「それって、この地が平和になるってこと、だよね?」
「ああ、きっとそうだ」
ようやく、軍師の考えを理解して、口々に、喜びの声を上げる者たち。
「わかったのならば、これより指示を出すから、準備に取り掛かれ。迅速に進めよ、袁紹の軍は待ってくれんぞ」
「「「「「「「はっ」」」」」」」
やっぱり、蜀の大軍師が二人もいるといいね。
主人公に長々と話させなくて済む




