第三十三幕
前回のあらすじ
話し合いの場で、趙雲を仲間にした主人公
「ああ、そう言えば、そんなことを言っていたな」
「私も、忘れておりました」
完全に趙雲が臣下の礼をしたことにより、本来の用事を忘れていた伊邪那岐と天照の二人。そんな二人を見て、微笑する趙雲。
「あのなぁ、こっちは大変なんだよ。これから、袁紹が攻めてくるんだから」
「それは大変だな、頑張れ」
「ああ、頑張るさ。って、助けてくれないのかよ?」
「いきなり他人様に刃を向けて、病人がいる場所で大声を上げる。そんな人間を助けるような、もの好きがいるのなら、是非とも俺の目の前に連れてきてくれ」
彼の言葉にノリツッコミをする公孫賛だったが、そもそも、彼は話を聞くためだけに、場所を移したのであって、助けるとは一言も言っていない。
「いや、いないだろうけど」
「だろうな。俺も見たことがない。で、話がそれだけなら、俺は帰らせてもらうぞ」
「ちょっと、待ってくれよ。じゃあ、なんで、賊を一掃なんてしたんだよ。仕官するために、この地に来たんじゃないのかよ?」
確かに、行動だけ見れば、武功を挙げて、士官を願い出ることはよくあること。
「あれは、必要であったから、殺しただけだ。奴らが道を塞いでいなければ、関わってすらいない」
「でも」
「くどいな、お前」
ため息を一つ付き、彼は人差し指を公孫賛につきつける。もっとも、それと同時に突きつけた言葉の刃は、止まることなく、彼女の心に深々と突き刺さる。
「お前は、誰かに助けを願えば、助けてもらえるほど、特別な人間のか? 助けを求め、助けられるのは、幼子だけの特権だ」
「うっ」
彼の言葉に言い返すことができず、言葉を詰まらせてしまう公孫賛。
「そんな、白蓮ちゃんは、一生懸命頑張ってるのに。そんな言い方って、ないと思います」
「過程だけ、頑張っている。それで、それがどんな結果を産んでいる? 満足いく結果を得られぬ過程など、無意味でしかない」
そんな彼女を見かねて、反論してくる劉備。だが、彼の言葉は色も、温度も持たず、ただ淡々と告げられる。
「ましてや、コイツは曲がりなりにもこの地の領主。結果を出せぬ領主など、飾り物以下、いてもいなくても変わらん」
彼は否定する。
領主は、領地に住む者たちから、税を取り、それによって生活している。ただ、それは、民を守るという行為に対する正当な報酬。それが、まともに領地を抑えられず、野盗が出没。おまけに、自分たちのだけの力で、戦うことをせずに、他者に頼るという考え。そんな人間に、国を収める資格などない。ただの、膿でしかない。いない方がまだマシと呼べる。
「袁紹に滅ぼされる、曹操に滅ぼされる。それは、お前が今までしてきたことの代償であり、受け入れねばならない結果だ。自分の力の無さを言い訳に、問題を先送りにしてきたツケを払う時がきた。それだけのことだ。それとも、おまえは、それすら受け入れることができないというのか、公孫賛」
彼は、袁紹にも、曹操にもあったことがある。
だからこそ、目の前の公孫賛という人物が一国の主であるということが認められない。権力欲の権化である袁紹であっても、向上心の塊である曹操でも、二人であれば、形は違えど、自分がどれほどの罪を背負っているかも、いずれ、そのことに対する罰が、己に下ることも受け入れている。それでも、膝を折ることなく、玉座に座り、己の志を貫いている。それこそが、王のあるべき姿。国を支え、民たちの目標にならねばならない人物は、揺れてはいけない。その瞬間、国というものは、崩壊という坂道を転げ落ちる。
「時間の無駄だったな。行くぞ、天照、星」
「お待ちください」
背を向け、去ろうとする伊邪那岐だったが、その喉元に刃が突きつけられる。突きつけているのは、いつの間にか移動し、彼の正面に立っている関羽。
「愛紗ちゃん」
「愛紗っ」
ただ、その行動は味方にも予想外だったらしく、劉備、張飛の二人の口から非難の声が上がる。
「今、私は貴公の命を握っている。こちらの願いを受け入れてくれるなら、この刃を引こう。悪い話ではあるまい」
「俺を説得できないから、強硬手段に出た、か。悪くはない判断だな、関羽。だが、お前、俺を殺せるのか?」
「何を言っているのか、わからん」
「そうか、なら、わかりやすく言ってやる。武器も握ってない、そんな人間を一方的に殺したなら、武人としての関羽は、その瞬間に死ぬ。残るのは、誇りを持つことが二度と出来ない負け犬だ」
刃を突きつけられているというのに、あくまで自然体のままの伊邪那岐。対する関羽は、肩で息をして、命をすぐに奪える立場だというのに、精神的に追い込まれてしまっている。当然だ。武に生きる、そう決めた人間であれば、正々堂々と戦い、相手と雌雄を決したい。それが、武器を手にしていない人間の首を刎ねたとすれば。その瞬間、永遠に武人としての矜持は失われてしまう。
「お前らに、俺は殺せない。殺した瞬間、武人としての誇りを、自分自身で殺すことになってしまうから。だが、俺は、お前たちを殺すことができる」
言葉巧みに、精神的立場で圧倒的な優位を勝ち得た彼は、次の瞬間、関羽が握っている青龍偃月刀に右手を伸ばし、柄を掴む。そして、そのまま体を回転させ、同時に左手で刀を抜き放ち、関羽の首筋に刃を触れさせる。
殺戮技巧、序の巻、独楽。
獲物や間合いで勝る相手の攻め手を殺し、それと同時に相手の命を刈り取る技。本来であれば、体を回転させた勢いを殺すことなく、彼の刀は、関羽の首を刎ね飛ばしていたことだろう。だが、彼は刃を止めた。
「尋常な立会いであろうと、夏侯惇と同等、もしくは、それよりも少し上程度の腕でつけあがるな、女。そして、俺を謀にかけようとしても無駄だ、諸葛亮」
刀を収めることなく、口にした言葉は、目の前にいる関羽にではなく、背後にいる諸葛亮へと突き刺さる。
この場で、関羽を彼が殺したとなれば、彼は罪に問われる。それを交渉材料として、自陣へと戦力に組み込む。それが、関羽に蛮行とも言える行為をさせた諸葛亮の策。ただ、それを読まれていると、夢にも思っていなかった少女は、その場で、自分の敗北を認め、膝から崩れ落ちてしまう。
「戦とは常に相手を、いかにして、自分の思い通りに動かすか。迂闊だったな、諸葛亮。俺の前で、自らの立場を口にした時点で、自分たちがどう動くか、告げているのと同じようなことだ」
左手の刀を収めた伊邪那岐。だが、その右手には、先程まで関羽が握っていた青龍偃月刀が握られており、その切っ先は公孫賛に突きつけられる。
「こいつらは、皆、お前のために動いたのだろうな。お前の願いを叶えるために」
「みんな」
「いいだろう。公孫賛、お前が俺の口にする条件を飲めたのなら、袁紹との戦。俺が手を貸してやる」
「本当かっ」
だが、彼女はその時、喜んだことを、次の彼の言葉を聞いて、後悔する。
「今、ここで自害しろ。そうすれば、袁紹だろうが、曹操だろうが、俺が討ち滅ぼしてやる」
公孫賛の結論は如何に?




