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恋姫異聞録~Blade Storm~  作者: PON
第二章 立志建国
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第三十二幕

前回のあらすじ

だんだん、その地の領主に喧嘩売られるのがパターン化してきてしまった伊邪那岐。若干、可哀想になってきた

桃香とうか様、少し落ち着かれては?」


「そういう愛紗あいしゃちゃんだって、落ち着き無いじゃない」


 栗色の髪の女性は、先ほど椅子の上でそわそわしているし、それを咎めた黒髪の女性も、部屋の端から端へ行ったり来たりを繰り返し、落ち着きがない。五十歩百歩といったところだろう。


「まったく、おねぇちゃんも、愛紗も、落ち着きがないのだ」


「そういう、鈴々(りんりん)はくつろぎすぎだ」


 注意された赤い髪の少女は、先程から用意された饅頭を食べることに夢中。両手にもって、幸せそうな様子は、普段であれば二人を和ませるのに十分なのだが。今回は、そうもいかない。相手は袁紹率いる大軍勢。こちら側は義勇軍という形で兵を募っている最中。公孫賛の軍があるとしても、数の不利は覆せそうにない。


「きっと、白蓮ぱいれんちゃんが、見つけてきてくれるよ」


「桃香様の言うとおりに、事が進んでくれればいいのですが」


「あわわ」


 栗色の髪の少女の言葉に賛同しながらも、不安を拭えない銀髪の少女と、大きな帽子をかぶった少女。


 彼女たちを義勇軍として迎え入れてくれた公孫賛。その恩義に報いるためにも、この戦はどうあっても勝ちたい。だが、力が足りていないのが現実。そんな中、近くの賊が一掃された報が届いた。これは、渡りに船。そう考えたのは、彼女たちだけでなく、公孫賛も同じ。だからこそ、彼女自ら兵を率いて、その人物を探しに行ったのだ。


「まったく、皆さん、落ち着きが足りませんな。そのようなことでは、戦に望む前に息切れしてしまいますぞ?」


「趙雲、お前は客将だから、そんな気軽に構えていられるのだ」


 メンマ片手に、場を和ませようとした趙雲だったが、逆にそれが、黒髪の少女を怒らせる結果を招いてしまう。


「悪い、待たせたな、みんな」


 そんな時、絶好のタイミングでドアを開けて現れた公孫賛。

 それに続くように姿を見せたのは、伊邪那岐と天照の二人。


 公孫賛との一件後、何度も頭を下げ、願い出る彼女があまりにもうるさいと感じ、仕方なく、三人を宿屋に残し、この場に話だけ聞くつもりで、二人はついてきたのだ。


「この人が、賊を一掃してくれた方だ。名前は伊邪那岐というらしい」


「「へぇ~」」


 声を上げ、観察するような視線を向けてくる栗色の髪の女性と、赤い髪の少女。


「えっと、私は劉備っていいます」


「桃香様の配下、関羽です」


「鈴々は、張飛なのだ」


「私は、桃香様の下で軍師をしている、諸葛亮というものです」


「あわわ、鳳統ほうとうでしゅ」


 次々と自己紹介を受け、それを聞き流す伊邪那岐だったが、視界の隅に、見知った人物を見つけ、右眉を軽く動かす。


「おや、久しいですな、伊邪那岐殿」


「趙雲。お前が何故、ここにいる?」


「女子同士の桃色空気に耐えられず、出てきた次第で」


「ああ、そう言えば、俺が出てくるときには、既にお前はいなかったな」


 思い返してみれば、彼が曹操と決別したとき、彼女の姿はなかった。田豊の性格からして、趙雲がいたなら、まず、間違いなく声をかけているはず。その時、姿がなかったとするなら、彼が曹操と決別するときよりも早く、彼女が曹魏を出ていたということ。


「それにしても、白蓮殿。あなたはすごい御仁を連れてきたものだ。まったく、恐れ入る」


「えっ、そんなにすごいの?」


 趙雲が問いかけたのは公孫賛。だったはずなのだが、食いついてきたのは、彼女ではなく、劉備の方。


「凄いも何も、黄巾賊の討伐、袁紹軍の撃退。曹操殿の領地にて起きたことを知らぬわけではあるまい?」


 彼女の言葉に、その場にいた全員が首を縦に降る。それは、彼にしてみれば完全に計算外のこと。そもそも、彼は力を貸すつもりなどない。ただ、あの場を静かにするために、話を聞くためだけに、この場を訪れている。だが、彼女は彼の考えなど、お構いなしに言葉を続けてしまう。


