第三十一幕
魏ルートが一時的に終了
さぁ、次はどの国?
曹操と決別し、都を離れてはや五日。
伊邪那岐たち一行は、袁紹と曹操、二人の領地から最も近い、公孫賛の領地へと足を踏み入れていた。
「月読、もうすぐ、暖かい場所で休めるからな」
慣れない場所、五人の中で一番幼いということも重なって、月読が体調を崩してしまったのは先日のこと。今、彼は馬車の中で衣服を布団がわりに、横になっている。そんな彼に声をかけながら、伊邪那岐は思考する。
天照を偵察に向かわせ、凶星には周囲の警戒を、火具土には薪を拾わせに。三人が出払っている状態で、野盗に襲われたとき、どうやって月読を守るべきか。そもそも、このことについて思考すること自体おかしい。だが、残念ながら、公孫賛の領地は、曹操の領地と違い、治安が保たれておらず、袁紹、曹操の両軍の危機にさらされているだけでなく、野盗にまで気を使わなければならない。
残念ながら、この地を収めている公孫賛には、王としての資質や力が欠如していると言わざるを得ないだろう。曹操の領地にいるときに耳にした、義勇軍というものも、どれほどの人数が集まり、その中にどれほど優秀な将、軍師がいるか、定かではない。
だが、曹操と決別することを選択した彼らに取れる選択肢は少ない。曹操の領地にとどまることはもってのほか。他に取れる選択肢は、袁紹のもとへ行くか、南へ下り、袁術の支配下となった孫呉に向かうか、北方の勇である馬騰のもとへ行くかの三択。そこで彼が選んだのは、北方の勇、馬騰のもとへ向かうこと。
袁紹と直接面識のある伊邪那岐からしてみれば、国力、軍隊、その両方を有している袁紹は第一候補に挙がった。ただ、彼の目に映った彼女は、権力欲の権化。曹操という、王の姿と少なからず比べてしまっては、彼女の元へ行くという選択肢は取れない。次に、孫呉へ向かうという選択肢。これは更に取れない。袁術に支配権が移ったといっても、伊邪那岐は斬首刑が確定し、おまけに脱獄した身。孫策、周瑜と面識があったとしても、庇護下に入ることは難しいだろう。
「只今戻りました」
「もどったどぉ」
「戻ったわよ」
思考している間に三人が戻り、それぞれが成果を彼に見、聞きさせてくれる。
「村ですが、ここより更に北へ向かったところに小さいですが、発見できました」
「薪、とりあえず、積めるだけ積んどくどぉ」
報告をする天照に、言葉と同時に行動を開始する火具土。そんな中、一人だけ浮かない顔をしている凶星。
「あのね、伊邪那岐」
「悪い報告だな、聞こう」
「ええ、村に向かう道中に、野盗のアジトがあるわ。詳しく調べてないから、おおよそでしか言えないけど、その数、おそらく五百程度」
「なるほど」
その報告を聞いて、立ち上がる伊邪那岐。その表情からは、不安という要素が一切見当たらない。
「俺が行って、皆殺しにしてくる。お前らは半刻後、狼煙をあげるから、それを確認してから、俺の元へと来い」
「ちょっと、あなたは、私たちの大将なのよ。あなたが直接行かなくても」
「俺ならば、半刻もかけずにそこまでたどり着くことができる。敵の数が五百程度なら、十分お釣りがくる」
「でも」
「凶星、俺はお前に言ったはずだ。俺にとって部下とは、共に歩み、ともに傷つくものを指すと。今、月読が苦しんでいる。時間を多分にかけている余裕はない」
彼が言うとおり、歩法を使える彼ならば、この場にいる誰よりも早く、拠点へと到達することができる。そして、五百の賊を半刻以内に斬り殺すことも可能だろう。
「天照は馬車を、火具土は月読をそれぞれ守れ」
「はっ」
「応っ、まかしとけ」
「それから凶星」
「はい」
「お前は俺がいない間、すべてを守れ。お前ならばそれができる。俺はそう信じている。頼んだぞ」
そう口にし、彼の姿が消える。おそらく、歩法による移動を開始したのだろう。
「まったく、そんなこと言われたら、逆らえないじゃない」
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「兄様、すみません。僕のせいで」
