第三十四幕
前回のあらすじ
決断を迫られた公孫賛
「なっ」
「どうした。聞こえなかったのか? 今、ここで自害しろ。俺はそう言った。そうすれば、貴様の代わりに、民は守ってやる」
「冗談、だろ?」
「貴様は、冗談に命をかけたりするのか?」
伊邪那岐は本気で口にしている。その言葉を聞いて、公孫賛は震える体を押さえつけることに精一杯。そう、彼女には、前にあげた、袁紹、曹操の二人が持っているものが欠如している。それは、王としての覚悟。
王は、道しるべであると同時に、民たちの奴隷。王は、民がいて、初めて王と認められる。民がいることが前提であり、その逆はありえない。もし、それがまかり通るのであれば、それは、裸の王様。
「興ざめもいいところだ、公孫賛。お前は担ぎ上げられただけの存在。力もなく、覚悟もない。いいか、先ほどお前がどれほど、馬鹿げたことを口にしていたか、教えてやる」
そう口にして、彼は青龍偃月刀を捨て、続ける。
「お前は、先ほど俺に、無償で協力しろと口にした。それは、俺に、命を捨てろと言ったのと同義。守りたいと願う人でもなければ、恩義があるわけでもない。赤の他人に、命を、自分のわがままで、捨てろと、口にしたのだ」
王が、民のために戦うのは当然。彼らは税を得るために、民たちの安全を保証している。だが、彼は違う。彼は雇われて動く。大半の掟を、言い訳を口にすることなく無視する彼だが、一族としての生き方を捨てたわけではない。むしろ、金銭のためだけに動く。その一点を除けば、一族としての生き方に従事している。
「あ~あ、もう本当に嫌になっちゃう。どんな生き方すれば、あんだけ、バカみたいな兵力揃えられんのよ」
そんな緊迫した空気のなか、一人の女性が室内に足を踏み入れ、空気を完全に台無しにした。だが、流石に自分が、空気を読めていなかったことだけは理解できたらしく、気まずそうに頬を軽く指でかいている。
「えっと、私ってばお邪魔虫?」
「理解しているなら、少しぐらい気を使って室内に入って来い」
「うわぁ、そういう、上からの物言いは、私が悪いって思ってても、若干ムカつくんですけど。伊邪那岐、あんた、そういうところは全然、変わってないのね」
女性は、伊邪那岐を知っているらしく、ため息をひとつついてから、事態を理解する。
「ひょっとして、白蓮。あんた、こいつに虐められてた?」
「酷いものの捉え方だな」
「なによ、女の子を今にも泣き出しそうなほど追い詰めておいて。自分は、悪いことなんて、ひとっつもしてません、なんて顔しちゃって。この冷血漢」
「実際に、己に非があると思える行動など、何もしていないからな」
その様子を見ている人間なら、誰であれ女性と彼の関係が良好でないことはすぐにわかる。まるで水と油、もしくは火と水。
「すみませんが、天照殿、あの女性はお知り合いで?」
「趙雲殿は、あったことがありませんでしたね。あれの名前は、咲耶。我々と同じ剣の一族で、与えられた序列は、四位。詳しく説明するのであれば、伊邪那岐様の妻、鈿女様の双子の妹。つまり、義理の妹にあたります」
事態は理解できても、面識のない人間。それが自分の主と決めた人間と揉めている。それならば、少しでも情報を。そう考えた趙雲が、問いかけると、天照は包み隠すことなく、情報を開示してくれた。
「あんたねぇ、堅苦しいし、頭硬いのよ。いいじゃない、助けてあげれば。あんたには、そんだけの力があるんだし」
「力があれば、無償で他人を助けなければならない。そういうのならば、お前が助けてやれ、咲耶。序列はお前の方が上。お前の方が、俺より力があるのだろう?」
「うが~。そうやって揚げ足とって。私の真龍刀のこと知ってるくせに。嫌味なところまで、成長してないし、むしろ悪化してるし」
暖簾に腕押し。咲耶が、どう口にしたところで、既に考えを固めている伊邪那岐は、テコでも動かすことは難しい。
「ああ、もう、わかったわよ」
「ようやく観念したか」
「こっち側に、あんたに見合う恩賞は与えられない。だったら、取れる方法はひとつ。私を、あんたに上げるわ、伊邪那岐」
「ちょっ」
「嘘っ」
彼女の言葉に異論を挟むように、声を上げる公孫賛と劉備。
「正気か、お前?」
「正気よ。これ以上ないってくらい。だって、私は白蓮達を助けたい。でも、力が足りないし、払える恩賞もない。だったら、自分を代価にするしかないじゃない。きっと、お姉ちゃんだって、おんなじ方法をとる。それだけは確信を持って言える」
その言葉を聞いて、彼は閉口してしまう。
確かに、彼女が差し出されるというのであれば、恩賞としては十分すぎる。ただ、それは彼の望んでいなかった結末。これでは、彼に、この場をこのまま去ることなどできるはずもない。
「小癪な真似をしてくれる。いつからそんなに賢しくなった」
「あっ、なんなら、夜伽もしてあげよっか? お姉ちゃんよりも、私のほうがスタイルよくなってると思うし」
ただ、彼女の言葉は、触れてはならない場所に触れてしまった。それを理解できたのは、その口に刀の切っ先を入れられてから。もっとも、この場にいた人間で、そのことを理解できているのは、天照だけ。だからこそ、彼女も伊邪那岐の行動を止めない。
「俺の部下になるというのなら、無駄口を叩かないことだ。次に、鈿女を汚す言葉を口にしたのなら、容赦なく、その面の皮、剥がれると知れ」
「ごっ、ごめんなひゃい」
おちゃらけていた咲耶だったが、真っ向から彼の殺意を受け、即座に自分の敗北を認めてしまう。
彼は、絶界を習得していない。彼女は円界を習得している。だからこそ、調子に乗っていたのだが、先ほどの動きは、彼女の円界でも、知覚することができなかった。反応することができなかったのだ。もし、あのまま、彼女が調子に乗って、口を滑らせていなのなら、今、彼女の顎は、噛み合ってはいなかっただろう。
「天照」
「はっ」
「聞くが、一刻以内に、宿で休んでいる者達に事情を話し、凶星だけ、ここに連れてくることは可能か?」
「貴方様が望むのであれば」
「では、頼む。星、済まぬが、月読の見舞いは後回しだ。お前はここに残ってくれ」
「御意に」
「それと、咲耶。貴様が俺を巻き込んだのだ。お前も、戦力としてこき使ってやるから、覚悟しておけ」
「ふぁ、ふぁい」
三人に指示を出し、刀をようやく鞘へと収め、伊邪那岐は室内にいる人間を一瞥。そして、
「諸葛亮、鳳統」
「「はい」」
「当然、咲耶を斥候に向かわせていたのであれば、相手の位置、数、陣形、将。それらは頭に入っているのであろうな?」
「「はっ、はい」」
「ならば良し。それにしても、いつまで、呆けているつもりだ、公孫賛。使えないにも程があるぞ。急ぎ、この部屋に地図を持ってこい」
「わっ、わかった」
彼の指示は、自身の部下でないものに対しても飛ぶ。
「皆に告げておくぞ。天照、凶星がこの場所に着き次第、軍議を行う」
新キャラは義理の妹。
やばいね、軽くハーレムが見えてきた