「今挙げたこと、全て曹操殿の功績となっているが、実は違う。全ては、そこにおられる伊邪那岐殿が成したこと。同じ時期、曹魏にいた私が言うのだ。これ以上の証明はあるまい?」


 その言葉を聞いた瞬間、その場にいた、伊邪那岐、天照、趙雲を除く全員が絶句する。確かに、彼女の言葉に嘘はない。だからこそ、余計に困ってしまう。彼は、今、表立って曹操とも、袁紹とも揉めるつもりはない。馬騰に合うという目的がある今、できれば、二人に関わる戦いは避けたい。


「ふむ。考えようによっては、これはいい兆しかもしれん。白蓮殿、客将としての任、この時をもって解かせて頂く」


「えっ、ちょっと待ってくれよ。今、趙雲に抜けられたら」


「仕方あるまい。私が求めている人物に出会えたのだから」


 そう口にして、メンマの入っている瓶を置き、槍を手にすることなく移動した趙雲は、劉備、公孫賛の前を通りすぎ、伊邪那岐に対して頭をたれ、臣下の礼の姿勢をとる。


「不肖、趙雲。伊邪那岐殿、貴公に命を預けさせて頂きたい。我が槍は、貴方様の敵を討つため。我が身は、貴方様を守る盾。どうか、私をお側においては頂けないでしょうか。お願いいたします」


「はぁ」


「どうか、どうか、お願いいたします」


「断った場合、お前はどうする、趙雲?」


 その言葉を聞いたとき、劉備に公孫賛は耳を疑う。

 趙雲の武は、大陸中に知れ渡っている。大陸に覇を唱える者であれば、誰であろうと手に入れたい存在。首を縦に振るのが常識と思える。実際、曹操も渋々ながら手放している。だが、目の前にいる人物は即答しない。そして、ここまで、必死に頼み込む趙雲を彼女たちは見たことがない。


「その時は、命を絶つ所存でございます」


「俺以外にも、見所のあるやつなど、山ほどいると思うが?」


「私が、貴方様を求めた。理由がそれでは不服でありましょうか」


「まったく。面を上げよ、趙雲」


 その言葉は、彼女の求める言葉に続くと、その場にいた天照を除く誰もが、確信していた。だが、顔を上げた趙雲を待っていたのは、言葉ではなく、額へのデコピン。しかも、容赦なく放たれた一撃は、いい音を上げ、彼女の額を赤く変えている。当然、そんなことを予想できていなかった趙雲は、後ろに体重を持って行かれ、尻餅をついてしまう。


「阿呆め。俺のために死ぬ部下など、俺はいらん」


 視線を彼女に合わせるように、その場にしゃがみこみ、彼は言葉を続ける。


「俺にとって部下とは、共に歩み、共に傷つくもの。俺のために死ぬものを、俺は決して許しはしない。誠に俺に仕えたいと願うなら、いつ、どこで、窮地に追い込まれようとも、必ず、俺の元へと帰ってくる。そんな奴でなければ、俺は、俺の部下として認めるつもりはない。わかるか、趙雲?」


「はい」


 それは、彼女にとって拒絶の言葉として響く。しかし、次の瞬間、立ち上がって彼は、彼女に対して手を差し出してきた。


「俺の言葉を、忘れず、守れるというのであれば、この手を取れ」


「勿体無きお言葉。ありがとうございます」


 涙を流しながら、彼の手を握り返して立ち上がる趙雲。その姿に彼女は確かに見た。感じたのだ。見間違うことなく、冠を戴く王の姿を。


「私のことは、せいと及びください。主殿」


「うむ。ああ、勝手に部下を増やしてしまったが、おいてきたあいつらは怒ると思うか、天照?」


「伊邪那岐様、我々は、貴方様を信じ、ついて来た身。貴方様の決定であれば、誰も、歓迎こそすれ、怒りはしないかと」


 内心、ヒヤヒヤものだった彼だが、天照が、笑顔で答えてくれたので、よしとしておくことにする。


「それで、主殿がなぜこのような場所に?」


「ああ、細かい理由は省かせてくれ。俺たちは今、馬騰のところへ向かっている最中なのだ。その道中で、月読が体調を崩してしまって、この地にいる」


「なるほど、月読殿が」


「お前もあとで顔を見せてやってくれ。きっと、喜ぶだろう」


「それは、ありがたい話ですな。是非とも」


 先ほどの緊迫した空気から一変、和やかな空気になったのだが、残念ながら、空気を読めない人間がこの場所にいる。それが誰かといえば、


「ちょっ、何、いい感じで締めてんだよ。私の話は、まだ始まっていないぞ」


 声を張り上げる無能領主、公孫賛に他ならなかった。



ほんとに、空気ぐらい読んで欲しいよね

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