「気に止むな、月読。お前は、俺たちの中で一番若い。これからゆっくりと、大人になればいい」
「ですが」
「急いては事を仕損じる。無理はするな、俺の役に立とうと思うのなら、なおさらだ。さて、疲れただろう。もう眠れ」
村へとたどり着いた伊邪那岐たちは、すぐに医者を探し、月読を見せた。結果は過労からくる熱。診断を受け、薬を受け取ってから宿屋にようやく腰を下ろすことができた五人。何か言いたげだった月読を寝かしつけ、火具土に護衛を頼んだ彼は、食事をとるべく、二階から一階へと降りてきたところ。
「すまん、待たせたな二人共」
「いえ、お気になさらず。それよりも、容態は?」
「月読は、大丈夫だった?」
「しばらく大事をとって、動かさないほうがいいだろう。まぁ、別段急いでいるわけでもないし、な」
謝罪するように声をかけた彼だったが、かけられた側は、待っていたという意識がなかったらしく、月読のことを心配してくれていた。
「あとで、あいつらに食事を持っていかねばならんな。それよりも、あれは何を騒いでいるのだ?」
彼が指さす先では、鎧に身を包んだ数人と、一人の女性が宿屋の店主に詰め寄り、何かしら問いただしている最中。ただ、その声があまりにも大きいため、いやでも注目してしまう。
「なんでも、人を探しているみたいです」
「へぇ」
「近くの賊を一掃してくれた人を探しているんですって」
「うん?」
聞く限り、女性たちが探している人物は、伊邪那岐のことだろう。ただ、ここで名乗り出たとしても、彼らは信用しないだろう。だが、放っておくわけにもいかない。上では、病気の月読が眠っているのだから。
「ああ、お主ら、済まぬが、連れが上で休んでいる最中だ。せめてもう少し、声を小さくしてくれないか?」
「あんだと?」
「こっちは、国の一大事なんだよっ」
一応、気を使って下手に出た彼だったが、それでも、兵士たちのささくれだった神経を刺激してしまったらしく、次々と剣をこの場で抜き始める。それを見た瞬間、座っていた天照、凶星の二人が腰を上げるが、その次の行動が読めた彼は、二人を手で制する。
「お前らが動くと、店が汚れそうだ。ここは穏便にいきたい。下がっていろ」
「へっ、女にはいいとこ見せたいってか?」
「無様なところ見せるハメになるのになぁ」
どんな言葉を彼が口にしたところで、兵士たちには挑発、侮蔑としか受け取られないらしい。
「お前ら、抑えろ」
「ですが、公孫賛様。こいつ、ここいらじゃ見ない服着てますし」
「曹操か、袁紹の手のものかもしれません」
部下の声を聞いて、黙り込んでしまう女性。この女性が、公孫賛だというのだから、彼の予想もあながち間違っていなかったらしい。もっとも、曹操ですら、完全に部下の手綱を握れていなかったのだから、仕方ないと言えなくもない。
「俺は穏便にことを済ませたいのだが、お前たちは、どうも血の気が多すぎるな。頭を冷やせ」
その言葉は完全な挑発。元より、部下を御しきれていない公孫賛が兵を止める術はない。だが、彼らが握っていた剣は、既に彼らの手元を離れ、床に突き立っている。そして、彼らは動きを止める。理由は簡単。守るべきはずの上司に剣が突きつけられていたから。
「先ほどの見解だが、あながち、間違ってはいない。もっとも、曹操、袁紹、ともに面識はあるが、どちらとも、今、縁はない」
完全に立場を逆転させ、兵士たちが口にしていたことに対しての回答を述べる伊邪那岐。
「あ、あんたは、一体?」
「他人に名を聞くのであれば、先に名乗るのが礼儀と、聞いているが?」
「すまない。私は、公孫賛、この地で領主を勤めているものだ」
その言葉を聞いて、彼は大きくため息をつく。間違っていて欲しいと、願っても、本人の口から聞いてしまえば、事実は覆らない。
そして、彼は、彼女が欲しがっている言葉を口にしてやる。
「俺の名は、伊邪那岐。元、曹魏の雇われ軍師にして、つい先ほど、近くの賊を皆殺しにした男。つまり、お前の探し人だ」
散々な言われような公孫賛
しょうがないよね、普通の人だもん




